コロナ禍で外食チェーンの多くが苦しんだ中で、業績が比較的堅調に推移したのが焼き肉チェーンだ。一時期は焼き肉店に業態転換する飲食店も相次ぎ、数少ないコロナ下における外食の“勝ちパターン”となりつつあった。ところが最近になって、追い風はパタリとやんだ。コロナ禍が収束に向かい、焼き肉以外の業態が追い上げてきたからだ。人件費や原材料費の高騰も、経営者の頭を悩ましている。
焼き肉の歴史をおさらい
諸説あるが、われわれがイメージするいわゆる「焼き肉屋」は日本発祥の食文化とされている。焼き肉文化が産声を上げたのは戦後すぐのことで、1946年に「明月館」(東京都新宿区)、「食道園」(大阪府大阪市)など、現在も営業を続ける老舗焼き肉店がオープンしている。余談だが、高級焼き肉店として有名な「叙々苑」のオーナーの新井泰道氏も、明月館で修行していた時期がある。
1950年~60年代になると、東京・東上野、川崎・セメント通り、大阪・猪飼野といったコリアンタウンをはじめ、全国の飲食街に焼き肉店が広がっていく。モウモウとした煙とにおい、店内の喧騒、客同士のけんか……当時の「焼き肉屋」は子どもや女性にとっては近寄りがたい存在と伝えられている。
転機となったのは1970年代だ。愛知県の企業が煙の出ないコンロ「無煙ロースター」の開発に成功。これにより、“ガテン系ご用達”のイメージが強かった焼き肉が、ビジネスパーソンやファミリー層に広がっていく。提供する商品もホルモン中心からロースやカルビなど多様化していく、アルコールも「ドブロク」から「ビール」にシフトしていく。
1990年代に入ると、長期経済デフレの波に乗り、低料金の焼き肉チェーンが急拡大を始める。郊外のバイパス沿いに、チェーン店の看板が目立ち始めるのもこの頃だ。大量仕入れによる調達コスト引き下げにより、焼き肉チェーンは低料金システムを実現し、かつて5000円前後だった客単価は、現在は2000円前後とされている。
業績は明暗? 大手焼き肉チェーンの動向
焼き肉の市場拡大をけん引する焼き肉チェーンのうち、本稿では業界の「2強」である「牛角」「焼き肉きんぐ」のほか、かつて最強を誇った「安楽亭」について取り上げてみたい。
「牛角」を運営するのは、複数の外食業態を展開するコロワイドグループのレインズインターナショナルだ。レインズインターナショナルも牛角のほか多くの飲食店ブランドを展開しているが、牛角の店舗数はここ数年減少傾向にある。だがそれでも2023年4月時点の店舗数は573店舗と2位の「焼き肉きんぐ」を大きく引き離している。
牛角の価格帯は1皿500~600円台(税抜き、以下同)が多く、食べ放題コースも3180円〜とリーズナブルだ。「低料金焼き肉」の普及に一役も二役も買った、焼き肉価格破壊の火付け役的な存在でもある。コロナ禍でも積極攻勢の手は緩めず、食べ放題専門店(4コースあり価格は店舗により異なる)を次々とオープン。食べ放題というと肉質を気にする人も多いだろうが、消費者の反応はおおむね良好であるようだ。
5月に発表したコロワイドの新規中期経営計画では、食べ放題専門店と牛角食堂を含む牛角業態を出店強化業態の1つに位置づけ、積極的な出店と直営店舗数の拡大を図っていく方針だ。
次に見ていきたいのが、物語コーポレーションが運営する「焼き肉きんぐ」だ。「焼き肉きんぐ」が1号店をオープンしたのは2007年と後発だが、短期間で業界2位にのし上がったことを考えるとその凄みがわかるだろう。
2023年3月末時点の「焼き肉きんぐ」の店舗数は299店舗と牛角の半分程度(うち直営185店舗)であるものの、その成長ぶりは目をみはるものがある。価格や味付け、店舗への入りやすさや親近感はもちろん、素材へのこだわりも焼き肉きんぐの魅力だ。味の好みの地域性を考えた限定メニューや食べ放題での新食材の提案など企画力にも優れており、存在感を大きくしている。
一方で、苦境にあえでいるのが、老舗焼き肉チェーンの安楽亭だ。創業半世紀以上の歴史を誇る同社だが、ここ数年は不採算店の撤退が続き業績はさえない。かつては低料金焼き肉チェーンの雄として業界内で存在感があったものの頭打ち感が否めない。23年3月期の店舗数は「安楽亭」業態が157店舗で20年3月期から23店舗減。近年注目される「プラントベースミート」の導入やメニュー改定により、再起を図れるかが注視されている。
焼き肉チェーンの勝ち残り戦略は
焼き肉チェーンに限らず、外食業界を苦しめてきたのが物価高騰だ。為替の影響と原油高騰、飼料高騰などで原価は急上昇し、一部高単価の和牛の卸値が下がり続けていることを除けば状況は厳しい。さらに物価高に伴う消費マインド低下・需要減も影響し、外食から食品スーパーで買って自宅で焼き肉をする人も増えるなど、先行きは不透明だ。
さらには、労働需給のひっ迫、人件費の上昇と人手不足の問題も立ちはだかる。肉質や味を追求して客単価をアップさせることに活路を見出すか、それともスマートレジや給仕ロボットなど導入によりローコストオペレーションを極めるか。コロナ禍における“勝ち組外食”として注目された焼き肉チェーンだが、直面する課題は少なくなさそうだ。