ホーチミン髙島屋が好調だ。アジアではシンガポール、中国に続き、2016年にオープン。2020年、2021年は売上を落としたものの、本年は好調に推移しており、2017年に約40億円だった売上高は今や80億円が射程に。コロナ禍前より大きく躍進する、その強さの秘密についてタカシマヤベトナムLTD.(ベトナム・ホーチミン市)の福岡収社長に聞いた。
富裕層からの支持と家庭用品の伸びが売上を牽引
ベトナム・ホーチミン市中心地区のレロイ通り。日本で言えば東京・銀座の中央通りに値する一等地に、2016年7月、ベトナム初の百貨店としてホーチミン髙島屋はオープンした。地上5階、地下2階、5万5500㎡を有する複合商業施設サイゴンセンターの核テナントだ。
オフィスタワーとなる上層階には外資系企業が入居し、近隣にはラグジュアリーブランドを抱えたホテルも立地する富裕層エリア。平日はこうしたオフィスワーカーや住人らが普段使いする一方、休日には広域から家族連れが訪れる。「メイン顧客は当初の想定通り、30代から40代半ば。ベトナムにこれまでなかった百貨店という新しい商業形態が、ホーチミンの富裕層に支持されている」と話すのは、タカシマヤベトナムの福岡収社長だ。
新型コロナウイルス禍となった2020年、2021年こそ売上は減少したものの、現在は80億円を見据えるまでに成長。これは初のフル営業となった2017年の倍増となる売上高だ。客数自体はコロナ禍前には戻っていない中、何が起因しているのだろうか?
福岡社長は「最近では特に2つの商材で購買単価が上がっている」と明かす。一つはコロナ禍前の2倍の売上だというスーツケース。そしてもう一つ、大きな伸びを示しているのが食器類だ。「国が成長すると家庭用品が伸びてくる。我々の3歩先を行く存在として常にベンチマークしているシンガポール髙島屋から消費傾向の変化をリサーチし、品揃えのプロポーションを変えてきた」(福岡社長)。カード会員も順調に増加し12万人を越えた。ファンづくりに成功していることも売上を下支えしている。
専属デザイナーを起用した店内装飾で認知度アップ
もともと親日国として知られるベトナムでは日本的スタイルの受けがいい。ホーチミン髙島屋でもオープン以来、人気なのがデパ地下だ。「日本的なものの打ち出しが一番しやすいのが食料品。地下2階のデパ地下は日系百貨店の象徴的なフロアになっている」(福岡社長)
日本の百貨店ではお馴染みの、ワンフロアに多彩なブランドを集約させた化粧品売場も主力の一つ。ブランドを横断して選べるワンストップ型の店舗環境は、ベトナムにこれまでなかった体験価値を提供した。同様に、キッズ・ベビーのゾーンについても「関連商品がすべて揃うトイザらスのような役割を髙島屋が担っている」と福岡社長は分析する。
一方で、ベトナム独自の売場づくりにも注力している。その一つが店内装飾、ディスプレイだ。着任して福岡社長が驚いたのは、ベトナム人が非常に「写真好き」であることだった。アイコニックなディスプレイを作ると撮影する人々でごった返し、SNSに次々とアップされる。
そこで、髙島屋グループ内でも珍しいというディスプレイ専属の社内デザイナーを起用。エントランスやウインドウのほか、フロアごとにポイントとなるデコレーションを仕掛け始めた。予算も多く投入し、ベトナム人デザイナーの感性を生かした店内装飾は、ホーチミン髙島屋の認知度を押し上げ、売上増に確実に貢献している。ただ、「根底にあるのは、ディスプレイをフックに人が集まる場を提供したいという思い」だと福岡社長は力を込める。
主役はあくまでローカル、地域の反応をMDに
ホーチミン髙島屋好調の要因にはさらに、徹底的に地域の人々の反応を見るという姿勢が挙げられる。デパ地下に並ぶ食料品も日本での知名度や人気をそのまま持ち込むことはせず、試食会を開いて反応を見定める。
「趣味嗜好の違いというのは必ずあるので、品揃えでも店内装飾においても、主役はローカルの人々だという考え方で進めてきた。それが今の売上伸長の1番大きな要因ではないか」(福岡社長)
自分たちの考え方や経験値を押し付けない姿勢は、商品政策(MD)にも表れている。現在、ホーチミン髙島屋のMDを担うのは、シンガポール髙島屋から出向してきたシンガポーリアンだ。各ブランドのアジア本部はシンガポールにあることが多く、必然的にシンガポーリアン同士のつながりが有効になる。「シンガポール人が組み立てたMDをベトナムの特性に合わせて常にアジャストしている。それが今のところうまく機能しているようだ」(同)
売上100億円も視野に
順調に売上を伸ばし続けるホーチミン髙島屋だが、次なる目標はどこに置いているのだろうか。「将来的に100億円というのは視野に入れている」と福岡社長。そのための戦略として、今後拡充可能な2つの市場を挙げる。
一つは化粧品だ。「2023年末に地下鉄が開通予定なので、現在バイク通勤が中心のホーチミンの女性たちが電車を利用するようになる。化粧品のニーズは間違いなくアップするだろう」(福岡社長)。これは、シンガポールでMRT(地下鉄)が開通した時にも起きた現象で、雨や風でメイクが乱れる心配がなくなり、市場は大きく拡大した。
もう一つ、期待を寄せるのがゴルフだ。国の発展とともに、スポーツやレジャー市場は広がるものだが、ベトナムではこのところ富裕層の関心がテニスからゴルフにシフトし始めているという。「市場規模で見ると、テニスよりゴルフの方がはるかに大きい。すでにウエア関連は既存ブランドがゴルフラインを拡充していて、売上も伸びている。今後はギアの売場をしっかりと作っていきたい」(同)
平均年齢31歳、2022年1月〜6月の実質GDP成長率は6.42%を記録し、人びとの希望にあふれる国、ベトナム。所得は上昇し続けており、ターゲットである30代・40代富裕層の増加が見込めるのも、ホーチミン髙島屋の強みだ。
その追い風にいかに乗っていくか、福岡社長の答えには淀みがない。「ターゲットの支持を得るために常に変化し続けること。百貨店として培ってきた編集力で、アイテムやカテゴリーの拡縮やブランドの入れ替えを繰り返していくこと。それには、売上の数字だけにとらわれず、お客さまの反応を見ながらニーズと最もマッチしたところで商品をどう揃えられるかが大切」。当分、ホーチミン髙島屋の快進撃から目が離せそうにない。