食品小売の好調はニューノーマルではない
依然として、新型コロナウイルス(以下、コロナ)に関するニュースを見聞きしない日はない状況が続いている。これから気温が低下していくなか、再び感染の爆発的拡大が起きる可能性も指摘されており、予断を許さない状況だ。
コロナの脅威が常態化するなかで、人々の消費行動は様変わりしているのは周知の事実。「極力人との接触を避ける」「不要不急の買物はしない」「滞店時間を抑えてなるべく手早く買物を済ませる」「ECやネットスーパーを積極的に活用する」といった生活スタイルを取り入れる消費者が増えている。そしてそれはコロナが収束するかしないかにかかわらず、「新たな生活様式」としてある程度定着するという見方が大勢だ。
一方、コロナ禍の小売市場では、食品スーパー(SM)をはじめとする食品小売業の業績が絶好調である。S M3団体(全国スーパーマーケット協会・日本スーパーマーケット協会・オール日本スーパーマーケット協会)が9月23日に発表した8月の統計調査(速報版)によると、総売上高は全店ベースで対前年同月比7.7%増、既存店ベースでは同6.7%増となった。2ケタ伸長を示した4~5月に比べると落ち着いてきてはいるものの、“コロナ特需”は続いている。
しかし、人々の新しい生活様式が定着するからといって、食品小売業が特需に沸くこの状況までもが“ニューノーマル”になる可能性は低いだろう。食品小売業は主に巣ごもりに伴う外食需要を取り込むことによって売上が激増しているが、外食産業も宅配強化をしつつテイクアウトに特化した業態の開発を進めるなど生き残るために革新を続けている。同時に、非接触ニーズが高まるなかでECシフトが加速している事実は、リアル店舗を展開する小売業にとっては大きな脅威だ。わざわざ店舗に行かずとも生鮮食品を含む必需品がすぐに手に入るという利便性を、今後より多くの人が享受するようになれば、リアル店舗の存在意義が根本から問われることは避けられない。
つまり、消費者の生活スタイルや買物行動が変わりつつあるなか、リアル店舗は今あらためて、「EC を含めた数ある競合の中から自店を選び、来てもらうための工夫」を再考する時期を迎えているのだ。そこで求められるのは、コロナ禍・コロナ後も人を惹きつけ購買意欲を刺激する施策──つまり「新しい販促」の在り方について考えをめぐらすことだろう。
“デジマ”の領域が1つの解に
新しい販促策を検討するうえで注目すべきトレンドの1つは、昨今小売業界でも事例が増えているデジタルマーケティングの領域だ。たとえば、トライアルホールディングス(福岡県/亀田晃一社長)が出店を進めている「スマートストア」。スキャナーとモニターが備え付けられた「スマートショッピングカート」は、お客自らが商品をスキャンし、専用レーンを通り抜けるだけで決済が完了する。モニターではカゴに入れた商品に合わせてクーポンを表示したり、レシピを提案したりする。また一部のスマートストアでは売場随所に大型のデジタルサイネージを設置。その広告枠をメーカーに販売するかたちで、新商品のプロモーション映像などをお客に向けて配信している。
SM大手のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(東京都/藤田元宏社長:以下、U.S.M.H)もデジタルを活用した販促に力を入れている。今年6月にはU.S.M.Hのアプリを用いたセルフ決済サービス「Scan&Go」の本格展開を開始。お客は商品バーコードをアプリ上でスキャンし、店頭に設置されたQRコードリーダーにアプリに表示されたバーコードをかざすだけで買物が完了する。お客はレジに並ぶ必要がなく、すぐに買物を済ませることができる。また、U.S.M.Hも店頭サイネージの導入実験を行っており、新たな販促ツールとしての活用を検討している。
トライアルもU.S.M.Hも、新しい買物体験、利便性の高い買物環境を提供することで、集客を図ろうとしている。とくにスマートショッピングカートやScan&Goが実現した「レジを通過しない買物体験」は、非接触ニーズが高まるコロナ時代において、それ自体が来店動機になり得る事例だろう。
これら大手に限らず、中小規模のSMでも進んでいるのが専用アプリの活用だ。会員カードやチラシの“電子化”にとどまらず、レシピ提案や店舗ごとにタイムセールやイベントなどの情報をプッシュ通知(アプリを開いていない状態でもスマホ画面上にポップアップで情報が表示される仕組み)するといった方法で、販促のみならず、顧客との関係性を維持するツールとして役立てられている。店頭におけるフェイス・トゥ・フェイスでの接客やコミュニケーションが忌避されがちな今、顧客と“つながる”手段としてアプリを活用することも1つの策だろう。
チラシ、POP、接客…“アナログ販促”の威力も健在
もちろん、新しい販促といっても、デジタル一辺倒というわけでもない。「わざわざそこで買物する理由」を顧客に与え、その店の“ファン”をつくるためには、従来あるようなアナログな手法も決して軽視できない。
たとえば、古くからある販促ツールの1つにチラシがある。新聞購読数の減少やスマートフォンの普及などもありダウントレンドだったが、さらにコロナ禍ではSMへの需要が急増したことから、5月や6月にはチラシの発行を取りやめる企業もあった。しかし、「(コロナによる)営業時間の変更や定例の販促セールの有無などについて、チラシで情報を収集しているお客さまは多い」(カスミの山本慎一郎社長)といった考えから、チラシの発行を継続したSMも少なくなかった。なかには通常時のチラシとは内容を大きく変更し、コロナ禍における経営方針、商品に対する考え方、感染対策の取り組みなどを大々的に掲載することで、お客の安全安心を担保しようとする動きもみられた。
また、POPや声掛けなどを通じた商品提案も重要だ。山梨県北杜市を拠点とするローカルSMひまわり市場(那波秀和社長)では、思わずくすりと笑ってしまうような文言のPOP、社長自らが行う「口上」のような威勢のいいマイクパフォーマンスが人気を集めている(詳しくは本特集48~49ページを参照)。その独特すぎる店づくりは地元のみならず、全国区のTV番組でも特集されるほどで、今では県内外からひまわり市場をめざしてお客がやってくるようになった。
大阪府を中心にフライフィッシュ(湯本正基社長)が展開するSM「スーパー玉出」も、単なる買物スポットではなく大阪観光の一名所となるほど人々を惹きつけてやまない。同店の外観は黄色や赤を多用、店内でも壁面各所にネオンサインを掲げるなど、見た目からしてとにかく奇抜。さらには税抜1000円以上の買物を対象に一部商品を1円で提供する「1円セール」、冬季には鮮魚売場に観賞用の「クリオネ」が並ぶなど、販促施策も奇抜なものだ。こうした他店にはない独特な世界観で買物を楽しめることが、集客につながっているのである。
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さて、新しい販促を検討・着手するうえで考慮しておくべき重要なことが1つある。それは、あらゆる小売業に共通した正解というものはないということだ。AI技術やアプリといったデジタル技術を活用することが、必ずしも自店の顧客ニーズに合致するとは限らない。従業員と顧客の距離が近いエンターテインメント性あふれる店づくりに転換したところで、既存客の流出を引き起こす可能性もある。
小売業に求められているのは、コロナ禍におけるお客の買物行動や消費ニーズの変化を総合的にとらえるだけではない。自社の各店舗のお客とあらためて向き合い、自店に何が本当に求められているのかを的確にとらえることが重要だ。そのうえで、自店に適した新しい販促の在り方を模索したい。
本特集では、デジタル販促、アナログ販促、そして海外の販促トレンドを網羅的に取り上げた。数多くの事例の中に、コロナ禍・コロナ後を勝ち抜くためのヒントが隠されているはずだ。
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