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下着メーカーならではの気づき!「ワコールの靴」が就活生に人気のワケ

2004年に女性のために開発された機能系ビジネスパンプス「サクセスウォーク(success walk)」が売上を拡大中だ。製造元のワコール(京都府/伊東知康CEO)は国内の婦人向けインナーウエア市場でシェア1位を誇る言わずと知れた下着メーカーだが、1989年から靴を製造。“靴の製造小売業”としての顔も持つ。こだわりは足にフィットする快適さ。近年、若い女性のかかとが小さくなっていることから、かかとの小さい方向けに品番を拡大。また足型自動計測機(REALFOOT special customized for WACOAL)の導入によって、購入率を68%まで押し上げた。

なぜ下着メーカーが靴を作るのか

サクセスウォークのベーシックなパンプス

 バストの形が100100通りあるように、足の形も人それぞれだ。ブラは「カップ」と「アンダー」の2箇所を測って最適なサイズを探すが、靴は23.5cmといった足長(そくちょう)の1箇所のみで購入するのが一般的である。せっかくデザインが気に入っても足の幅が合わなければアウト。購入を諦めざるを得ない。つまり足の形は極めて重要なわけだが、自分の足の幅が何センチあるのか把握している人は少ない。

 「ブラジャーが『カップ』と『アンダーバスト』でサイズが決まるのと同様に、ワコールサクセスウォークでは『足長』だけでなく『足幅』と『足囲』に着目し、お一人おひとりにぴったり合った靴を提供してきた」と話すのは、ワコール ウエルネス商品営業部フット営業課長の細川清里氏。近年、若い女性のかかとに変化が起きている点に着目し、サクセスウォークをさらに進化させた立役者だ。

 女性用インナーウエアを製造するワコールの最大の武器は、人体を科学の視点から研究し、商品開発に生かしている点である。ワコール人間科学研究開発センターは1964年の設立以来、毎年千人近くの4歳から69歳までの女性の人体計測を行い、これまでに延べ約45000人以上のデータを収集してきた。

 「人体を研究するなかで、当然、足の研究も行ってきた。女性の美は足元からなので、弊社が靴事業に参入するのは自然な流れだった」(同)

しかし売上が伸びない靴事業撤退をほのめかされ

ウエルネス事業部 フット営業課長の細川清里氏

 ところが、開発を始めた当初は雲行きが怪しかったという。「フィジオ」という疲れにくい快適さをテーマにした靴を開発するも、売れ行きは思わしくなかった。「正しい研究のもと良い商品を作っているのに、社内で浸透させるのが難しかったようだ」(細川氏)。消費者はもとより、下着の専業メーカーが靴という異業種に“手を出す”のかと、社内の賛同すらなかなか得られなかった。靴事業撤退の危機に陥ったこともあったという。

 そんな中、女性のビジネスパンプスに舵を切ることになったきっかけは、全国で下着を売る女性販売員の声だった。パンプスを履いて1日中立ち仕事をすることから、「靴と足が合っていないと辛いし、足に弊害が出る」との懸念が寄せられていた。「女性の美を追求する会社の販売員が、足が痛いと苦しんでいる。会社として応援できないだろうかと考えたのがサクセスウォーク開発のスタート」(同)

 ワコールが2019年に行った「働く女性の靴(パンプス)に関する意識調査」によると、悩みの第1位は「靴擦れをした」(41.3%)、第2位は「サイズが合わず、かかとがパカパカしていた」(40.3%)で、見た目のファッション性にこだわるあまり、履きやすさや快適性を犠牲にしている女性が多いという実情がわかっている。「弊社としては、快適さだけでなく見た目の美しさとも両立させたい。下着の事業で培ってきた“ジャストフィット”のコンセプトを靴にも応用し、働く女性の靴の悩みを解消したいと考えた」(同)

 サクセスウォークは、単にジャストフィットする靴を提供するだけではなく、人の体の「形」と「動き」を研究する人間工学に基づいた構造の開発を行っている。こだわりは「ヒールの位置」「ヒールの角度」「インソール」の3点。疲れにくくするためにヒールの位置を変えて体重のかかり方を変え、歩きやすさを向上させるためヒールの角度を工夫した。また、「美楽る(みらくる)パッド(3Dインソール)」でフィット感を向上させ足の前滑りを軽減させた。これらは、ワコールが培ってきた知恵と技術のたまものだ。

CAの声がマーケット拡大の起爆剤に

 しかし、どのようにマーケットを拡大していったのだろうか。反響が出始めたのはサクセスウォークを発売して数年後。「キャビンアテンダントの声が届き始めた」(細川氏)

 キャビンアテンダントの仕事は立ち仕事だ。「今まで良いパンプスがなくてすごく悩んでいた。サクセスウォークを履いてみたところ、快適に仕事に集中できた」「出会えてうれしい」「お礼が言いたい」「もっとこのパンプスの存在を知ってもらいたい」そんな声もあったという。当時は、SNSの“つぶやき”ですぐに拡散するような時代ではなかったが、パンプスをはいて働く女性にターゲットを絞って販促を行ったところ、キャビンアテンダントに次ぎ、販売職や営業職、ホテル従業員といった立ち仕事や歩く時間が長い職業に就く女性に支持されるようになり、一年、また一年と働く女性が着実に店頭に足を運んでくれるようになった。

 仕入れる側であるバイヤーへのプレゼンにも配慮した。バイヤーは必ずしも女性とは限らない。そこで、男性のバイヤーが試し履きができるよう26.5cmのメンズパンプスを作って実際に体験してもらうことで、「苦しんでいる女性にこのパンプスを届けましょう」と賛同してくれる男性バイヤーが増えていった。

購入率急増、若い人に売れる ワコールだけが気づいたある理由とは

足型自動計測機の測定結果画面

 一方、長年の課題は、20代から30代の若年女性にどう訴求していくかだった。サクセスウォークのパンプスは、15000円~25000円。若年女性には高価格帯の商品といえる。そんな中、就活や入社などの機会に合わせて、母親とともに店舗を訪れる若い女性が増えてきたという。

 ここで活躍するのが、2017年に下着事業部から靴事業部に異動してきた細川氏だ。靴のことには詳しくなかったため、全国のショップを行脚し販売員の話を聞いてまわったという。すると、全国の各店舗から気がかりな情報が寄せられた。それは「足長と足囲のサイズはピッタリなのに、かかとがパカパカする」という意見だった。すぐに、共同研究している足の研究者に相談すると、現代の若い女性のかかとが、以前に比べて小さく変化している傾向にあることがわかった。かかとが小さい人向けにパンプスを販売してみたところ、想像以上に需要があったことから商品を拡充することになった。

 さらに、足型自動計測機を製造しているDreamGP 社とかかとタイプを判定できる足型自動計測機を共同開発。それまで、足長、足囲、足幅はサクセスウォークの販売員が手で測定していたが、かかとは測定したことがなかった。20213月に、かかとまで測れる足型自動計測機「REAL FOOOT special customized for WACOAL(以下、REAL FOOT)」を得意先百貨店の3店舗に導入したところ、REAL FOOTで足を測定した人の68%がサクセスウォークの購入に至ったという。

 「3Dで自分の足を可視化して見ることができるのが新鮮だったようだ。『足の幅が細いですね』など画像を見ながらご説明するとスムーズにご納得いただけた。REAL FOOTを導入した百貨店は年齢層高めと思っていたが、若い人が多く計測してくださった」(同)。結果として、REAL FOOTの体験者数は2022年3月までの1年間で4000人以上となった。

ワコールだからできる、靴事業を成功させたもう1つの理由とは

 現在、サクセスウォークは全国の百貨店約100店舗で展開しており、累計販売数量は113万足を超える(202112月時点)。

 ウエルネス商品営業部 事業企画課の平井澪希氏は、「豊富なバリエーションを用意することで、限りなくお客さまの足型にあうサイズをご用意できる」と自信をにじませる。サクセスウォークで一番サイズバリエーションが豊富なWFN050という品番であれば、足長は21.5㎝~26㎝まで0.5cm刻み、足囲はB~EEEまで6種を用意。トゥの形状はスクエア、ポインテッド、ラウンドの3タイプ。ヒールの高さは、3.5cm5cm7cm3タイプを取りそろえている。若年層の小さなかかとに着目してサイズのバリエーションをさらに拡大したことで、直近のシーズンでは42品番712SKU(パンプス以外も含む)にまで広がった(2021年秋冬シーズン、ワコールウェブストア・一部店舗限定サイズ含む)。

 これほどのサイズ展開をする以上、店頭では膨大な在庫をつねにストックしておく必要がある。実はこれが、靴事業を成功させた理由の一つ。ワコールが取り扱うブラジャーは、カップサイズだけでもAAIと豊富。つまり多数の在庫をコントロールできる仕組みが社内に構築されており、これが靴事業の成功につながっている。

ウエルネス事業部 事業企画課の平井澪希氏

 近年は、ファッションの多様化やライフスタイルの変化によりパンプスを履く機会は減りつつある。「もっとかかとの低い靴はないのか」といったニーズに対応するため、2021年からはサクセスウォークにフラットシューズが誕生した。「ユーザーの共感を経て、いまがある。これからもユーザーと共に歩み、快適な靴を追求し続けたい」(同)