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“デジタル化”では差はつかず…DX時代に“選ばれる薬局”の条件とは

在宅やかかりつけ機能が評価される報酬改定、面分業薬局の増加、人口減少による患者総数の減少と、調剤薬局業界を取り巻く環境は刻々と変化している。そうした中、薬局DX(デジタル・トランスフォーメーション)の主目的も単なる効率化から「患者との接点創出」や「物販との連携」へと移り変わってきた。地域において患者に選ばれる調剤薬局であり続けるために、将来を見据えた企業はどのような取り組みをしているのだろうか。業界の動向とDXの現在地について、薬局業界のクラウド化をけん引するスタートアップ、カケハシの中尾豊代表取締役社長に聞いた。

Cecilie_Arcurs/iStock

付加価値が問われる調剤薬局業界

 「テクノロジー活用の目的は、『効率化』から『付加価値』へと移行している」

 そう語るのは、カケハシの中尾豊代表取締役社長だ。

 2020年の報酬改定で調剤技術料の点数が引き下げられ、服薬指導に適用される薬学管理料の点数が引き上げられた。加えて、2024年改定では医療機関の敷地内に店舗を構える「敷地内薬局」へのペナルティが強化された。

 「敷地内薬局ではほとんど利益を出せなくなる一方で、従来から在宅訪問やかかりつけ機能の発揮に努めてきた薬局はその実績が評価されるようになった。後者にとっては収益性が高まる構図となっている」(中尾氏)。

カケハシ代表取締役社長の中尾豊氏

 医療機関に併設されているいわゆる「門前薬局」に比べて複数の医療機関から処方箋を獲得できる「面分業」の薬局が増加。異業種や大規模ドラッグストアも調剤関連事業に参入し、薬局店舗の総数は6万店舗を超えている。他方で患者数は減少している状況下、効率化から付加価値の発揮へと軸足が移るのは必然と言えよう。

 「薬局業界は、医療法人ではなく株式会社ということもあり、医療業界の中では比較的デジタル化が進みやすい業界。サービスレベルを上げることへの柔軟性が高く、マーケティングの視点を踏まえた視野の広さがある」と中尾氏は話す。デジタル化の進捗状況も、「レセプトコンピュータ(医療事務コンピュータ)はほぼ100%導入済みで、個々の患者の調剤・服薬指導内容を記録した薬剤服用歴(薬歴)もほとんどの薬局で電子化が見込まれている」という。よって、デジタル化そのもので差はつけられず、生存戦略にならない。

 中尾氏は「患者に評価され、地域における競争優位性を保つために、今何をすべきか。規模の大小を問わず調剤薬局に共通している悩みだ」と中尾氏は話す。20年の改定で服用期間中の継続的な薬学的管理と患者支援が義務化されたことを機に、業界全体にフォローの重要性が認識された。

 しかし競争優位性を獲得するには、現状の患者数と離脱数、持ち込まれる疾患の傾向を可視化したうえで、複数の医療機関から様々な処方箋が持ち込まれる戦略を考えなくてはならない。選ばれる薬局になるには、「とりあえず困りごとを聞く」というフォローでは不十分だ。

 カケハシが提供するLINE経由の患者フォローシステム『Pocket Musubi』は、患者に対して『尿の色が変わっていませんか』『筋肉痛はありませんか』といった処方にあわせた質問が自動で送信され、薬剤師が患者の医療薬学的な現況を把握できる。回答を受けてSNSや電話で助言したり、ときには命に関わる副作用を救ったりするケースもある。

「テックタッチをどこまで受け入れるか」

 このような『Pocket Musubi』を使った接点創出は、中尾氏の言う「テックタッチ」の一例だ。「テックタッチ、ロータッチ、ハイタッチ」とは、SaaS企業などがカスタマーサクセスの手法として取り入れてきた概念。「ハイタッチ」はマンツーマンの手厚いアプローチ、「ロータッチ」は1対複数のアプローチ、「テックタッチ」は主にデジタルを使って多数の人にアプローチすることを意味する。

 これを薬局と患者の接点に当てはめると、ハイタッチは薬局窓口での服薬指導や在宅訪問、テックタッチは複数の患者にメッセージを自動送信して状況確認するような場面を想定できる。

 「1000人の患者を抱える薬局を例にすると、50人の外来患者に対応しながら残りの950人に電話をかけるといったことは現実的には不可能だ。テックタッチで最低限のアセスメント(患者の様子を確認すること)を行い、問題のありそうな患者については薬歴を確認した上で薬剤師が介入するべきだろう(中尾氏)

 テックタッチによる生産性向上もさることながら、アセスメントの総数が増えることで薬学的な考察も深まり、薬剤師のパフォーマンスが顕在化しやすい。中尾氏は、薬局業界の展望を見渡すうえで「テックタッチをどこまで受け入れるか」が分水嶺になると話す。

kumikomini/iStock

 「患者に与えた影響が大きい分だけ薬局への評価は高まり、それが付加価値となる。受診のタイミングを伝えて積極的に患者を動かせる薬局は強い。さらに日常生活での意識と行動を変える力のある薬局は最強だ」(中尾氏)

 調剤薬局で患者ごとに蓄積された調剤データとPOSデータを連携させて、慢性疾患の軽減や生活習慣病の改善に向けた助言をするなど、調剤と物販の連携で付加価値を出せる余地もある。その一例が、カケハシとイオンリテール、大塚製薬の3社が、経済産業省 令和5年度「ヘルスケア産業基盤高度化推進事業(PHR利活用推進等に向けたモデル実証事業)」の一環で実施した実証事業だ。

 この実証事業では、東京18店舗のイオン薬局で「Pocket Musubi」と大塚製薬のサービス「エイチル」に登録した198人を対象に、薬剤師による指導とオンラインコンテンツの配信をしたところ、健康に関する相談件数の増加や特定の健康食品の売上増(前年対比約+17%)といった行動変容を確認した。

 薬局DXは患者の意識改革と行動変容を促すうえで不可避だ。「全店舗のシステム切り替え、データ収集から始まり、ユーザー体験につながる接点を強化し、疾患や地域性を踏まえて最適解を模索することになるため、時間はかかる。しかし、付加価値を高めるためのDXをするかしないかで、3年のうちに大きな差が生まれるだろう。当社も企業の声にお応えできるよう、責任と自覚を持ってチャレンジを続けたい」(中尾氏)。