ネットスーパーの利用シーンは多様化
朝は4歳の子供を保育園に送ってから出社。職場では会議や打ち合わせに出席しながら自分の業務を進め、気づいたらもう夕方。保育時間に間に合うように急いで子供を迎えに行き、帰宅したタイミングで前日にネットスーパーで注文しておいた商品を受け取り、その食材を使って夕食の準備に取り掛かる──。
これは日々を忙しく過ごしている、子育て奮闘中の30代共働き世帯のとある1日だ。ネットスーパーは、このような多忙な若いファミリー層を中心に利用が広がっている。さらにコロナ禍では、感染防止の観点からお店でほかのお客や従業員とあまり接触したくない、あるいは在宅時間が増え、商品を受け取りやすくなったなどの理由から、需要が急激に伸びた。そのほか、「足を痛めてしまった」「免許を返納して移動手段がない」「寒くて外に出たくない」「離れて暮らす両親に食材を差し入れたい」など、ネットスーパーの利用シーンは多様化している。
コロナ禍でネットスーパーと同じく急速にニーズが拡大しているのがクイックコマースだ。IT系のスタートアップ企業が自前のダークストアを開設するほか、スーパーマーケット(SM)との協業により運営しているケースが多い。展開エリアは現在、大都市圏の一部に限られているものの、注文から15分~1時間程度と、すぐに商品が届くこのサービスはデジタルへの感度が高い若年層を中心に利用者を増やしている。
ネットスーパーとクイックコマースは同じ食品宅配サービスとして混同されがちだが、その使われ方はやや異なる。ネットスーパーは計画購買型で比較的まとめ買い傾向が強く、購入金額は5000~1万円程度とボリュームが大きい一方、クイックコマースは「あの食材を買い忘れた」など「すぐに欲しい」というニーズに対応しており、気軽に少額を購入するという使われ方をされる。そのため、必ずしも両者が競合しているとはいえない。
ネットスーパーの市場規模は10年前の約3倍に
矢野経済研究所によると、2021年度の食品通販市場規模は対前年度比2.9%増の4兆4434億円(図表❶)。このうちネットスーパーの比率は4.8%(図表❷)、額にして約2000億円強とまだまだその比率は小さいものの、11年度と比較するとその規模は約2.9倍となっている。同研究所のフードグループ主任研究員である大篭麻奈氏は、「コロナ禍前の10年代後半は、人手不足により配送枠が限られていたこと、店舗出荷型では配送エリアの拡大が難しかったことなどから潜在ニーズを十分に獲得できず、伸びがやや鈍化していた。しかし、コロナ禍で急激に需要が増えたことで、新規参入企業の増加、大手を中心とする倉庫(センター)出荷によるキャパシティ増大、ラストワンマイルの配送マッチングサービスの発達などにより、市場が拡大した」と現状を分析する。
ネットスーパーの市場は今後も拡大していくと予測する小売関係者は少なくない。実際、コロナ禍ではオーケー(神奈川県/二宮涼太郎社長)やアークス(北海道/横山清社長)など、新規参入企業も増えた。クイックコマースについては、日本では当初、飲食店メニューの即時配達サービスとして普及したが、徐々にその対象は食料品にも拡大。「OniGO(オニゴー)」「AMo(アモ)」「Yahoo!マート byASKUL」など、生鮮食品や日配品、加工食品などをすぐに購入できるサービスが次々と現れている。
店舗出荷、大規模センター以外の選択肢も!
しかし本特集で実施した消費者調査によると、実店舗とネットスーパーを併用している人の比率はまだ3割にも満たず、クイックコマースの利用経験者は1割を切っている。また、現在ネットスーパーを利用していない人のうち9割以上が今後も利用しないと回答している。さらに、コロナ禍の行動制限が解除された現在、以前のライフスタイルに戻り実店舗での買物が増えたり、値上げの影響で配送料がかかる割高なネットスーパーを使わなくなったりした人もいる。矢野経済研究所の予測では、26年度までの食品通販全体の市場規模は21年度と比べてやや減少傾向にある。
ネットスーパーもクイックコマースも一定のニーズ自体はあるものの、このように売上規模拡大の懸念事項は少なくない。また、共通の課題として収益性の低さも挙げられる。事業単体で黒字化している企業は少なく、売上拡大でも収益性確保においても課題が山積しており、事業を軌道に乗せるための仕組みづくりが急務である。市場規模がまだ大きくない状態では、新規利用者を獲得するための販促やマーケティングが肝要だ。とくに地方ではまだサービス自体の認知度が低く、店舗での宣伝やポイント・アプリ会員に向けたメルマガ配信、クーポン配布などで利用者を増やしていく必要がある。そのうえで継続して利用してもらえるように、生鮮食品を中心に実店舗と同等の鮮度や安全・安心を担保しつつ品揃えを拡大し、定着率を高めていくことが重要だ。
品揃えを拡大するためにカスミ(茨城県/山本慎一郎社長)が導入しているのが、エリア内の複数の店舗を合わせた品揃えで商品を提供する「ローカル・フルフィルメント・ストア(LFS)」という手法だ。各店舗の在庫を可視化し、エリア内の複数の店舗の在庫を重ね合わせて、オンラインデリバリー上の品揃えを拡張しており、これにより注文件数も伸びているという。
日本のネットスーパーは、売上規模や1日の注文件数が限られていることなどから大半が店舗出荷型だ。投資に見合う大きな売上が必要な大規模センターを活用しているのは一部の大企業に限られているが、カスミのLFSや、ROMS(ロムス:東京都/前野洋介社長)が開発しているナノ・フルフィルメントセンター(NFC)など、日本の商圏や各社の状況に対応した仕組みや施設も登場している。
また、売上を伸ばすには、頻度を高めることはもちろんのこと、注文1件当たりの購入点数を増やす工夫も必要だ。客単価が上がればそれだけ粗利も確保しやすい。有効策の1つが、一定以上の金額を購入することで配送料を無料にするサービスだ。西友(東京都/大久保恒夫社長)が楽天グループ(同/三木谷浩史会長兼社長)と共同で運営する「楽天西友ネットスーパー」では、購入金額5500円以上で配送料が無料となっており、利用者はこの金額になるまで20品目以上を購入する傾向にあるという。
収益性を高めるために何をすべきか?
事業を持続可能なものにするためには、店舗作業や配送の効率化を進め、収益性を高める施策が不可欠だ。ネットスーパーはピッキング、パッキング、配送のすべてに注文ごとの経費がかかる変動費主体の事業である。そのため、注文1件でどれだけ購入してもらえれば黒字となるのかを把握し、そのうえで配送料の設定や店舗作業・配送の効率を高められる仕組みづくりに取り組まなければならない。たとえば、すでにネットスーパーの収益性を確保しているスーパーサンシ(三重県/田中勇社長)は、利用に月額料金を設けるなど、利益を担保できる仕組みを確立している。
配送効率化の面では、バロー(岐阜県/森克幸社長)は地元で配達網を持つ新聞販売店や牛乳販売店と協業。本業の配達の空き時間をネットスーパーの配達に充ててもらうなど、地域資源の有効活用に取り組んでいる。
本特集では、ネットスーパー・クイックコマースを展開する企業計9社の最新の取り組みを解説しているほか、消費者アンケート調査による利用動向も掲載している。アフターコロナが間近に迫る今、各社の戦略や消費者の声を参考にしながら、自社の商圏や事業環境ではネットスーパーとクイックコマースどちらが適しているのか、どのような仕組みを構築すれば売上や利益を高められるのか、あるいは、そもそも自社がネットスーパーやクイックコマースをやる必要があるのかを今一度考えてみてはどうだろうか。