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物流はいまだ食品小売の「暗黒大陸」 経営戦略に組み込み変革する方法とは

物流大

食品小売にとって物流は経営戦略の根幹

 サプライチェーンの川下に位置する小売業にとって、物流は自社のビジネスを成立させるうえで欠かせないものだ。なかでも食品小売業は、食品という複数温度帯での管理を前提とした仕入れ、加工・製造、配送、品出しといった多様かつ複雑なオペレーションで成り立っている。安定した物流体制なくして、企業の成長はおろか毎日の商いすらままならない。その意味で物流は食品小売にとって、出店や商品政策と同様に経営戦略の根幹をなすものといえる。

物流変革を経営戦略の1つとして実現した先には、大きな可能性が広がっている

 他方で、その食品小売の物流事情は大きく変化している。1つは、人手不足の深刻化によって店舗業務の効率化が求められるなかで、プロセスセンター(PC)の活用などサプライチェーンの川上への投資が急がれること。そしてもう1つはコロナ禍でECやネットスーパーへの需要が急増し、食品小売の物流のボリュームが物理的に増えていることだ。いずれにしても、食品小売の物流のキャパシティはひっ迫しつつあり、プロセスの効率化やアップデートが求められている。

 奇しくも、“コロナ特需”によって食品小売業界は軒並み業績が好調であり、ある程度の投資余力を得た企業も少なくないだろう。物流という経営戦略上の要衝をさらに強化するうえで、またとないチャンスが到来しているともとらえられる。

「戦略」に乏しかった食品小売の物流

 ただ、食品小売が主体的に物流領域の革新を進めるという事例は、一部の先進的な企業を除けば、過去も今も限定的だ。消費者ニーズの多様化、業態間の競争激化、少子高齢化や人手不足の深刻化など、社会環境が目まぐるしく変化するなか、店舗フォーマットや売場づくり、商品政策の成熟度に比べると、食品小売ビジネスを支える物流の仕組み自体は、大きく変化しているとは言いづらい。

 「つまるところ、『戦略』がなかった」──。食品小売の物流の取り組みについて、複数の物流コンサルタントはこう口を揃える。サプライチェーンの中で、生産者・メーカー、卸、物流、小売というそれぞれの役割が固定化し、川下にいる小売はそもそも物流領域にメスを入れるという発想に乏しかったというのだ。

 これについて、ロジスティクスおよびサプライチェーン領域に知見の深いローランド・ベルガーの小野塚征志氏は、日本の小売の商慣習も影響していると指摘する。「欧米の小売市場では商品の供給を受ける側(小売業)が物流費を支払うが、日本では実質的に出荷元が物流費を持つケースが多く商品代金に物流費が最初から乗っかっているという構図。それゆえ、欧米では小売側が物流費を抑えるために物流プロセスの効率化を図ろうとする企業が多いが、日本では小売が主導して物流をテコ入れしようという動きが活発ではなかった」(同)。そのため、小売企業が物流業務に投資するといっても、設計や設備配置などは外部のベンダーやコンサルタントの知見に依存し、実際は“丸投げ”されているケースも少なくなかったという。

 しかしこのままでは、自社の経営戦略や経営課題、現場(店舗)の実情や顧客の需要とリンクした物流体制は構築されず、企業としての競争力を失いかねない。そのためには小売側が主体的に、物流の領域にメスを入れることが求められる。

経営課題を見つめ直し、物流を設計する

 では、どのような手順で物流革新を進めていくべきか。

 まずは、自社の経営課題をあらためて見つめ直すことから始めたい。それを踏まえて、物流領域で何を解決したいのか、顧客に対してどのような価値を提供したいのかを明確にすることが重要になる。

 そのうえで必要になるのが、強固な物流体制を構築するための組織づくりだ。長年、オギノ(山梨県)で物流戦略に携わり、現在は物流アドバイザーとして活躍する野田勝氏は、「物流変革を成し遂げるためには部門を超えた連携と戦略が必要だ」と唱え、「物流部門を社長直轄にするなど経営トップに近いところに置き、各部門とコミュニケーションをとりながら自社の物流を“企画する”人材を育成することが重要」と提言する。食品小売業はそのビジネスモデルの特徴ゆえに、縦割り型の組織体制であることが多い。しかしそこに横ぐしを刺さなければ、物流の最適化・変革は難しいのだ。

 次の手順としては、物流に対する投資判断を正確に行うことだ。前提として押さえておきたいのは、物流投資では部分最適ではなくサプライチェーン全体を最適化するという発想を持つことだ。

 ローソンやニトリ傘下の物流企業ホームロジスティクスなどで要職を歴任した松浦学氏は「(ネットスーパーの需要増など)顧客の買い方が変わった以上、マーケティングの手法や商品の生産方法を含め、小売が主体となってサプライチェーンの最適化を考えなければならない」と指摘する。

 ここまでをまとめると、自社の経営課題と戦略、顧客に提供すべき価値を明確にし、経営トップが旗振り役となりながら物流部門と他部門が相互に連携するような体制をつくり、前者でサプライチェーン全体の最適化をめざして行動するということが、物流変革への最短ルートということになる。

 言い方を変えると、物流戦略は各企業の経営課題によって方向性は大きく変わるはずで、それゆえに正解というものは存在しない。自社の置かれた状況を適切に判断しながら、物流を戦略的に「考える」という作業が求められるのだ。

強固な物流インフラは、プロフィットセンターになる

 ただ、“経営戦略そのもの”とはいえ、物流を変革するためには少なくない投資が必要だ。コロナ禍で業績好調とはいえ、もともと収益率の低いビジネスである食品小売にとっては、体力を要する取り組みとなる。

 しかし、強固な物流モデルを一度つくってしまえば、その先には見たことのない新たな景色が広がることもまた、事実だ。

 それを如実に示しているのが、米小売最大手のウォルマート(Walmart)だ。同社は今年8月、ラストマイル配送プラットフォームを第三者に提供する「ウォルマート・ゴーローカル(Walmart GoLocal)」というサービスの開始を発表。10月には米ホームセンター最大手のホームデポ(Home Depot)が同サービスを利用し、即日・翌日配送の拡充を図ると明らかにした。この枠組みによってウォルマート側がどれだけのフィーを得るかは不明だが、日本円にして14兆円超の売上を誇るホームデポのラストマイル領域を担うことのメリットは計り知れない。

 日本国内でも似たような動きが見られる。その筆頭といえるのがコープさっぽろ(北海道/大見英明理事長)だ。自社で構築してきた自動倉庫を導入した基幹物流センターや、道内各所に点在する商品製造・配送拠点を外部にも提供。具体的には、同じく北海道を本拠とするサツドラホールディングスと包括業務提携を結び、今年10月から同社の物流業務を受託している(コープさっぽろ傘下の物流事業会社北海道ロジサービスが受託元)。また、学校や医療施設向けの給食の製造や配送の受託、配食事業なども手広く展開している。

 バローホールディングス(岐阜県/田代正美会長兼社長)も、グループ全体の物流戦略を担う中部興産(同/小池孝幸社長)を通じて、事業エリアである関西、東海、北陸、関東をカバーする物流拠点や配送インフラを自社で構築する企業。同社も東海エリアなどでは、中小の小売業の店舗配送を担うなど、外部へのインフラ提供をすでに始めている。

 このように、物流を経営戦略そのものと位置づけ、それを推進する組織づくり、部門間の連携、サプライチェーン全体を見据えた投資をすることで、競合企業あるいはEC企業にも伍するような、競争力の高い強固な物流網を構築することができる。

 そしてその先には、自社インフラを外部に提供する「外販」という、甘い果実を収穫することができるかもしれないのだ。そうなれば物流はコストセンターではなく、利益を生み出すプロフィットセンターに生まれ変わる。従来の収益構造は大きく変化し、既存のビジネスモデルそのものを変革することにつながるのだ。

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