2010年1月、ネスレ日本(兵庫県/クリス・ジョンソン会長兼社長)は子会社2社を合併、新体制でビジネスをス タートさせている。これに伴い、ネスレコンフェクショナリーの社長だった高岡浩三氏はネスレ日本の副社長に就任。「デフレの中、NB(ナショナルブラン ド)のトップメーカーとして注力すべきは安売りではなく“バリューアップ戦略”」と説く高岡氏に話を聞いた。
聞き手/千田直哉(チェーンストアエイジ)
顕著な相乗効果生む
──2010年1月の組織再編のねらいは何ですか?
高岡浩三
高岡 今回、ネスレ日本が合併したのは100%子会社のネスレコンフェクショナリー、そしてネスレピュリナペットケアです。今回の組織再編に伴い、ネスレ日本と ネスレコンフェクショナリーの営業組織を統合しました(なお、ネスレピュリナペットケア株式会社の全部門は、新組織のネスレピュリナペットケアカンパニー へそのまま移行し、これまでどおりの体制で事業運営を行います)。これまで3社はそれぞれ独自のビジネスを展開してきました。そのため、ひとつのチェーン ストア企業に対し、3人の違う営業マンが商談に行っておりました。現場の担当者レベルでは問題はありませんが、やはり、ひとつの窓口のほうが効率性もアッ プし商談自体もスムーズに進むものと考えました。また、今後、とくに食品分野では、カテゴリーを超えて商品を提案するケースが増えると予想できます。その 意味からも、総合食品飲料メーカーとしての強みを生かせるよう、組織のスリム化に至ったわけです。
──今後、店頭ではどのような新しい提案ができるようになりますか?
高岡 別々の売場で行っていたプロモーションを、一緒に実施できます。たとえば、コーヒーのネスカフェとチョコレートのキットカットは、これまでは別の会社で取 り扱ってきた関係でプロモーションもバラバラでしたが、合併によって、まったく同じタイミングで展開することが可能になります。そもそもお客さまから見れ ば、コーヒーとチョコレートは同じシーンで食べることが多いはずです。共通の景品をつけるなど、連携し合えば相乗効果も生まれるはずです。
実は、従来も共同での実施を試みたことはあります。しかしそれぞれが別々に商談を進めていたため、展開する週がずれてしまうなど足並みが揃わないケースも散見できました。
──数字的には、どのくらいの相乗効果が期待できそうですか?
高岡 これについては2009年1月から北海道支社で実験し、すでに効果を確認しています。私がプロジェクトリーダーとなり、ネスカフェと連携、キットカットの 受験キャンペーンを打ったのです。隣同士のコーナーエンドを使って同時に大量陳列したほか、共通のPOPで来店者にアピールしました。その結果、前年度の 売上に比べて7?8%増と大きく伸ばすことができました。当初、相乗効果は数字的にはまったくの未知数でしたが、連携しなかった他のエリアでは対前年比で 若干プラスであったことを勘案しますと、目を見張るような相乗効果を生み出しました。
もともと、商品のカテゴリーとは業界がつくってきたもので、本来はお買物に来られるお客さまには何の関係もありません。むしろ取り払ったほうがいい結果を生む場合もあるはずです。組織変更により、これまでにない新しい、斬新な提案をしていきたいと考えています。
逆転の発想から出た期間限定
──景気低迷を背景に価格競争が激化しています。その中でネスレ日本の方向性をどのようにお考えですか?
高岡 デフレ基調が強まりを見せておりますので、さらに価格を下げて、商品を投入していくという選択もあるでしょう。多くのお客さまに受け入れられるという点からすれば、それは有効な戦略なのかも知れません。
しかし小売店、卸といった取引先に、本当に満足していただくという意味では、安易な値下げには慎重になるべきです。NB(ナショナルブランド)メーカーとしては、そこを十分に意識しながら製品づくりをする必要があると感じています。
──キットカットは安売りされることが多かった商品だそうですね。高岡副社長は、それを利益商材に生まれ変わらせ、チョコレートのナンバーワンブランドに育てた実績をお持ちです。
高岡 今から10年少し前、私がネスレ日本からネスレコンフェクショナリーへ出向したときは、確かにご指摘のような状況でした。袋が大量に積み上げられ、低価格 で販売されていました。お子さんがお小遣いで買う商品ではなく、お母さんがまとめ買いする製品だったのですね。また、他店の競争にさらされるポジションに あったため、利幅も少なかったのです。
──その現状を打開するために、次々と新たな手を打ってきました。
高岡 当時、コンビニエンスストア(CVS)の店頭にはキットカットはありませんでした。そこで、CVS向けにストロベリー味の期間限定商品を投入しました。 2000年のことです。おかげさまでこれがヒットし、キットカットが注目を集めるきっかけとなりました。食品スーパー(SM)に対しても限定商品を出し、 好評をいただきました。
実はこのアイデアは逆転の発想から生まれたものです。CVSにおける商品の改廃スピードは非常に速く、その中で長期間にわたって置いてもらえるのには相当の工夫が必要です。
新製品を出してもせいぜい2?3ヵ月しか持ちません。それなら最初から2ヵ月で切り替わる期間限定の商品を出してみようと考えたのです。
──その後、受験キャンペーンも大きく支持されました。
高岡 そのように、ニュースになるような話題を継続的に提供してブランドを育てていけば、われわれメーカーだけでなく、最終的には取引先へも大きな貢献ができる のだと思いました。今の時代のように景気が低迷する中で、お客さまが購買を決定する際の大きな判断基準は価格です。低価格のPB(プライベートブランド) が急速に台頭、浸透してきている裏側には、そんな理由があります。
しかし、NBメーカーが取り組むべき課題は商品に付加価値をつけることです。また、ここに力を入れていけば、お客さまにも取引先にも決して見放されることはないと考えています。
システムでコーヒーを飲む
── 一方、コーヒーも詰め替え用のネスカフェ チャージがヒットし注目を集めています。
高岡 新体制でスタートした今年は、ネスカフェにとっても大きな転換期を迎えることになるはずです。複数の取り組みを考えており、積極的に需要を拡大していく計画です。
ネスカフェ チャージは基本的に詰め替え用の商品です。詰め替え用の商品ですから、それだけですと購買額は下がってしまいます。そこで当社が考えなければならないの は、新しい付加価値を持たせ、カテゴリー全体のボリュームをさらに拡大できるような戦略を推し進めることです。
──具体的にはどのようなものですか?
高岡 今後、インスタント、レギュラーとも、当社のコーヒーについては“システム”で飲んでもらえるような仕組みを構築していきます。前者はネスカフェ バリスタで、後者がネスカフェ ドルチェ グストになります。前者のネスカフェ バリスタの場合、“システム”で飲むというのには(1)詰め替えるシステム、(2)コーヒーメーカーというシステムの2つの意味があります。
09年にインスタントコーヒー専用のコーヒーメーカー「ネスカフェ バリスタ」を実験的に販売しました。当社のネスカフェ チャージを使ってインスタントコーヒーをマシンに入れ、ボタンを押すだけでカプチーノなど5種類のメニューの本格的な味を楽しめるユニークな商品です。日 本市場のためだけにつくったもので、当社としても初の試みです。すべてが試行錯誤でしたが、結果としてかなりの好評を得ることができました。販売ルートは 限定したのですが、短期間で当社出荷台数は1万台を超え、現在品切れの状態です。価格は7980円と、レギュラーコーヒーメーカーと比較しても決して安く はありませんが、やはり当初の考えどおり、価値のある商品はこのようなデフレ下でも売れるということがわかりました。やはり、付加価値を高めていく「バ リューアップ戦略」が重要なのだと思いますね。
──「ネスカフェ バリスタ」はどこの売場で販売するのですか。
高岡 基本的にインスタントコーヒーと同じ食品売場です。従来のカテゴリーで言えば、家電製品売場になるのでしょうが、食品の売上として計上されるため、きっと 売場では喜んでいただけるはずです。これまで当社のインスタントコーヒーを積極的に販売いただいたSM企業などへご恩返しができればと考えております。
──このほかにも、コーヒーについては、新たな戦略を打ち出しています。
高岡 「ネスカフェ エクセラ」のラベルデザインを変え、新たな戦略を打っていきます。キーになるのは「ポリフェノール」で、これを前面に押し出した展開を考えています。ここ 数年、お客さまの健康志向は強まり、その中でポリフェノールは健康にいいと注目を集めています。学術的な調査によれば、日本人が1日に摂取するポリフェ ノール量の約半分は、コーヒーからであることがわかりました。また、全体の15%が「ネスカフェ」からとっていることがわかりました。一方で、日本で「ネ スカフェ」は年間約110億杯飲まれています。つまり「日本人が最もポリフェノールをとっているのはネスカフェから」と言うことができるのです。
これから「ネスカフェ エクセラ」のソリュブル(インスタント)コーヒーのほか、コーヒーミックス、ボトルコーヒーを、ポリフェノールのアイコンをつけた新デザインへ切り替えて いきます。今年は、これらのような“バリューアップ戦略”を進めることで、大きな変革期を迎えることになります。その意味では楽しみな年と言えます。
日本でもEDLP台頭
──ネスレ日本のコーヒーが、これほど大きな商材となったのは、なぜだと分析されますか?
高岡 ハイ&ローという日本型のSMのビジネスモデルにマッチしたからでしょう。チラシで低価格の目玉商品を打ち出して集客し、ついでに粗利率の大きい商品を 買ってもらって利益を確保するというスタイルです。その商品にコーヒーが使われたということです。ただ、このビジネスモデルはだんだんと通用しなくなりつ つあります。原因はSMという業態の過当競争にあります。日本全国、どこもオーバーストアで、徒歩圏に数店のSMがあるのは珍しくなくなっています。消費 者は安い商品を買い回っており、こうなるとビジネスモデルは根底から覆ってしまいます。
そこで注目されているのがEDLP(エブリデイ・ロー・プライス)です。徐々に浸透しつつありますが、日本ではまだ過渡期にあります。すぐにこれ までのハイ&ローというスタイルがなくなるとは思いません。しかし流通各社はコストを削減する方向にあり、最終的にはEDLPに向かうのは確かです。消費 者も、EDLPに慣れ、価値あるものとだんだんとわかってきたのではないでしょうか。それを前提として力を入れているのが、今日お話ししたような戦略で す。先日、ウォルマートの首脳陣と話をしましたが、そこでも日本でEDLPが浸透しつつあることが話題になっていました。彼らからリクエストされたのは 「イノベーションのある新製品を開発してほしい」というものでした。ただの新製品ではなく、そこに何らかの新しい付加価値を持った新製品ということです。
──その意味では、かなり先を見越して戦略を立てておられるということですね。それにしても次々とユニークなアイデアを出されています。ビジネスのヒントはどのように思いつかれるのですか。
高岡 基本的には考え抜く以外にありません。私は会社に所属していますが、消費者としての気持ちをどれだけ正直に持ち続けられるかがキーだと思います。ただ、そ うやって出てきたアイデアは総論賛成、各論反対というケースが往々にしてあります。そこからの努力、そしてその原動力であるエネルギーこそが実は最も重要 なのかも知れないと感じています。