「ドン・キホーテ」を展開するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(東京都:以下、PPIH)が2月末、米ロサンゼルスを中心に展開する老舗高級スーパー「ゲルソンズ(Gelsons)」の持株会社GRCYホールディングスを買収することを発表した。買収金額は明らかにしていない。日本ではディスカウンターとして知られるPPIHが富裕層向けの高級スーパーを手中に収めたわけだが、真逆のポジションにいるゲルソンズをどう舵取りしていくのか。
ゲルソンズとはどういう企業か?
1951年創業で今年7月には創業から70周年を迎えるゲルソンズは、富裕層が多く住む地域を中心に南カリフォルニアで27店舗を展開している。視察ツアーなどで訪れたことのある流通関係者も少なくないだろう。
ゲルソンズをめぐっては2014年、当時の親会社だったアーデン・グループ(Arden Group)から、プライベート・エクイティファームのTPGが3億9400万ドル(約420億円)でゲルソンズを買収。投資企業のバックアップを受け、ゲルソンズは15年に南カリフォルニアから撤退したスーパー「ヘイゲン・フード&ファーマシー(Haggen Food & Pharmacy)」から8店を買収し、南はサンディエゴから東はパームスプリングスまで店舗網を拡大していった。現在の従業員数は2900人、2020年12月期の売上高は8億7200万億ドル(約950億円)となっている。
「満足度スコア」では全米4位に
業界誌『コンシューマー・レポート』誌による「スーパーマーケット総合評価ランキング」でゲルソンズは、「総合的満足度スコア」においてテキサス州地盤のHEBの「セントラルマーケット(Central Market)」業態、ウェグマンズ(Wegmans)、へイネンズ(Heinen’s)に続き、第4位にランクイン。トレーダージョーズ(Trader Joe’s)、マーケットバスケット(Market Basket)と同率4位となっている。
また、「クリンリネス」「価格競争力」「(総菜などの)プリペアドフードの新鮮さ」「接客対応」「レジスピード」「青果の品質」「青果の種類の多さ」「精肉の品質」「プライベートブランドの品質」「健康軸の商品の品揃え」「オーガニック食品の価格競争力」「地産品の品揃え」「(エスニックフードなど)海外商品の多さ」の13項目ごとの評価では、価格以外では軒並み高評価を得ている。
つまり、商品価格をそれほど気にしない富裕層に向けては最高のスーパーであるといえるのだ。
ちなみに、ゲルソンズには11店舗で行っている「シップン・ショップ(Sip ‘n’ Shop)」というユニークなサービスがある。店舗に併設されたワインバーや寿司バーでお客が酒を飲みながらくつろいでいる間に、スタッフが手数料無料で買物を代行するというもの(ちなみにsipは「ちびりと飲む」「軽く飲む」といったニュアンスの言葉)。富裕層向けのスーパーであることを象徴する、なんとも貴族的なサービスである。
アマゾンのリアル参入で競争環境は激変
一方で、ゲルソンズが地盤とする、ロサンゼルスを含む南カリフォルニアは、米国の中でもスーパーマーケットの競争が最も激しいエリアだ。
さらに、ECの巨人アマゾンが昨年9月、ロサンゼルス郊外にスーパー「アマゾン・フレッシュ(Amazon Fresh)」をオープンした。その後ロサンゼルス郊外で7店舗を出店したほか、ロングビーチやラバーン、サウザンド・オークスへの出店も明らかになっている。
アマゾンがリアルの領域を侵食するなか、米国のスーパーマーケットはネットスーパーの展開はもちろん、ストアアプリの開発・改修など”IT武装”への投資が急務となっている。デジタル・トランスフォーメーション(DX)の動きが大きく加速しているのだ。
それはゲルソンズとて例外ではない。顧客の多くは富裕層であることを考えると、大半がアマゾンのプライム会員と推測できる。その意味で、ゲルソンズもアマゾンと直接的に対峙せざるを得ない状況なのである。
PPIHは高コスト体質の高級スーパーをどう舵取りするのか?
そんなゲルソンズをPPIHが手中に収めた理由は何か。同社は「北米地域での店舗網拡大」「仕入れ・資材調達等におけるスケールメリットや経営効率の改善」「(PPIHが近年注力する)日本の農産品輸出の拡大・高品質のジャパンブランド商品の展開」などをねらいとして挙げている。
しかし筆者は、ゲルソンズという企業をPPIHがどう舵取りしていくのか、という部分に関心を持っている。というのも、これまで意気揚々と米国に進出するも失敗あるいは低空飛行に終わった多くの日系企業を目にしてきた経験があるからだ。
直近でも、米ECサイト「バイ・コム(Buy.com)」を2010年に買収した楽天(東京都)が昨年、米国のEC事業から撤退。「無印良品」を運営する良品計画(東京都)の米子会社・ムジUSA(MUJI U.S.A.)は昨年7月、連邦破産法11条を申請し事実上経営破綻している。日本では飛ぶ鳥を落とす勢いのニトリホールディングス(北海道)も12年に”渡米”し、ニトリUSA(Nitori USA,Inc.)を介して「アキホーム(Aki-Home)」を出店しているが、店舗数は最盛期の6店舗から現在は2店舗。当初は500店舗体制を目標にぶち上げていたが、撤収までは時間の問題だと筆者は見ている。ファーストリテイリング(山口県)も、米国ではまだ思うような利益は上げられていないはずだ。
日本企業が米国で思うような成果を出せない理由としては、①経営トップがやってきて陣頭指揮をとるようなことをしない、②買収された側は子会社となり何かと日本の本部に意思決定を委ねることになる、といったことが大きい。いずれにしても経営判断のスピードが鈍り、環境変化の対応に遅れがちになるのだ。さらに、日本と米国の流通業界の間には、とくにデジタルの領域で大きなタイムラグが存在する。日本側で米国の市場動向に合わせた判断を下すことは難しいだろう。
それだけに、PPIHがゲルソンズの経営にどう関わり、変革していくのかに注目している。米国においてもスーパーは利益率の低いビジネスだ。ましてやゲルソンズは、前述のようにワインバーを売場に併設するなど何かと高コスト体質の企業である。加えて、アマゾン対策としてのIT・ネットスーパーへの多額の投資も必要になってくる。
日本を代表するディスカウンターであるPPIHが、真反対のポジションにいるゲルソンズをどう舵取りしていくのだろうか。国内事業と海外事業の戦略が大きく異なるとはいえ、”巨大な金食い虫”を生んでしまった、という結果にならないことを祈るばかりである。