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コロナ禍で絶好調の生協宅配 DXの推進でさらに成長する理由とは?

生協大

業績好調のなかで高まった危機意識

 デジタルの力によって組織や事業そのものを変革するデジタル・トランスフォーメーション(DX)の流れが、いよいよ生協にも押し寄せている──。

 新型コロナウイルス(コロナ)感染拡大下での食品宅配ニーズの高まりを受けて、生協は過去に例を見ない急成長を遂げた。日本生活協同組合連合会(東京都:以下、日本生協連)によると、全国120の地域生協の2020年度の宅配事業の供給高(商品売上高に相当)は2兆1170億円で対前年度比14.9%と大きく伸長。21年度に入ってからも、前年度の反動減はあるものの依然、業績は高水準で推移している。

 小売業全体で見てもその成長ぶりは目覚ましい。小誌『ダイヤモンド・チェーンストア』が発表した「日本の小売業1000社ランキング2021」において、売上高上位1000社にランクインした地域生協の売上高合計は対前年比10.8%増。宅配事業の成長がけん引し、ホームセンターや家電量販店を差し置き小売業態のなかで最も高い伸びを見せた。

 しかし、絶好調であるにもかかわらず、日本生協連・代表理事事業担当専務の藤井喜継氏は「コロナ禍で事業環境が激変していることに危機意識を持っている」と述べる。

 確かに生協を取り巻く環境に目を向けると、大手ネットスーパーが積極投資に出ているほか、飲食店のデリバリーサービスなど家庭内の食事を宅配でサポートするさまざまな事業者が登場している。国内食品宅配市場の約6割を占める生協宅配ではあるものの、これまで以上に競争環境は厳しくなっているといえる。

 実際、本特集で実施したレシートデータによる消費者調査では、それを示唆する結果が出ている。生協と大手3社のネットスーパーの比較において、コロナ禍で利用を始めたことを意味する「2年未満の利用者」の割合が、大手ネットスーパー各社は約40~55%を占めたのに対して、生協は約15%だった。もちろん、多くの長期利用継続者を持つ生協だからこその結果ではあるのだが、競合他社がコロナ禍で一気に新規利用者の獲得に成功していることは確かだ。

全国のDXを進めるプロジェクトが本格始動

 こうした環境下で今、生協が一気に加速させているのがデジタルの活用だ。生協宅配はこれまでデジタル化があまり進んでいないといわれてきた。しかし、コロナ禍で旧態依然とした組織・事業からの脱却を図る動きを見せている。

 その代表的な施策が20年3月に日本生協連の主導により始動した「DX-CO・OPプロジェクト(以下、DXコーププロジェクト」だ。コープ東北サンネット事業連合(宮城県)、コープデリ連合会(埼玉県)、東海コープ事業連合(愛知県)との4者共同で、全国の地域生協のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進することを目的としたプロジェクトで、デジタルを活用した実証実験を重ねて、成功例を生協全体に広げていく試みを開始している。

 すでに実験を終えて水平展開を始めた事例もある。21年5月にみやぎ生協(宮城県)で運用開始したWebサービス「コープシェフ(CO・OP chef)」は、好みのレシピを選択すると、必要な食材が自動でカートに入りまとめて宅配で注文できるという仕組みで、献立を考える負担や注文作業時間の軽減につながると好評だった。そこで5月末にはコープ東北サンネット事業連合に加盟する東北6県の地域生協へとサービスエリアを拡大し、さらに現在はそのほかの事業連合への導入に向けても検討を進めている。

 このように同プロジェクトがスピーディーに進んでいる大きな理由に、生協の従来のシステム開発手法を抜本的に見直していることが挙げられる。スタートアップ企業とも連携しながら、短期間でまずは成果物を一部エリアに導入し、試行錯誤を重ねながらシステムを進化させていく「アジャイル型」の開発手法に舵を切っている。

 同プロジェクトのプロジェクトリーダーを務めるコープ東北サンネット事業連合常務理事の河野敏彦氏は「アフターデジタルの世界では、世の中の変化に迅速かつ柔軟に対応し、サービスを適応させていくことが求められる」と述べ、今後は事業推進や組織風土そのものの変革も生協全体で進めていきたいとしている。

ネット注文比率はいまだ2割以下

 では、デジタルの力によって、生協宅配はどのような革新を遂げていくのだろうか。

 変化が予想される領域としてまず、物流網が挙げられる。たとえば、コープさっぽろ(北海道)は18年8月、アマゾン(Amazon.com)に負けない物流網の構築を掲げて、基幹物流センターにノルウェー発の自動倉庫型ピッキングシステム「オートストア(AutoStore)」を導入した。これにより集荷・仕分け作業の処理能力を飛躍的に高めて、大型食品スーパーと大型ドラッグストアの品揃えを網羅する2万品目以上の商品を配送可能にして利用者を大きく増やしている。そしてこの強固な物流網を生かし、19年12月に包括的業務提携契約を締結したサツドラホールディングス(北海道)の物流業務を受託するなど、生協の常識にとらわれず事業を広げている。

 生協が長年の課題としている若年層の開拓も、改革が予想される領域の1つだ。本特集で地域生協向けに実施したアンケート調査の結果では、多くの生協がコロナ禍で新規利用者を獲得できてはいるものの中高年世代が中心で、組合員の高齢化は依然として改善されていないことがわかった。

 さらに調査結果では、生協宅配は従来の専用用紙による注文が主で、Webサイトやスマホアプリ経由のネット注文比率はいまだ2割以下であることがわかった。これは、生協側のデジタル対応、さらには組合員が生協宅配を利用するうえでのデジタル移行が進んでいないということであり、これらはネットでの買物が当たり前になっている若年層の利用を獲得するうえでの大きな障壁になっていると考えられる。

 こうした課題を解消しようと、コープデリ連合会(埼玉県)やパルシステム連合会(東京都)などの一部の生協では、以前は事前訪問が必要だった組合員への加入手続きをネットで完了できる仕組みを構築しているほか、宅配注文アプリの機能向上やSNSの活用などによってネット経由の利用を促す動きも広がっている。このようなデジタル施策がさらに進めば、生協宅配は若年層にとってより利用しやすく、身近なサービスになっていきそうだ。

組合員データの連携が新規事業創造のカギ

 生協のDXは異なる事業間での連携も促していきそうだ。生協は宅配以外に、店舗や共済、福祉などのさまざまな事業を展開している。昨今は、ネットとリアルの融合が小売業界の新たなサービス形態として注目されるなか、宅配商品を店舗で受け取るなど、生協が事業間連携を図ればさまざまな価値が創出できそうだ。

 こうした事業間連携を実現する1つのカギとなるのが、組合員データの連携だ。ただし、ほとんどの地域生協では、各事業の組合員データは別々で管理されており、生協宅配のヘビーユーザーに店舗の利用を勧めるといった、事業の垣根を越えた提案を行いにくいのが現状だ。

 そうしたなか、03年と早期から宅配、店舗、福祉事業の3事業で連携を図り、総合力で成長を図る「事業ネットワーク戦略」を掲げているのが福井県民生協(福井県)だ。すでに全店舗に宅配注文商品の受け取り拠点を併設しており、さらに今後は福祉事業での知見や組合員データを生かすことで、介護予防やフレイル(加齢により心身が衰える状態)対策関連の物販を宅配や店舗で広げていく方針だ。

 データ連携の煩雑さゆえ、他の生協ではなかなか追随する動きが出なかったが、これについても生協のDXが起爆剤になりそうだ。日本生協連は生協のDXのテーマの1つに「ICT(情報通信技術)中期計画」を掲げており、日本生協連のICT基盤のクラウド移行に着手している。また一部の地域生協とICT基盤を共同利用することでも協議を始めている。このようにデータ管理の在り方そのものが改革されれば、組合員データの連携、ひいては事業間連携が大きく進むとみられている。

 こうしてみると、デジタル活用があまり進んでこなかった生協には、成長可能性のある“伸びしろ”がまだまだ眠っていることがわかる。そして今、日本生協連が先導役となり進めているDX推進、組織改革が、これらの潜在価値を開花させていく契機となるかもしれない。それが現実のものとなれば、激化する食品宅配市場で、生協はさらに強い存在感を発揮する存在へと変貌を遂げていくはずだ。

 激化する食品宅配市場のなかで生協は“王者”として君臨し続けることができるのか。コロナ禍が誘発した生協のDXは、将来の成長を占う重要な転換点となりそうだ。