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“カウンターガストロノミー”が美食界を席巻する理由とは

「カウンターガストロノミー」とは、カウンタースタイルのファインダイニングの業態で、つくり手がゲストの目の前で調理して提供するスタイルだ。

日本料理では割烹や鮨、鉄板焼や天ぷら、焼鳥でカウンタースタイルが一般的になっている。これまで日本料理以外ではあまり普及していなかったが、新たな局面を迎えているのだ。

フレンチでとくに顕著

TROIS VISAGES(トワヴィサージュ)

 フレンチではカウンターガストロノミーが隆盛を極めている。

 繊細な味わいが特長の宮崎慎太郎氏の赤坂「アマラントス」(2021年10月25日開店、以下同)、國長亮平氏によるサステナブルな「極みエノキのソーセージ」がシグネチャーディッシュ(看板メニュー)の銀座「TROIS VISAGES(トワヴィサージュ) 」(2022年4月21日)、薪台(まきだい)とかまどを中央に配した鈴木昌嗣氏の六本木「Metis(メティス)」(2023年1月20日)、田篭彬氏による表情豊かな料理が紡がれる赤坂「L’ETERRE(レテール)」(2023年2月1日)は、ミシュランガイドで一つ星に輝いている。

 「俺のフレンチ」の立役者である能勢和秀氏が自身の集大成とした麻布十番「Nose Savoir-Faire(ノセ・サヴォアフェール)」(2021111日)、ミシュランガイドの「Newセレクション」に掲載された陣内翼氏の神楽坂「jfree(ジェフリー)」(20221217日)、プロデューサー塩谷茂樹氏とシェフ岡崎陽介氏がコンビを組んだ西麻布「Argyros.(アルギュロス)」(2024527日)も、注目のカウンターフレンチだ。

Argyros.(アルギュロス)

他ジャンルでも「カウンター」がトレンドに

エフェット

 イタリアンでもカウンターが耳目を集めている。杉本功輔氏が紡ぐモダンイタリアンの六本木「merachi(メラキ)」(2021年12月29日)、懐石イタリアンを標榜するヴィットリオ・コッキ氏の神泉「COCCHI(コッキ)」(2023年4月14日)、「ミシュランガイドNewセレクション」に掲載された小川慎二氏の参宮橋「Orchestra(オルケストラ)」(2023年9月1日)、焚き火を取り入れた江口拓哉氏の虎ノ門ヒルズ「焚き火イタリアン falò+(ピュウファロ)」(2024年1月16日)、素材本来の味を引き出した向原季幸氏の自由が丘「エフェット」(2024年4月3日)は、臨場感に富む。

 カウンタースタイルのイメージがない中国料理でもトレンドになりつつある。ミシュランガイド一つ星の安達一平氏の麻布十番「一平飯店」(2022年3月1日)、日本ワインも充実した中園健司氏の人形町「中国菜 ARATA(アラタ)」(2023年1月8日)、ミシュランガイドで一つ星を獲得し続けてきた小林武志氏がオープンした六本木「KOBAYASHI(コバヤシ)」(2024年6月6日)は、秀抜のカウンターチャイニーズといえよう。

 他のジャンルでは、発酵と薪焼き(まき火で焼くこと)をコンセプトにした國居優氏の渋谷「SHIZEN(シゼン)」(2023年1月20日)、小林悟氏が紡ぐモダンスパニッシュの清澄白河「eman(エマン)」(2021年12月23日)、美食家のビア氏が手掛けたタイと和食が融合した六本木「美会(ビア)」(2022年3月28日)が個性的だ。

 ホテルのレストランでもカウンタースタイルが散見される。マンダリン オリエンタル 東京の牛窪健人氏によるイノベーティブレストラン「タパス・モラキュラーバー」(2005122日)やダニエレ・カーソン氏の「ピッツァバー on 38th」(2014130日)は、わずか8席だけでエクスクルーシブ感がある。大塚久輝氏によるジャヌ東京の「SUMI(スミ)」(2024313日)は、ラグジュアリーホテルにしては珍しい割烹スタイルの炭火焼料理だ。

ジャヌ東京のSUMI(スミ)

カウンターが熱心な顧客を生む

ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション

 ここまでカウンターガストロノミーが流行しているのには理由がある。ゲストの立場からすれば、すぐ目の前で調理してくれるので、臨場感と特別感がある。つくり手とコミュニケーションがとれるのも嬉しいことだ。カウンター席ならではの“場の一体感”もあり、ファインダイニングらしい一期一会の食体験を紡ぐことができる。

 店にとってもメリットがある。カウンターガストロノミーでは基本的に「おまかせコース」だけなので、フレキシブルにメニューが組める。食材をロスしづらいので、効率がいい。キッチンスタッフがサーブできるので、ホールスタッフを減らせ、人件費を削減できる。ゲストの様子を把握でき、最高のタイミングで料理を提供できるのもいい。調理前の素材を披露して、ゲストの気分を盛り上げられる。つくり手が“張り付き”なので、高い客単価も納得されやすい。ゲストと絆を深めることができるので、熱心なリピーターも生まれるのだ。

 カウンターガストロノミーが普及しているのは、権威から評価されるようになったことも大きい。ミシュランガイドでは、カウンタースタイルを主とするレストランの評価は高くないとされてきたが、六本木「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」(2003425日)が見事に星を獲得し続けている。かの故ジョエル・ロブション氏が、自身初めてとなるカウンタースタイルのフレンチにチャレンジし、新しいガストロノミーの形を創り出したといってよいだろう。

中国料理でもカウンターの波が来る?

 では、カウンターガストロノミーに死角はないのだろうか。カウンター席にはI字型、L字型、U字型、コの字型などがあるが、いずれにしても基本的にゲストから中の様子が丸見えだ。したがって、常に整理整頓をしっかりとしておき、クリンリネスを保ち、美しい所作で調理しなければならないというプレッシャーに晒される。調理しながらゲストと会話するので、サービスの難易度もかなり高くなるのだ。

 今後の展開としては、中国料理でカウンターガストロノミーの波が訪れることが考えられる。もともと中国料理は、炒めたり揚げたり、火を上げたり鍋を振ったりと、見た目にインパクトがある。音も香りも豊かなので、パフォーマンスとしては大きなポテンシャルを秘めているジャンルだ。

 カウンターガストロノミーは、中国料理に限らず、エンターテインメント性が高い。映像や音楽とのコンビネーションによって、より記憶に残る食体験を提供することもできるだけに、今後のさらなる発展にますます期待したい。

 

プロフィール

グルメジャーナリスト 東龍

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。