「見ためが悪い」「処理や加工が難しい」「重さが魚を効率的に流通させるための規格に満たない」──。そういった理由で市場に出回らない「未利用魚」。水揚げ量の3~4割が捨てられるか、飼料用に引き取られているという。そこに目を付けたサブスクのサービスが「フィシュル!」。サービス開始から3年弱で131トンの未利用魚を活用した。SDGs達成に向けたアクションが求められる中、水産資源の有効活用とフードロス削減の成功事例として参考になりそうだ。
魚を食べてくれることが本当の課題解決
月に1度、未利用魚の冷凍ミールパックが宅配されるサブスクリプションサービス「フィシュル!」が好評だ。2021年3月にサービス提供を開始し、23年12月に会員数2万5000人を突破。これまでに131トンのフードロスを削減した。手掛けるのはベンナーズ(福岡市/井口剛志社長)。18年4月に設立されたベンチャー企業だ。
創業者の井口剛志社長が起業を意識したのは学生時代。大学でアントレプレナーシップを専攻し、3年生の終わりに講義でプラットフォーム戦略を学び、具体的に起業するイメージが固まったという。最初に手掛けたのは、魚の産地と外食産業をマッチングするB2Bプラットフォーム事業だった。父が魚の卸売、祖父が水産加工を営んでいた背景もあって、水産業界に注目した。
かねて気になっていたのが、漁師から消費者のもとに届くまでに、数多くの仲介業者を経由する流通構造だったという。また市場での競りも、地域によって時間や方法が違う。そういった要素が絡み合い、情報の不均衡を生み出していると感じていたそうだ。
「複雑すぎる流通構造を改革できないか。そう考えて、漁師と飲食店舗が直接コミュニケーションできるプラットフォームを作る事業をスタートさせました」(井口社長)
それと並行して考えていたのが、消費者からの魚の需要そのものを作っていくこと。井口社長は「流通改革を果たしたところで、消費者が魚を食べてくれない限り、本当の課題解決とはならないと感じていました」と打ち明ける。
B2Bプラットフォーム事業を推し進めるために、全国の魚の産地を訪ねて回った。その中で「未利用魚の存在を目の当たりにして、いつかこれを有効活用できないかと考えました」と井口社長は振り返る。そして大きな転機が訪れた。新型コロナウイルスの出現だ。
ターゲットは30代半ば〜40代前半、
50代半ば〜60代半ばの女性
新型コロナウイルスの流行で非常事態宣言が発出され、日本中の飲食店舗が営業自粛に追い込まれた。その影響で「われわれとしても、新しいビジネスを始めざるを得ない状況になりました」と井口社長。そこで思いついたのが、後に「フィシュル!」に発展するサービスだった。
「家庭でおいしい魚を簡単に味わえるようにすれば、魚の需要を生み出せる。未利用魚の有効活用もできる。これはいい!そう思ったのです」(井口社長)
クラウドファンディングで未利用魚を活用したミールパックを届けるプロジェクトを立ち上げて、資金を調達するとともに、どのような層に受け入れられるかリサーチを重ねた。結果的に404人の支援者による396万4562円の支援が集まって目標を達成。それが「フィシュル!」の土台となった。
そして2021年3月、「フィシュル!」をローンチ。狙ったのは30代半ばから40代前半の単身または子育て中の女性、そして子育てがひと段落して時間と金銭面にゆとりがある50代半ばから60代半ばの女性だったという。SNS広告やリスティング広告を掲出するデジタルマーケティングとともに、自分たちでInstagram、Twitter(現・X)のアカウントを開設。積極的に情報を発信してオーガニック流入も狙った。
「煮切り醤油漬け」「ハーブオイルマリネ」「ピリ辛ごま坦々」など和洋中の味わいを取りそろえたミールパックは、解凍するだけ、温めるだけで食べられる。味のバリエーションは40種類以上。井口社長によると「総数で50種類は超えていますが、アンケートを実施して評判の良いものを残しています」と話す。
「お客様に商品を直接お届けし、声を吸い上げやすい関係性が築けている。意見や要望を商品開発にしっかり反映させて、お客様と一緒により良い商品を作っていくのがわれわれのスタンスです」(井口社長)
約120種の国産天然魚×味付けの組み合わせでSKUは約6000
魚の種類は約120種、すべて国内で水揚げされた天然物だ。例えば未利用魚の代表格ともいわれるアイゴは白身でクセのない味わい。ただし、海草を食べるために時間が経つと内蔵から独特の臭みを発する。新鮮なうちに処理してしまえば、おいしく食べられるが、背びれと腹びれに毒バリが付いていて、刺さると指が腫れてしまうという厄介さもある。
イラ、マトウダイ、ニザダイ、ミノカサゴといった魚は、見た目が悪い、加工しづらいといった理由で未利用魚として扱われている。タカノハダイ、ミシマオコゼ、オジサンといった魚は、そもそもの水揚げ量が少ない。それで未利用魚となっている。
未利用魚の加工・調理について、ベンナーズでは試行錯誤して独自のノウハウを編み出してきた。社員約50人のうち、製造に携わるのはおよそ30人。冷凍方法もさまざま技術を試して、マイナス30度で瞬間凍結させるアルコール冷凍がベストだという結論に至ったという。
魚は加工の過程で骨がほぼ完全に取り除かれ、保存料などの添加物を使用しない。「生食できる状態のものしかお届けしておらず、品質には絶対の自信を持っています」と井口社長。
魚ブームを起こして食文化をリニューアルしたい
ベンナーズの工場は福岡市にあり、そこで加工される商品は福岡、佐賀で水揚げされた魚が中心だが、青森から鹿児島まで10ヵ所に協力会社の工場があり、「フィシュル!」のノウハウで商品が加工されているという。「取り扱っているのは天然物の魚のみ。そのため水揚げされる魚種が偏ったり、不漁が続いたりする時期もあります。そういった時でも、いかに品質を保ちつつ、お客様の元にきちんと商品を届けていけるか。そこは永遠に向き合っていかなければならない課題だと考えています」と井口社長は話す。
これからは商品開発をさらに強化していくことを考えているという。「例えば冷凍フライで、魚のうまみが凝縮された熟成魚シリーズなど、今までに販売されていないジャンルや形態の商品を作っていければ、販路もさらに広がると思います」と井口社長は意欲を見せる。
「フィシュル!」を契約すると、漁師などを紹介する情報冊子、魚を紹介した図鑑などが付録でもらえる。井口社長によると「毎月お客様にお送りしている手紙でも、魚をご紹介しています」と。23年9月には青山学院初等部で井口社長が食育の出張授業を行い、未利用魚の給食も提供された。食育の授業は今後、福岡の学校でも予定され、地元外食企業とコラボレーションしたイベントの開催も計画しているという。
「魚ブームを起こしたい」と井口社長。「魚ファンが全国的に増えることで、魚の相対的な価値が上がっていく。そうすれば漁師の人たちの稼ぎも良くなり、漁業を続けていける。そして未利用魚の活用がより進めば、人気のある特定の魚種の乱獲を抑えられ、水産資源の回復にもつながります」と。
中長期的には海外市場も視野に入れているという。井口社長によると、水産業は世界全体で見ると成長産業。「世界では年5%伸びていて、東南アジアには年18%も成長している国もあります」と明かす。まさにブルーオーシャンだ。「フィシュル!」のビジネスモデルを川上から川下まで丸ごと海外に持ち込み、現地で水揚げされた魚を、その場で加工し、付加価値を付けた商品をつくって、現地で販売する計画を練っているそうだ。
井口社長は「フィシュル!」の今後について「未利用魚というよりも、あくまでも、おいしい魚を提供するサービスとして認識してもらいたい」と話す。食べられる魚を増やす。魚を手軽に食べさせる。魚ブームを起こして、魚を食べる文化をリニューアルする。これからも続く「フィシュル!」のチャレンジは、フードロスを削減し、海の豊かさを守る、SDGsの持続可能な目標に貢献する取り組みとして参考になるだろう。