[フレッチャー(米ノースカロライナ州) 13日 ロイター] – この街でテント製造工場を経営するローレン・ラッシュ氏にとって、製造の停滞を招いているのは、一見すると些細なことだ。たとえば、黒のベルクロの色合いがバラバラで合わないといった問題である。
同氏の経営する企業ダイヤモンド・ブランドでは、つい先日、箱形テントのハイエンド・シリーズ「リミナル」を発表した。こだわりのあるキャンパーが重視する通気孔とファスナーが多用されている。そのため使用するベルクロの量も多くなるが、ここで問題が生じる。同じ黒のベルクロといっても、原材料となるプラスチック樹脂のタイプによって色味が異なる。
「これまでに仕入れた分と新しいものを一緒に使うと色が合わない」とラッシュ氏。「黒は黒でも同じ黒ではない」
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)による影響で世界中のサプライチェーンにおいて欠品・品薄の状況が生じる前は、画面上のボタンをクリックするだけで製造ライン向けに少量の素材を購入できることも多く、納品も2─3日、長くても2─3週間待たされるだけだった。
今ではそうは行かない。
金属、プラスチック、木材、さらに酒類のボトルでさえ不足しているのが日常茶飯事だ。
結果として、かつては潤沢にあったアイテムでも納品を待たされるし、そもそも入手自体が容易ではない。ラッシュ氏の工場には出荷できないテントが山積みになっている。たとえばフレーム用にふさわしいアルミパイプを仕入れられない、あるいは適合するジッパーが不足しているといった理由だ。
品薄に伴い、価格も大幅に上昇しており、持続的なインフレが起きるのではないかという懸念も高まっている。
米連邦準備理事会(FRB)では、価格への長期的な影響をどう判断するかについて緊張が高まっている。一部のサプライチェーンで生じている混乱が解消できれば価格上昇圧力は収まると考えるかどうか、政策当局者によって差があるためだ。この議論のゆくえ次第では、FRBがパンデミック初期に開始した量的緩和の縮小に踏み切る時期や、現在ゼロに近い政策金利を引き上げるタイミングにも影響してくる可能性がある。
ラッシュ氏をはじめとする地元の製造企業経営者は、リッチモンド地区連銀行のトム・バーキン総裁との広範囲に及ぶ協議に参加した。焦点になったのは、サプライチェーンの問題がFRB当局者の期待ほど迅速に解決できず、そのために米国の景気回復が遅れているという課題だった。
あらゆるものに影響
サプライチェーンにおける品不足は、ブルドーザーからバーボンに至るまで、あらゆるものに影響を与えている。重機メーカーのキャタピラー は7月、入手困難なコンポーネントの価格上昇が一因となり、今四半期の利益に悪影響が出るだろうと警告。プラスチック樹脂と半導体の不足に対処するため、従来とは異なる調達先から供給を求める可能性を探っているとした。
蒸留酒メーカーのブラウン・フォーマン のローソン・ホワイティング最高経営責任者(CEO)は9月初め、「重要なパッケージング材料、特にガラス」の不足により、同社の「ジャックダニエル」「ウッドフォードリザーブ」といったブランドに引き続き問題が生じている、と投資家に伝えた。
また、新たな課題も引き続き生じている。ハリケーンの影響で米国内の石油精製施設が稼働停止に陥ったことで、プラスチックその他の基本素材の供給はさらに脅かされている。
一部の産業では新たな工場の建設を急いでいる。半導体メーカーもその一例で、自動車やエレクトロニクス製品に必要な半導体の需要増大に対応するプレッシャーに追われている。だが、すべてのメーカーが工場新設に前向きというわけではない。たとえばオートバイ製造産業が集中しているアジアでは、メーカー各社が、現在の需要急増は一時的なものにすぎないのではないかと懸念している。
「アジアの工場では、こういう状況を繰り返し経験してきた」と語るのは、やはりノースカロライナ州フレッチャーで活動する小規模メーカー、ケイン・クリーク・サイクリング・コンポーネンツのブレント・グレイブスCEO。同社はオートバイ用部品の供給をアジア企業に大きく依存している。「彼らは、『分かった、操業時間を延長して増産する』と言うが、製造施設への純粋な投資という点では、全体としては消極的だ」
現在の問題をさらにややこしくしているのが、ロジスティクス面での目詰まりだ。多くのメーカーが同時に供給拡大を急いでいるため、製品を運ぶためのコンテナ、輸送船、トラックが用意できない場合も多く、用意できるとしてもコストが上昇している。こうして、通常であれば供給の維持、価格の抑制をもたらしているメカニズムの一部が機能不全を起こしている。
マサチューセッツ州レミンスターでプラスチックを製造しているユナイテッド・ソリューションズのデービッド・ライリー社長は、最大の課題は樹脂価格の上昇だと述べた。同氏は、タイプによっては過去1年で2倍に値上がりしたと推測している。
通常であれば、もっと低価格の樹脂がないか、調達担当者に中国など海外市場を当たらせるという。
「だが、今はできない」とライリー社長。輸送費が大幅に上昇したため、価格面での優位が相殺されてしまうからだ。「今のところ、北米の樹脂メーカーは厳しい競争に直面していない。コンテナ価格が元に戻れば話は別だが」
ラッシュ氏が経営するテント工場に戻ろう。同氏は現在の問題への対処として、ここ数年進めてきた自社工場の「リーン化」の取組みを見直すという。1張りのテントに48種類ものパーツが必要になることは珍しくない、と同氏は言う。そうしたパーツを確実に入手する当てがない場合には、できるだけ在庫を確保しておこうという話になる。今、同氏の工場のあちこちには、そうやって確保した在庫が積み上げられている。
棚の間の迷路のような通路を案内しつつ、ラッシュ氏はメッキ処理を施したスチールのパイプを引き抜いた。「これが100本あれば十分で、この状況を切り抜けられる」と彼女は言う。「だが、2つ(のサイズ)についてはメーカー取り寄せで、まだ入手できない」