「チェーンストアは都市を均質化し、街の歴史を壊してしまう」──。そんな言説を耳にしたことがある人は少なくないだろう。しかし、それは果たして本当なのか。本書は、そんな疑問を持った20代の若き著者が、小売業界のなかでも特異な存在として知られるディスカウントストア「ドン・キホーテ」(以下、ドンキ)のフィールドワークを通して日本の都市の現在を分析した一冊だ。
本書では、ドンキのマスコットキャラクターである「ドンペン」の果たす役割をはじめ、「ジャングル」のような店内の謎、ヤンキーとドンキの関係性、居抜き出店が生み出す多様性など、ドンキが持つさまざまな特徴を都市論や建築論、社会学、文化人類学などの観点から分析している。
第4章「ドンキから見える日本のいま」では、ドンキの居抜き戦略について述べられている。業界関係者の間では常識だが、居抜き出店のメリットは一から物件を建てるより大幅に出店コストを抑えることができる点だ。ドンキもこの利点を享受できるから居抜き戦略を採っているわけだが、著者はこの結果として街の多様性が生み出されていると主張する。
ドンキの居抜き物件は食品スーパーなどの小売店だけでなく、ボウリング場やテーマパークなど多岐にわたる。すでに閉店しているが、「ドン・キホーテいさわ店」(山梨県)は1950年代に源泉が発掘され、レジャーブームのなかで観光開発された石和温泉の近くに立地していた。同店は「秘宝館」(性にまつわる展示やアトラクションがあるテーマパーク)の居抜きで、ドンキとなってからも入り組んだ店内で洞窟のような内装も残されていた。著者は、ドンキのこのような居抜き出店が、日本の歴史の栄枯盛衰を思い起こさせてくれると言及する。もちろんドンキにはこうした意図があるわけではないが、解体される物件もあるなか、形としてだけではあるものの歴史の遺産が維持されることで街の多様性につながっている。
少なくともドンキに関しては、チェーンストアが都市の個性を壊しているとは限らないと著者は考える。本書を読めば、流通小売論の文脈では語られない、いつもと異なるドンキの“顔”が見えてくるのではないだろうか。