メニュー

第2回 米小売業のAI活用の現状

メインバナー

デジタルトランスフォーメーション(DX)や人工知能(AI)の活用が進まず、一部の論者に「デジタル敗戦」とさえ揶揄される日本の小売業界。そのような日本の後進性の比較対象となっているのはテクノロジーリーダーである米国だが、意外なことに米小売企業経営者たちの間には、「AIの採用ペースが速すぎてついていけない」との声が上がっている。さらには、「米国における本当の意味でのAI活用は、実は牛歩だ」との意見もある。経営者や専門家の議論を通して、小売におけるAI展開の本質や現状を読み解く。

乗り遅れなかったが
バスの速さに戸惑う

 米小売業界においてAIは、①需要予測やそれに基づく価格決定と在庫管理、②顧客データや販売データによる個人化されたサービス提供、そして③チャットボットなどのカスタマーサービス提供などの面で活用が進んでいる。

ウォルマートのAI化されたIntelligent Retail Labの店内。天井に無数のカメラが設置され、顧客の行動や商品の流れのあらゆるデータが収集され、分析される

 世界4大会計事務所の一角であり、経営コンサルティングの多国籍企業でもあるKPMG3月に発表した『AIの世界で繁栄すること』と題された約1000人の米経営者の聞き取り調査報告書は、小売を含む米国の各産業のAI活用の現状や問題点をあぶり出すものとして、注目を集めている。

 その中で小売に関するハイライトをピックアップすると、業界では81%の回答者が「弊社においてはAIが適度に機能している」と答え、需要予測・価格決定・在庫管理、パーソナルなサービス提供、カスタマーサービスなどでAIがすでに実用化段階にあることがわかる。この数字は、2020年の調査と比較して29ポイントと顕著な伸びを示しており、同じく前年比で37ポイント増加した金融業界に次いで、米小売におけるAI展開が急速に進んでいることが明らかになった。

データ分析の勝者が小売の勝者となる未来はすぐそこに来ている(写真はウォルマート)

 ちなみに、昨年の調査では米小売の回答者の56%が、「2021年と2022年にAIがカスタマー情報の面で大変革をもたらす」と言明しており、80%が「AIはすでにカスタマーサービスの問題解決に役立っている」と答えていた。未だ課題が山積するAIではあるが、それらの解消を待たずに「実戦投入」されている現状が浮かび上がる。

 そのためか、今年の調査では49%の回答者が「AI展開のペースが速すぎて、ついていけない」と述べている。AI導入の決断を下している経営者の多くが、AIの有効性をはじめ、費用対効果、データ活用の倫理、ガバナンス、法的規制などの面で未だに戸惑う場面が多々あることを示唆するものとして注目される。

 なお、米小売の回答者の79%は、自社にAI倫理規定が整備済みであると答えており、2020年と比較して34ポイント上昇している。また、91%が「弊社の従業員はAI導入に必要なスキルを持っている」とした。これは、昨年から47ポイントも増加しており、企業側の訓練や教育が進展していることを示唆するものだ。

「AI展開は遅れている」
さらなる加速の呼びかけも

 この報告書を受けて、米小売のエキスパートが情報や意見を交換するサイトの『リテール・ワイヤー(RetailWire)』では、「本当にAIの採用はペースが速すぎるのか」について、活発な討論が行われた。多岐にわたる意見が出されたが、論点は「AIとは何か」というそもそも論に始まり、「データ活用のプロセスでいかに顧客のプライバシーやデータを守るのか」「AI展開は速すぎるのではなく、遅れている」などの声も出て、さながら百家争鳴の観を呈した。

 小売におけるオムニチャンネル化を支援するカナダの企業TakuLabsの共同創始者であるカレン・ウォン氏は、「この議論におけるAIとは、本物のAIなのか、名ばかりのAIなのか。もし単なる『自動化』という意味でAIという用語を使っているのなら、本物の(高度な)AIの展開はペースが遅すぎると言える」と発言し、実際にはAI導入が遅れているのではないかと問題提起を行った。

 日用消費財を専門に分析を行うアナリストのベンキー・ラメッシュ氏は、「最近、ニューヨーク州レビントンにあるウォルマート(Walmart)のAI研究所や店舗を訪問したが、数千のカメラが装備されているにもかかわらず、スキャニングやAI分析目的で利用されているようには見えなかった。これは、コストが問題なのではないか」と述べ、テクノロジーリーダーのウォルマートでさえ利用が遅れていると指摘。実際の運用の難しさが浮き彫りとなった。

 運用面については、「データを互いに突き合わせて分析することなく、それぞれ孤立させたままでは、もったいない」(ケンブリッジ・リテール・アドバイザーのマネージングパートナーであるケン・モリス氏)、「質の悪いデータではなく、『クリーン』なデータを単一の集積場にまとめることが肝要だ」(米通信大手ベライゾンの小売流通担当のデイビッド・ニューマン氏)、「確かにAIが所期の成績を挙げていない部分もあるが、AIなくして経営を行うことは、選択肢に入っていない。できるだけ早く失敗から学び、常に改善していくのが最適だ」(データ統合運用企業インタラクティブエッジの共同創業者のゼル・ビアンコ氏)などの声が聞かれた。

 こうした意見をまとめたのが、グローバル・ストラテジック・コンサルティングのマシュー・パビッチ常務だ。彼は、「現実には、AI導入は遅れている。今日の複雑で深化のスピードが速い小売業界においては、より精度が高く、内容の深い決断を下すためにAIは必須なのだ」と主張した。

 一方で、「顧客の信頼を勝ち取り、維持すべく、小売企業はAI運用においてプライバシー保護を徹底しなければならない」(シェパード・プレゼンテーションズのシェップ・ハイケン氏)など、慎重さを求める意見も出された。

 このように、すでに不完全なままの形で実戦投入されるAIに戸惑いながらも、米小売リーダーの多くは、「失敗しながら学ぶ」道を選択しているようだ。