長引く景気の不透明感、相次ぐ値上げなどを背景に、価格訴求型の業態が注目を集めている。もりとん生活者にとって安さは魅力だが、店は価格だけで選ばれるのではない。従業員との会話、売場の楽しさなど要因はさまざまだ。本稿では、レシートデータや利用者アンケートの収集・分析を手掛けるmitoriz(ミトリズ:東京都/木名瀬博社長)の協力のもと、各チェーンに寄せられたお客の「感謝の声」にフォーカスし、人が何に心を動かされ、「また来店したい」と思うのかについて考えてみたい。
コロナ禍で寄せられた感謝の声
mitorizは、全国約100万人の協力モニターからレシートとアンケート回答を収集した購買証明付き購買理由データベース「マルチプルID-POS購買理由データPoint of Buy(ポイント・オブ・バイ:以下、POB)」を保有し、消費者の購買行動やその背景などを分析している。
本稿では、2022年8月10~11日、全国のPOB会員を対象に、食品スーパーを中心としたチェーンにおいて、店舗スタッフに「助けられた体験・エピソード」をアンケート回答で集めた。集まった声は「親しみのある対応」「お年寄りへの対応」「心遣い」など、いくつかに分類されている。それらのなかから、目に止まったものを紹介してみたい。
まず、注目したいのは、「コロナ禍対応」だ。2020年初頭から始まった感染症は、いまだ収束の兆しが見えない状態が続く。その間、人々の価値観は変わり、行動パターン、ライフスタイルにも影響を及ぼしている。
東京都在住の50代女性は「コロナで外出がままならないときに、唯一スーパーに行く時だけが息抜きになっていた時期がある。その中で、食の楽しさに気づけたのもスーパーのおかげだと思う」という回答が寄せられた。
店員が特別な接客をしたわけではない。以前とは心境が変化した結果、食品スーパーに行くだけで心が休まり、女性にとり安らげる場所になった。外食を控える風潮のなか、調理する機会も増えている。毎日の食事も新鮮な気持ちで見られるようになったのは、食品スーパーの“おかげ”と表現している点も興味深い。
同様に、「コロナで殺伐とした世の中だがスーパーに行ったら挨拶や丁寧な対応に嬉しくなる時がある」(佐賀県在住30歳代女性)といった声も多かった。それまでもずっと食品スーパーを利用していたと思われるが、お客にとって以前とは違う場所になってきているようだ。
重要なのは「普段のサービスレベル」
次は兵庫県在住の40代女性の声。「コロナ禍でも、レジでキチンと対応して下さり、有難いです。きっと感染の不安もいっぱいあるでしょうが、マスクの下で笑顔を見せて下さり、こちらも、マスクの下で笑顔をお返ししています」。
店員はレジで商品をスキャンする前、目を見て微笑んだのだろう。お客もそれに応えた。コロナ禍ではマスク生活は日常になっており、相手の表情が読みにくくなっている。しかし精算時は、コロナ禍でも人との距離が縮まる数少ない場面のひとつ。そこで交わされた当人同士しかわからない交流に、心温まる思いがした。お客はきっと気分よく店を後にしたはずだ。
このほか「親しみのある対応」に心を動かされる人も多い。「顔を覚えて下さっていて、レジに通ると『いつもありがとうございます!』と言ってくれる。すごく笑顔で対応して下さって、いつも、こちらが癒やされています」(静岡県在住の30代女性)
繰り返しになるが、いずれも店員が何か特別な対応をしたわけではない。その意味では、コロナ禍では、普段のサービスレベルが重要になると言えそうだ。
優しく長男を諭してくれた店員
今度は、店員が何か対応、もしくは積極的にアクションした事例に注目してみたい。
和歌山県在住の40代女性の「親しみのある対応」への声。「急にお酒が好きな知り合いが訪ねてくる事になり、スーパーで、種類や味もわからず困っていました。店員さんに訪ねると『お酒の好きな人いてるから呼んで来る』と言って、結局2、3人の店員さんであれかな?これかな?と一緒に選んでくれ、本当に助かり、嬉しかったです」。
2、3人が出てきて対応するのは、チェーンストアとしては効率が決してよいとは言えない。だが売場で、ああでもない、こうでもないと店員とお客が話し合いながら、商品を手にする光景は筆者個人的には好きである。この女性は、次もこの店を利用するはずだ。
次は大阪府在住40代女性の声。「私が妊娠中、スーパーで長男が抱っこをせがんで来ました。妊娠9カ月に入ろうとするお腹も大きな時期で、手には荷物もあり困り果てていたところ、見かねたスーパーの店員さんが優しく長男を諭してくれました。少しの事でも空気が変わり、長男もすっかり大人しくなりとても店員さんに感謝した経験があります」。
この店員も小さな子供がいる親なのかも知れない。小さな男の子を相手に、しゃがんで話しかける姿が目に浮かぶ。お腹の大きな時期に、このお母さんはどれほど助かっただろうか。
北海道在住の50代女性の声も目にとまった。「私より年齢が上のレジの方が優しく声をかけてくださるのがとても嬉しいです。あら、これ安いね、とか美味しそうだね、私も買って帰ろう、とか。何かほっこりした気分になっていつも帰ります」。
50代の人が「私より年齢が上の」とあるため、60代以上のチェッカーと思われる。そんなベテラン店員から「私も買って帰ろう」と言われると、私なら急に得した気持ちになる。ちょっとした言葉にお客が癒されている様子が伝わってくる。
どれもよい話で、アンケートに答えた人は利用した店のファンになるだろうと想像できる。一方、お客が心を動かされるこうした何気ないやりとりに注目すれば、食品スーパーの従事者も仕事に対する気持ちに新たな張りが出てくるはずだ。