スケールメリットを生かしたローコストオペレーションや、強大なバイイングパワーを持つ大手チェーンが台頭する今、小規模小売業が生き残るためには何が必要なのか。長年にわたりロイヤルティ・プログラム(FSP)のコンサルタントとして世界各国の小売業を指導してきたブライアン・ウルフ氏に、そのヒントを聞いた。
聞き手/千田直哉(チェーンストアエイジ)
「新鮮さ」と「コスト削減」がキーワード
──リーマンショックから3年が経った今も、米国内の経済環境は厳しい状況が続いています。米国の スーパーマーケット(SM)の現状について教えてください。
ウルフ 世界中どこでも同じかとは思いますが、より競争が激しくなっています。経済環境も厳しいので消費者が使えるお金は少なくなっています。つまり、企業は今後さらに厳しい戦いを強いられることとなり、倒産する企業もさらに増えるでしょう。
──そうした中で、米国のSM業界ではどのようなトレンドがあるのでしょうか。
ウルフ 大きく分けて2つの傾向が見られます。1つは、以前から存在するものではありますが、より商品の「新鮮さ」を追求する傾向が強まっているということです。もう1つは、コスト競争の激化です。
鮮度の高い食品を求める消費者層は、オーガニック食材や、より健康的な食品を求める傾向があります。こうした消費者のニーズに対応して、SM各社の売場でオーガニック食品の取り扱いが増えており、そこで差別化を図ろうとしているようです。
たとえばホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)のように、生鮮食品の取り扱いが多く、新鮮さを売りにしているSMが成功しています。ホールフーズ以外にも、ドロシー・レーン(Dorothy Lane)やパブリックス(Publix)など、生鮮食品に力を入れている企業は好調です。しかし、サンフランシスコのアンドロニコス(Andronico’s)のように、生鮮食品に力を入れていて、店づくりやプレゼンテーションも素晴らしいのに倒産してしまう企業もあります。経営上は、生鮮食品の鮮度と品質だけでなく、コストとのバランスが重要になってきます。
──2つめのトレンドとして挙げられたコスト削減には、どのような取り組みがありますか?
ウルフ SM大手のクローガー(Kroger)が好例です。同社は7~8年前から事業全体を再評価し、人件費、広告費をはじめ、その他すべてのコストを見直す戦略をとってきました。ウォルマート(Walmart)と競争するためには、部分的にコストを削減するのではなく、コスト構造を全体的に下げなければならないと気付いたからです。さらに、英テスコ(Tesco)のFSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)の取り組みで知られるダンハンビー社と組んで、基本的にはテスコと同じような顧客情報の分析や活用をしており、成功しています。
ウォルマートのように低コストで運営できる大手企業と戦うためには、コスト構造を見直して簡略化し、より無駄のない経営をしなければ生き残れません。
日本の多くのSMのように、週3回チラシを打ち続けるのは非効率だと思います。ディスプレーの変更や、売れ残った在庫の処理など多くのムダが発生するからです。今後、高齢化や人口の減少が進む中で、経営のスリム化はますます重要になります。人口が減少すると顧客の数が減るので、売上の伸びが期待できなくなり、企業もコスト削減を余儀なくされるためで、進歩的な企業はすでにそうした取り組みに着手しています。
──ウォルマートに対し、SM各社はどのように差別化を図っていくのでしょうか。
ウルフ ウォルマートとSMは、ビジネスモデルが異なります。ウォルマートはエブリデイ・ロー・プライス(EDLP)であり、SMは特売で集客するハイ・ローの価格設定が基本です。両者には大きな違いがあり、ハイ・ローで展開するSMは、よほど大きな変革がない限りEDLPよりコストを下げるのは困難です。
典型的なSMは、ウォルマートに比べて8~12%価格が高いことがわかっています。ウォルマートとの価格差を不明確にするようなプログラムを導入する「マディング・ザ・ウオーター(muddying the water:水を濁す)」作戦もありますが、これが成功するかどうかが課題です。
──「マディング・ザ・ウオーター」作戦について教えてください。
ウルフ 現在、FSPにおいて私が最も注目している展開は「マディング・ザ・ウオーター」作戦です。「水を濁らせる」というのはつまり、泥を入れ水をかきまぜて水を濁らせるように、直接的な価格の比較がし難くなるよう撹乱させることを表します。
日本にも共通の問題ですが、ウォルマートのような企業に対抗しなくてはいけない中で、週3回発行しているチラシを止められる企業がありますか? そんな企業はないはずです。つまり皆、変化を恐れているのです。
ニューヨーク市内に20店舗ほどある高級SMのダゴスティーノ(D’Agos-tino)を例に見てみましょう。ニューヨーク市内にも食品ディスカウンターが進出してきたため、彼らは「マディング・ザ・ウオーター」作戦をとりました。彼らの店舗は小規模なので、EDLPに取り組むディスカウンターのような低価格を実現することはできません。そこで、FSPプログラムを活用して、約1万5000アイテム中500アイテムの価格をEDLP企業よりも安く設定しました。
たとえば、レタスをいつでも48セントで購入できるようにする。しかし、その価格で購入するためにはFSPで貯めたポイントのうち500ポイントを引き換えに使わなくてはいけないという条件を付けたのです。同店では買物1ドル当たり10ポイント貯められるので、50~60ドル買物をすれば、48セントでレタスが購入できるようになります。たくさん購入してくれる得意客には、低価格で商品を提供する仕組みです。
ワシントン州にあるSMチェーンのタイディマンズ(Tidy-man’s)は約3万アイテムの取り扱いアイテム中10アイテムだけを、きわめて低価格(クレイジー・プライス)で提供しています。これは非常に大きな反響がありました。お客はタイディマンズでだけ買物するほうが得だということがわかり、他社の店舗への顧客の流出を食い止めることにつながりました。
昨年訪問したペルーでも、都心にあるハイパーマーケットがポイントとクレイジー・プライスを組み合わせて商品を提供する仕組みを活用していました。このように、得意客にだけ低価格で商品を提供して「水を濁らせる」ことが、小さい会社が大手との競争で生き残るための施策として今後、大きなトレンドとなると考えています。
──そうした価格訴求対象商品は、どのようにして選んでいるのでしょうか?
ウルフ 顧客にお得感を印象付けるために、購買頻度の高い商品を選びます。たとえばレタスやバナナ、卵、ひき肉、牛乳、炭酸飲料の12本パック、トイレットペーパー、洗濯用洗剤の「Tide(タイド)」、「Tony’s(トニーズ)」ブランドのピザ、「Huggies」ブランドの紙おむつ…といった商品です。
──「マディング・ザ・ウオーター」作戦では、ウォルマートのような競合との価格差を埋めることが可能ですが、この他にも効果的な方法はありますか?
ウルフ マサチューセッツ州にあるビッグ・ワイ(Big Y)というSMチェーンが、興味深い取り組みをしています。大型店を約60店舗展開している同社のFSPは、世界でも最高レベルにあると考えています。1991年からFSPプログラムを導入し、20年間にわたって信じられないようなクリエーティブなマーケティング戦略で集客し、顧客情報を集め続けています。
顧客は、ビッグ・ワイで買物をすると、色のついたコインをもらえます。このコインは、もらえるときもあるし、もらえないときもある。しかも、どのくらい買物をすれば何色のコインがもらえるかは、顧客には知らされていないのです。
このコインはいろんな使い方ができ、たとえばコインを使って商品を割引価格で購入できます。コインには4色あり、割引率はコインの色によって異なります。最も割引率が高いのが、ゴールドコインです。この仕組みは、顧客がビッグ・ワイで買物をすればするほどコイン、それもゴールドコインを受け取る確率が高くなり、顧客は得するというのが特徴です。
同社は今年初めにそれまで4色あったコインを、シルバーとゴールドの2種類に減らしました。そして新たに有料のシルバー・カードを導入しています。通常のポイントカードは無料ですが、シルバー・カードは年会費として20ドル(約1600円)が必要です。ただ、シルバー・カードがあれば、コインがなくても特定の200~300アイテムをシルバーコインと同じ価格で購入することができる。つまり、年会費として50ドルまたは100ドルを支払う会員制ホールセールクラブのコストコ(Costco)と同じ仕組みです。
従来のカードでも、引き続きコインをもらうことは可能ですが、同社はコインによる販促の比重を下げています。しかし、年会費20ドルを払ってシルバー・カードを手に入れれば、たくさんの商品をいつでも安く購入できる。しかも、店舗の周辺にあるガソリンスタンド約90店舗でガソリン1ガロン当たり5セント割引になる仕組みですから、すぐに年会費の元は取れるのです。
コストコのように年会費を先払いする仕組みによって、顧客は「元を取る」ためにコストコに優先的に来店するようになります。小売業にとってはよい仕組みなので、将来的には他企業も取り入れるのではないかと見ています(これをアクセスプライシングと呼んでいます)。
データ活用でディスカウンターに対抗
──従来FSPはワン・トゥ・ワンマーケティングの取り組みとして注目されてきましたが、最近その方向性が少し変化していると考えてよいのでしょうか。
ウルフ もちろんワン・トゥ・ワンマーケティングという側面もあり、それを選ぶ企業もあります。ただ、顧客データを活用してワン・トゥ・ワンマーケティングを実現するためには、膨大な量のデータと、その分析が必要です。
FSPの目的は、顧客情報やターゲット情報を活用して、一度来店した顧客にいかにして再度来店してもらうかというものです。ただ、最近では集めた顧客情報を使って、どのようにしてビジネスを改善していくかという点に比重が置かれるようになっています。
今は「ワン・トゥ・ワンマーケティング」という表現よりも、「MIM (More Intelligent Marketing:より知能的なマーケティング)」といったほうが的確かも知れません。顧客情報をマーチャンダイジングや競争相手との差別化など、以前よりも賢く活用するようになっているからです。データ活用の方法もさまざまで、データをどう分析してビジネスの改善に役立てるかという“知能ゲーム”に変化してきています。
──こうした戦略を推進していくと、お店のファンとそれ以外の顧客を二分することになりますね。
ウルフ そうですね。より多くのポイントを集めた顧客が安く買物でき、ポイントを引き換える際に履歴が出るのでレジ係員も得意客の顔を覚えるようになります。
──この戦略は、ウォルマートと競合した場合に、競合対策として効果があるのでしょうか?
ウルフ 戦略の1つになり得ると思います。
食品を扱うフォーマットには、大きく分けて2つのタイプがあります。ローコスト・オペレーターになるか、高度に差別化を図った店になるかのどちらかです。プライス・リーダーというのは市場に1社しか存在し得ないので、その他の店舗は差別化に特化せざるを得ません。
問題は、差別化に特化した小さな店舗であっても、プライス・リーダーとの差が大きすぎてはいけないという点にあります。しかも価格差を最小限に抑えて顧客に安さを認識させる努力をしながらも、よいサービスを提供し、きれいな店づくりをしなければならないのです。
アイルランドのスーパークイン(Super-quinn)を例に説明しましょう。同社は最近、会社を売却しましたが、彼らは世界中でも最も優秀な小売店の1つだったと評価しています。素晴らしいFSPがあり、ターゲット・マーケティングを行い、効果的な戦略をいくつもとっていた。扱っている商品の品質も素晴らしく、よいサービスを提供する高度に差別化された企業でした。
しかし、購買力のある世界の2大企業、英テスコ(Tesco)と独アルディ(Aldi)が相次いで市場に参入し、厳しい競争にさらされました。スーパークインは価格競争に敗れ、顧客を失ってしまったのです。
つまり、高度に差別化された企業であっても、価格差を埋めることができなければ、生き残ることはできません。SMというのは、ある一定の幅以上に競合店との価格差を広げてはならないということです。
だからこそ無駄のないスリム化された効率的な経営が必要だし、「水を濁らせる」ことによって価格差を最小限に抑えなくてはいけないのです。