[東京 17日 ロイター] – 個人の物価観、すなわちインフレ期待の見極めが難しくなっている。日銀が公表している「生活意識に関するアンケート調査」によると、5年後に物価が「上がる」と予想する人が4・四半期連続で増加しているが、本当に物価目線が上がっているのか疑問視する声もある。市場では人々のインフレ期待は実際の物価ではなく、生活不安を反映しているとの見方があり、そうであれば上がったといっても素直には喜べない。
物価の予想数値に疑問も
「一般の人は足元の消費者物価指数が何パーセント上がっているか知らないので、数値予想もあまり当てにならない」──。こう話すのは、みずほ証券シニアマーケットエコノミストの末廣徹氏だ。
日銀が11日に公表した生活意識に関するアンケート調査(2019年9月調査)によると、「1年前と比べて現在の物価は何パーセント程度変化したと思うか」という問いに対する回答は、平均で4.6%上昇、中央値は3.0%上昇だった。これに対して、2019年8月の全国消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年比0.5%上昇となっており、末廣氏の指摘通り、消費者の物価目線と実際の物価との間には大きな乖離がある。
足元の物価上昇率が分からなければ、将来の物価上昇率を予想することも難しい。
各種サーベイ調査の1年後の予想物価上昇率(平均値)をみると、「生活意識に関するアンケート調査」(9月調査)が4.5%、内閣府の「消費動向調査」(同)が3.7%(全世帯、データをもとにロイターが算出)、消費者庁の「物価モニター調査」(同)が2.04%と、ばらつきがある。それぞれ聞き方も違うため、一概には言えないものの、過去の研究では、予想物価上昇率を問われると5の倍数で答えるケースが多いことも分かっており、これも予想数値の信頼性に疑問を投げかける要因の一つとなっている。
3つの調査からは、消費者の予想物価上昇率が実際の物価上昇率よりも高くなる「上方バイアス」が存在していることも確認できる。
消費者のインフレ期待といっても、実は一様ではない。先行研究によると、年収や年齢、男女によっても違うことが分かっている。世帯主の性別や年齢階級別、世帯の年間収入階級別に集計している消費動向調査をみると、男女では女性が、年齢は高いほど、年収は低いほどインフレ期待が高い傾向がある。例えば2019年9月の総世帯調査をベースに男女別(世帯主)の予想物価上昇率を算出すると、男性が前年比3.6%上昇なのに対して、女性は同4.1%上昇と、女性の方が高い。
予想には生活不安も影響か
末廣氏によると、消費者物価の実態を知らない中でインフレ率を問われると、多くの人は自分の生活水準を念頭に答える傾向があるという。「自分の生活が苦しいということは物価が高いに違いないと、生活実感がインフレ率に転換されている可能性がある」(末廣氏)。
実際、末廣氏がアンケート調査をもとに分析したところ、日本経済や生活に対する「現在の不安」が高ければ高いほど現在のインフレ認識も高くなり、それがインフレ期待を押し上げている面があることも分かった。
男女別、年収別、年齢別のインフレ期待の違いも、こうした要因が影響している可能性がある。
日銀は2016年9月に公表した金融緩和の「総括的な検証」で、人々のインフレ期待は、過去の物価上昇率に引きずられやすい(適合的な期待形成)との見方を示したが、実際は複数の要因が絡み合っていると言えそうだ。
物価上昇「困ったこと」
9月後半には政府の需要平準化対策で起きないとみられていた駆け込み需要が発生した。ニトリホールディングスの9月度の国内既存店売上高は前年同月比19.5%増、客単価は同11.7%増となった。
2%の消費税率引き上げにはしっかり反応し、3─4%の物価上昇予想には静観する消費者。この背景にあるのが生活不安であるとすれば、インフレ期待の上昇は素直に喜べない。
生活意識に関するアンケート調査(2019年9月調査)では、物価上昇が「どちらかと言えば、困ったことだ」との回答が81.0%にのぼり、2016年12月調査以来の高水準となった。
物価目線の高まりが実質所得の減少予想につながれば、消費が抑制される可能性もある。日銀内からは「消費税増税の影響もあり、消費者は先行きの物価を心配しやすい状況にある」と警戒する声も聞かれる。