[シドニー/ロンドン 15日 ロイター] – 米ウォール街(金融街)で労働者の福祉への関心が高まっている。新型コロナウイルスの感染拡大で稼働停止になった生産ラインやオフィスを再開させる必要に直面する経営幹部にとって、疾病手当金や労働条件などへの配慮が最優先の課題に浮上。一方、投資家には、社会的責任投資を推進する絶好の機会にもなりつつある、との見方も出ている。
ESG(環境・社会・統治)投資は新型コロナ流行前から人気が高まっていたが、総じて注目されていたのは従業員の幸福といったS(Society、社会)問題よりも気候変動といったE(Environment、環境)問題や過剰な経営陣への報酬といったG(Governance、企業統治)問題だった。
しかし、新型コロナがもたらした深刻な事態は、こうしたウォール街の意識に大きな変化を引き起こしている。
「先日、ある人から『E(環境)は二の次で重要ではなくなってしまったのか』と尋ねられた。私は『いや、そうではない。むしろS(社会)が前面に出てきたということだ』と答えた」
ゴールドマン・サックスのサステナブル・ファイナンス・グループ責任者、ジョン・ゴールドスタイン氏は4月に開かれたメディア向け電話会見でこう語った。
長期的には経営に貢献
アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏が先月、従業員保護を含む新型コロナ関連費用として40億ドルを支出すると表明した際、投資家は当初冷淡だった。この支出で次期四半期の利益が消失すると発表したことを受けて株価は7%超下落したものの、それ以降は下げの大部分を取り戻し、年初来で28%高となっている。
フェデレイテッド・エルメスのポートフォリオマネジャー、ルウィス・グラント氏はアマゾンの措置について、長期的な事業運営においてプラスだと指摘。「賢いPR(パブリック・リレーションズ)措置」だと語った。
従業員福祉への企業の取り組みには投資家の関心も拡大している。ドミニ・インパクト・インベストメンツ(ニューヨーク)のエンゲイジメント担当ディレクター、コリー・クレマー氏は3月下旬、従業員の福祉を優先するよう各企業に求める投資家書簡のとりまとめに関与した。その書簡には、総額で約9兆2000億ドルに相当する資産運用を担当するマネジャー陣から322の署名が集まった。
ロイターが3月23日から4月29日までの英規制当局への開示資料を分析したところ、新型コロナで従業員の一時帰休を発表した98社のうち、76社は法的な義務がないにもかかわらず、何らかの形で経営陣の報酬削減も実施していることがわかった。
実際に「良いことをしている」とみられている企業は恩恵に浴している。モーニングスターの調査によると、欧州のサステナブルファンド分野には今年第1・四半期、300億ユーロの資金が流入。欧州ファンド全体では1480億ユーロの流出だった。
一時的なトレンドか
こうした潮流の変化はコロナ禍における一時的な現象の可能性も大いにある。
全米通信労組(CWA)の広報担当者、ベス・アレン氏は「新型コロナ流行が企業の社会的責任と株主価値の優先追求のバランスに影響を及ぼすかどうかが分かるにはまだ早い」と話す。
ボストン・コンサルティングの最近の調査は、投資家側の慎重姿勢を示している。この調査によると、健全な企業にとって重要なことは「たとえ1株利益が下がり、(収益が)市場のコンセンサスを下回ってしまうことを意味するとしても、危機の中でESG目標を完全に追求することだ」との見方に対し、米国の投資家の52%は反対、もしくは強く反対した。
確かに、新型コロナ流行からの回復に時間がかかればかかるほど企業には、人員を含むコスト削減圧力が増すだろう。
しかし、ESG戦略を採用するファンドによると、コミュニティーにとって正しいことをする企業のパフォーマンスは比較的良好だ。
フェデレイテッド・エルメスが2008年以降のデータを基に調査したところによると、社会的な配慮が劣る企業は一貫して同業他社より月15ベーシスポイントのアンダーパフォームとなっている。
また、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチの調査によると、職場格付けサイト「グラスドア」で最もポジティブな従業員の評価を得ている企業の株価は、最近の売り局面でS&P500指数を5%ポイントアウトパフォームしていた。
とはいえ、「より良いことをする」企業は自動的に投資家にとってさらに魅力的になるのだろうか。
マーティン・カリー・オーストラリアのポートフォリオマネジャー、ウィル・ベイリス氏は「端的に言ってノーだ」と指摘。債務や利益率、ストレス下における流動性維持力といったその他要因も投資決定に影響を及ぼすと説明する。
「しかし、向こう5─10年で社会的な意識を強く持っている企業に投資家は魅力を感じると思うかと尋ねられれば、答えは間違いなくイエスだ」