[大阪 5日 ロイター] – 日本の経済界と政府に、パニックとも言える雰囲気が漂っている。世界第3位の経済大国である日本には、十分な数の人工知能(AI)専門家がおらず、何らかの対策が急務になっている。
ソフトバンクグループの孫正義社長は先月開催したイベントで、日本は最重要のテクノロジー革命において「後進国になってしまった」と、危機感を訴えた。
安倍晋三首相は6月、2025年までにAI人材を年間25万人育成する計画を表明したが、指導役が不足しており非現実的、との批判もある。ソニーなどのテクノロジー大手は、スキルのある人材の給与を引き上げたり、外国人エンジニアの採用強化に動いている。
その中で空調世界最大手、時価総額約3兆8000億円のダイキン工業は、他社と一線を画すAI人材育成策に取り込んでいる。
トップ人材の獲得という面で巨大なテクノロジー企業より不利な立場にある同社は、AI経験ほぼゼロの新卒社員などにAIスキルを教える社内育成プログラムを立ち上げた。
2022年までに従業員1000人をAIの専門家に育てる計画で、ダイキンは、日本企業の中で最も野心的なAI人材育成計画だとしている。
「AIやデータ分析が強く求められている今、情報技術分野に精通している人材がいないことに危機感を持っている」と、ダイキンの米田裕二テクノロジ―・イノベーションセンター長は言う。
ダイキンは企業と家庭向けに、AI搭載エアコンで自動的に温度管理などをする定額制のサブスクリプション型ビジネスモデルを計画しており、AIはその実現に必須の要素と位置づけている。
新卒採用者は最長2年間の研修を受ける。昨年採用された「第一期生」100人は、約6カ月間、大阪大学の教授らの授業を受け、その後データ分析やグループ業務を行った。今年は各部署に配置され、職場でAIのトレーニングを受けている。
ダイキンは、このプログラムの予算を明らかにしなかった。
対照的に、ソニーは自社エンジニアにAIを含む290の研修コースを提供しており、所要時間は数時間から数日程度だ。
ダイキンは、インドや中国からのエンジニア採用にも力を入れている。しかし、米国では苦戦しており、欲しいと思った新卒を獲得するには数十万ドルかかるという。すでにダイキンで働いているAI専門家を引き留めるため、給与の引き上げも検討している。
出遅れた日本
日本がAIで苦境に陥っているという話は、誇張されすぎているきらいもある。
世界知的所有権機関(WIPO)がテクノロジーのトレンドについてまとめた今年の報告書によると、AIに関する特許の保有数上位20社のうち、12社が日本企業だった。これには東芝やNEC、パナソニック、ソニー、トヨタ自動車が含まれる。
だが、2016年にAIの国家計画を公表した米国や、25年までにこの分野で世界トップに立つ計画を17年に公表した中国に比べ、日本は出遅れている。
日本政府のデータによると、官民合わせた情報通信技術への投資は、17年は16兆3000億円。1994年から12%増加した。一方、米国の投資額は同期間に3倍超の6550億ドル(約69兆円)に拡大した。
AIやデータサイエンス教育への取り組みが不十分だとして、日本の大学にも非難の矛先が向かっている。経済産業省は、2018年には推計22万人だったIT分野の人材不足が、30年には79万人に増える可能性があると予測。毎年25万人を育成するという政府計画の根拠となった。
WIPOによると、AI特許件数でトップの20学術機関のうち、17が中国の団体だった。
給与引き上げ
はこだて未来大学の松原仁副理事長は、日本はもっと投資を増やしてIT関連の仕事を魅力あるものにし、同年代社員を平等に扱うマインドを振り払う必要があると話す。
「日本ではIT関連の仕事は長い間、低賃金、長時間労働の労働集約型産業のイメージが強かった。これが、米国や中国のように高給で報われるものだったら、情報科学の分野は学生の間でもっと人気があったかもしれない」と、松原氏は指摘する。
状況は変わりつつある。
ソニーは今年、AIなどのスキルを持つ院卒生の初任給を730万円とし、一般的な初任給の600万円と差を付けた。東芝も、AIやIoT(モノのインターネット)の知識がある社員の待遇をより良くするよう、給与制度を改めた。
フィンテック(金融技術)やAIへの業務拡大を図る通信アプリのLINEも、一般的なエンジニアの初任給が550万円なのに対し、トップの新卒者は最大800万円まで引き上げた。また外国人エンジニアの採用にも力を入れ、日本にいる670人のエンジニアの37%が外国籍だ。
ソニーも採用活動の枠を広げ、米カーネギーメロン大や中国の精華大、インド工科大などで重点的に採用活動を行っている。
ソニー人事センターの池山一誠・人材開発部統括部長は、「新卒や経験者、グローバル いずれにおいてもIT人材獲得競争は激しくなっている。国内はもとより、グローバルに視点を広げ人材獲得に取り組んでいきたい」としている。