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”自社都合”で議論していない? 生活者視点で考えるキャッシュレスの真価

 はじめまして。Preferred Networksという企業でマーケティングを担当している島袋孝一といいます。Preferred Networksは、機械学習・深層学習(ディープラーニング)などの最先端技術を実用化し、製造業、交通システム、バイオヘルスケア、ロボティクスなどの分野でイノベーションの実現をめざしている企業です。

 なぜ、そのようなAI企業のマーケティング担当が、リテール専門媒体で寄稿の機会をいただいているのか? といいますと、僕の過去のキャリアに理由があります。商業デベロッパーのパルコで宣伝・販促やテナント誘致、デジタルマーケティングなどを経験したのち、飲料メーカーのキリン(現 キリンホールディングス)、アプリ開発企業のヤプリを経て、現在の会社に転職してきました。

 つまり、リテール、メーカー、デジタルツールベンダーでの「実務経験の掛け算」から、皆さまにお伝えできることがあるかも? ということで本稿の機会をいただいています。今後の皆さまのお仕事のヒントになれば幸いです。

 初回は、小売ビジネスには欠かせない「決済」にまつわる話題について書いていこうと思います。

生活者視点で考える「決済ツール」が持つ意味

 早速ですが、問題です。現在の日本のキャッシュレス決済比率は何%くらいだと思いますか?

a)10%
b)30%
c)50%
d)70%

 正解は、b)30%です。詳しくは、経済産業省「2021年度第1回 キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会」の「資料4」をご参照ください。

 この数字、「多い」と思った方、「少ない」と思った方、両方いらっしゃると思います。皆さまの日々従事している事業や、生活者としてのライフスタイルにより、体感値が異なるでしょう。事業者視点での「なぜ諸外国に比べてキャッシュレスが普及しないのか?」という問いについては先出の資料を読んでいただくとして、僕からは、生活者視点でのポイントを書いていこうと思います。

決済手段そのものが差別化要因になる時代

 先日、こんなニュースを目にしました。

おままごとで“PayPay”…お釣り忘れる「現金の使い方知らない」子どもたち 家庭でおすすめの“現金体験”は?(FNNプライムオンライン/2022年2月16日 
現金離れでミニ財布が人気 売り上げ1.5倍 スマホ一体型も(FNNプライムオンライン/2022年2月25日

 僕自身も日常生活の決済はApple Watchにインストールした「Suica」のアプリで決済することがほとんどで、物理的な財布から現金を取り出して支払うことは稀有となっています。現に僕もミニ財布に買い替えた一人です。

 さて、このようなn=1の生活者サンプルではありますが、決済にまつわる顕在化している体験・行動や、潜在的な思考回路を書き出してみます。

 読者の皆さまにも思い当たる項目が1つはあるかもしれません。

 小売ビジネスにおける決済というプロセスは、現金しか手段がない時代は商品・サービスへの対価・媒介という役割や機能を果たすだけのものでした。どのお店でも決済手段が「現金」しかないので、それ(決済手段)自体は差別化の要因ともならず「そのお店が選ばれる理由」にはならなかったのです。

 しかし、クレジットカードや電子マネーという決済手段の登場により、「決済」という要素そのものが

 の1つになってきているのです。そのうえで、次のような意識が生活者の中に芽生えてきます。

 自社の中では既存の決済手段で何も不便を感じておらず、変化(決済手段の拡大)をしていなくても、他社の決済手段の利便性が気が付かないうちに先行して向上しており、顧客の流出につながっていた――なんてことが、起きる時代になったのです。

キャッシュレス決済ツールは「未来価値資産」である

キャッシュレス決済は単なる手段ではなく、活用の仕方によっては資産にもなり得る(写真はイメージです)

 とはいえ事業者視点では、諸手を挙げてキャッシュレス決済を導入できるわけではありません。オペレーションの複雑さや決済手数料がネックとなり、キャッシュレス決済の導入が見送られているケースがあるかと思います。当然、自社の扱う商材・ビジネスモデル(利益率)から、導入検討については慎重に精査すべきではあります。

 しかし1つ認識しておきたいのは、キャッシュレス決済は顧客とつながることができる「コミュニケーションツール」としての側面も持っている点です。いわば、「未来価値資産」のようなものなのです。

 たとえば「PayPay」や「LINE Pay」でスマホ決済したお店は、顧客から「フォロー」されることで、次回の来店をうながすようなメッセージを送ることができます。これは現金ではまずできなかったことです。

 小売事業者においても、パルコのスマホアプリでは買い物をした後、顧客からの「テナント店舗の評価」ができる仕組みを取り入れたり、カフェチェーン「プロント」では自社でスマホアプリを介した決済ツールを導入し、より顧客との深い結びつきをめざしている事例もあります。

 いずれも「顧客とつながる」ことを意図した施策です。単純な「決済手段の多様化」を超越した取り組みと言えるでしょう。

 このような施策は、CRM(Customer Relationship Management)の文脈上で説明され、その中でよく「囲い込み」という表現が出てきたりします。しかし、僕個人的には、この「囲い込み」という表現はあまり好きではありません。生活者視点で見たときに「企業から囲い込まれたい!」と熱望する方はいるでしょうか?

  生活者の多くは「自らの意思でお店を選んでいる」と考えているし、そんな自分でいたいと思っているものです。つまり、複数の店がある中で「自分が快適な生活ができるほう」を選んでいる。同時に、無意識のうちにお店を選ばなくなってもいるのです。得てして、選ばれなくなった企業はそのことに気が付かないことが多いものです。そして、そのような判断が下されるうえで、キャッシュレス対応の有無が重要な要素になっている、というわけです。

 キャッシュレス決済市場は今後も伸長が見込まれます。繰り返しになりますが、小売企業にとってキャッシュレス対応は「選ばれる店になる」ための重要なツールの1つであることは間違いありません。まずは自社の企業課題と合わせて、「生活者視点」でキャッシュレス決済の可能性を語るようなディスカッションを社内で行ってみてはいかがでしょうか。