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出店で売上5倍に!中川政七商店、工芸メーカー向けECモールの仕組みとは

工芸品の企画から生産、販売までを統合したSPA(製造小売)業態を確立し、全国に直営店を展開する中川政七商店(奈良県/千石あや社長)。同社は2023年10月、工芸に特化したECモール『さんち商店街 Selected by 中川政七商店』を自社ECサイト内にオープン。約2カ月で出店ブランド『明山窯』の主力商品が、5倍の売上を記録した(対明山窯ECサイト比)。

業界の活性化を目標に、コンサルティングや展示会主催を通じたメーカー支援にも注力する同社。ECモール開業もその一環だが、具体的な仕組みや戦略、双方にとってのメリットはどんなものか。ディレクターを務める中武直美氏に聞いた。

71万人の会員を持つサイトの一角に

明山窯の古信楽プレート(手前迷彩柄)とHIJICAの器シリーズ

 自社ECサイトと全国約60店舗を合わせ、71万人の会員を抱える中川政七商店。その集客力と “見せ方”のノウハウは一朝一夕に真似できない。だが、約3000点の同社オリジナル商品目当てにアクセスがあるECプラットフォームの一角に“間借り”できるサービスが、『さんち商店街 Selected by 中川政七商店』(以下、さんち商店街)だ。

 仕組みとしては、まずメーカーがサイト制作費50万円と商品ページ制作費10万円(10商品当たり)を払い、双方で相談のうえ、取り扱い商品と仕入れの掛け率(売価に対する仕入れ価格の割合)を決定。中川政七商店が自社ECサイト内のECモール、さんち商店街に専用ページを作成する形だ。商品は在庫数を鑑みながら、メーカーから仕入れる。ただし売れた場合は、販売額の7%をメーカー側が利用料として毎月支払う。契約は1年で、解約の申し出がない限りは自動更新される。

 掲載は現在24ブランド。うち22ブランドは元々、中川政七商店がコンサルティングや流通支援をしていたパートナー企業で、残る『明山窯』と『YURAGU』はスタートに合わせ出店を打診した。担当の中武直美氏はその理由を、「『明山窯』は信楽焼のメーカーで、以前から弊社のオリジナル商品の製造を依頼している。だが、窯元独自のブランドで、興味深い商品が多いことから声をかけた」と説明する。

 他方、越前和紙のアクセサリーを製造する『YURAGU』はWEB上で見つけ、イベントにも足を運んで魅力を確認したという。

越前和紙を原料にしたYURAGUのアクセサリー

 このような商品選考の前提には、「日本でものづくりをしている工芸や手仕事で、その趣きを感じられるブランドであること」がある。加えて、「どちらかと言えば、まだ小さなブランドや、本業を応用して新ブランドを育てていきたい企業の販路拡大を支援していきたい」と中武氏。実際、『明山窯』のブランド「古信楽プレート」「HIJICAの器シリーズ」は、窯元のECサイトでの販売に比べ、5倍の売上を記録した。

結果を「次の選択肢」につなげたい

 中川政七商店は、「日本の工芸を元気にする!」を経営ビジョンに掲げており、多くのメーカーを支援している。だが、それぞれに段階と悩みはさまざまだ。「そのなかでECサイトをやりたい方には、このサービスがありますという環境を確立したかった」(中武氏)

 そこで結果を出せば、メーカーにとってはさらなる販路拡大や実店舗、展示会出店など、より幅広い選択肢も検討しやすくなる。また、引き合いの多いブランドが生まれれば、それが職人たちの希望になり、新しく目指す人が生まれる。そうした好循環をつくるのが中川政七商店の狙いだ。

 ECモールを考え始めた当初は、全く新しいサイトを立ち上げる話もあった。だが、「これまで培ったプラットフォームとノウハウを、十二分に活かす形でメーカーのメリットを創出したい」と検討を重ね、現在のスタイルに落ち着いた。

 ここには大きく3つのメリットがある。

メーカーが享受する3つのメリット

コンテンツ撮影の様子

 1つめのメリットは、サイト制作と維持の難しさが解消されることだ。例えば商品テキストは、中川政七商店のスタッフが現地に足を運び、工房の歴史や産地の風景を含めた紹介を書くことを心がけている。それも、三人称で。その理由について中武氏は、「自分よりも他者が『ここの商品はここが良い』と伝えるほうが、説得力は大きい」と解説する。一方で写真については、スタイリングにもこだわり、「実際の活用シーン」がイメージできるように撮影する。

 この両方を必ず入れることが特徴で、どちらにも、これまで自社製品で積み重ねたスキルが活きている。メーカーの希望で提供写真を使用することもあるが、ごく少数。コンテンツのクオリティにこだわることで、リピーターを増やしたい狙いだ。

 2つめのメリットであり、最も期待されるのが集客力だ。ECサイトは立ち上げだけなら簡単でも、それを収益の柱に育てるのが難しいからだ。しかも、小さなメーカーには運営に割くリソースもない。さんち商店街は71万人の会員が訪れる場所であり、会員にメルマガやLINE配信も行っている。「配信の開封率は平均30~35%と、一般的なものより高い。顧客との関係ができている分、リーチしやすいルートに情報を乗せられている」(中武氏)

倉庫からの出荷の様子

 3つめのメリットは、発送や顧客対応の手間と物流コストを、メーカーに代わって中川政七商店が負担することだ。商品は中川政七商店が仕入れる形のため、出店ブランドは倉庫に納品して作業終了。「常時オリジナル商品3000種類を抱える倉庫と物流システムを活用すれば、発送も問い合わせ対応も、ほぼ負荷なく可能だ」と自信を見せた。

工芸を買い、使う人口を増やす

明山窯 手のひらサイズの信楽焼のたぬきの置物「SHIGA★LUCKY」

 ひるがえって、ビジョンの実現以外で中川政七商店側が享受するメリットはあるのか。「出店手数料や卸値と売値の利幅からの収益で、ビジネスとして成り立っている」と中武氏。加えて、メーカーの商品の購入者がオリジナル商品を“ついで買い”するなど、自社の新しい顧客開拓の入り口の一つになることも見込んでいる。

 ただそれを差し引いても、通常のECモール以上に、手厚いケアや集客へのコミットが求められる。そこは短期的ではなく、「工芸を買い、使う人口を増やす」という中長期的な利益を目指しているという。

 一方で課題もある。直近の悩みとしては、参画するブランドをいかに探して拡張するかだ。2026年までに40ブランドを追加することを目標に掲げるが、既存のブランドとのカテゴリの競合や産地の重なりなど、バランスをとっていかなければならない。出店希望の問い合わせも増えているが、道のりは長い。また、今後の展開として視野に入れる、ポップアップストアの出店、職人、産地と顧客との交流イベントの開催に向けてもアクションが必要だ。

さんち商店街 ディレクターの中武直美氏

 最後に中武氏は、「明山窯の商品では先日、1カ月以上持つだろうと判断して仕入れた手のひらサイズのたぬきの置物が、3日で売り切れてしまった。世の中には、今は発見されていないけれど、全国の人が欲しいと思える魅力的な商品がまだまだある。それを誰かの目に触れる場所に置く役割を果たしていきたい」と力強く語った。