各種コストの高騰が活動を必須のものに
「SDGs(持続可能な開発目標)」や「サステナビリティ」の実現──。大手を中心にいまや多くの食品小売企業が重要課題として取り組み、情報発信を強化するようになった。最近では、その活動はより“攻め”の姿勢、かつ高度なものへと発展しつつある。
企業のサステナビリティ活動が加速する大きな契機の1つとなったのは2022年4月、東京証券取引所の上場区分が再編され、グローバル企業を中心とした「プライム企業」を主に、持続可能性への貢献など、非財務情報の開示義務が強化されたことだ。また、日本政府も「SDGsアクションプラン」を掲げ、30年までのSDGs目標の達成のために、企業にその貢献を見える化することを求めている。
食品小売業を取り巻く外部環境も、サステナビリティを不可欠のものとしている。世界的なインフレに円安、ウクライナ情勢などを背景に、原材料費やエネルギー価格が高騰し、企業の経営に深刻な影響を与え、コストや無駄の削減が急務となっている。
こうしたなか、先進的な食品小売業のなかには、成長戦略そのものにサステナビリティの実践を組み込む企業や、高い数値目標を掲げて実現に取り組む企業が増えている。
たとえば、食品のサブスクリプションサービスを提供するオイシックス・ラ・大地(東京都)は21年5月、新たな成長戦略として「サステナブルリテール戦略」を発表。企業の成長とサステナビリティをともに実現する小売業のリーディングカンパニーをめざしている。
また、先進的な欧米企業のように、環境に与えるリスクを定量化して、改善効果をモニタリングし、着実な推進を図る動きも広まっている。オイシックス・ラ・大地は、温室効果ガス(GHG)の削減では、24年3月までにスコープ(領域)1・2(自社の直接的・間接的排出量)で、26年3月までにはスコープ3(川上と川下の排出量)で、カーボンニュートラル(炭素排出量と吸収量を均衡させ、GHG排出量実質ゼロ)の達成をめざしている。食品小売企業のなかでも達成時期が早期に設定された野心的な目標だが、同社は事業プロジェクトごとにサステナブルな活動の達成度を数値で定期的にチェックしてPDCAを回し、達成に向けて猛進している。
サステナビリティで業績を向上させる
さらに今回の特集を通じて、食品小売業のサステナビリティは、さまざまな点で進化を遂げていることが見えてきた。
まず、より事業の核となる部分でサステナビリティを実践し、業績向上を実現しようとしている。イオン(千葉県)は、グループのプライベートブランド(PB)「トップバリュ」において、24年2月期売上高目標に、対前期比10%増の1兆円の突破を掲げている。これを達成するカギとするのが、環境や安全・安心に配慮した「グリーンアイ」シリーズだ。なかでもオーガニック商品の需要が伸長しているとして、牛乳やワイン、冷凍野菜など、より身近で利便性の高い商品の開発を進め、現在の約3倍に当たる売上600億円、国内オーガニック市場のシェア30%を獲得しようとしている。
大きな先行投資をしてサステナビリティに取り組む企業も出てきた。ライフコーポレーション(大阪府)は22年3月、約9億円を投じ、食品残渣を活用した発電施設「ライフ天保山バイオガス発電設備」(大阪府大阪市)を稼働。食品スーパー(SM)事業と大きく領域の異なる発電設備運営事業に乗り出した。現在、発電した電力を自家利用のほか、電力会社に売電するとともに、年間の食品廃棄1万3000tの外部処理に要していた大きなコストを削減することに成功している。
組織の体系化や教育で大きな効果を創出する
サステナビリティで大きな効果を発揮するには、本部だけではなく全社を挙げたムーブメントを起こしていく必要がある。そうしたなかもう1つ特徴的な動きとして、各社がサステナビリティ活動の体系化や、連携、教育の強化を始めていることだ。
運用体制の体系化では、専門部署を立ち上げ、全社を巻き込み、またスピードをもってサステナビリティの推進を図る企業が増えている。広島県・岡山県・山口県でSMを展開するフレスタホールディングス(広島県)は22年秋、「SDGs推進室」を創設するとともに、活動コンセプト、さらには「環境」「健康」「地域」の3つを活動における重点領域と定めることで、全社で同じ方向に向かい、活動の効果や、組織の一体感を発揮することにつなげている。
長年サステナビリティ活動を実践している生協では、組織内での連携においても先進的な試みをスタートさせている。今年5月から取り組む、全国の地域生協で同時期にサステナビリティ施策に取り組むプロジェクト「コープサステナブルアクション」だ。
同プロジェクトでは、「環境や社会問題について『知り』『学び』『アクションする』仲間を増やす」を掲げ、全国の地域生協の連合会である日本生活協同組合連合会(東京都)が、専用サイト上で、レシピコンテストやスマホアプリゲームなど、サステナブルを実践できる計5つのコンテンツを用意。各地域生協が自由な組み合わせや都合のよいタイミングで活動に生かせるようにすることで、全国の地域生協の活動を底上げし、生協全体でより大きなインパクト創出を図っている。
教育の強化では、リージョナルチェーンのイズミ(広島県)は、サステナビリティの主な担い手は店舗で働くパートナー・アルバイト従業員であるとして、店舗の開業前研修にSDGsについての学習を取り入れている。カードゲーム方式や実際の海洋ごみの清掃体験などを通じて、サステナビリティ活動を自分事ととらえてもらえるようにしている。
取引先の施策も発展、企業間連携もより重要に
食品小売業のステークホルダーである。メーカーや食品卸などの取引先もその活動を高度化させている。
食品卸大手の三菱食品(東京都)は、GHGの排出において、自社だけでなく川上・川下に当たるスコープ3の削減も推進する。注目したい点として、取引先である食品小売業が、三菱食品以外の取引も含めて間接排出量の総量を予測・把握できるシステム構築を率先して進めている。これにより食品小売業のスコープ3の削減にも貢献したい考えだ。
そのほかにも三菱食品は「リテールサポート・メーカーサポート機能の強化」を掲げ、食品卸だからこその豊富な蓄積データを生かし、在庫や配送の最適化・効率化など、食品流通の持続可能性のための試みを、先陣を切って行っている。こうした食品卸と連携を図り、サプライチェーン全体で改革していくことも、食品小売企業のサステナビリティ推進にとって重要となっていきそうだ。
さらに、競争相手でもある同業他社との連携も生まれている。23年3月、首都圏で事業展開する、サミット(東京都)、マルエツ(東京都)、ヤオコー(埼玉県)、ライフコーポレーションの4社がメンバーとなり「首都圏SM物流研究会」を発足させるなど、物流領域において各エリアで協力する動きがみられる。サミットの服部哲也社長は、「物流のように業界で共有した課題については『競争』ではなく『協調』領域」と述べ、同業間でも手を組んでいかなければサステナビリティは実現できないと指摘する。
消費者の意識向上も買物行動には直結せず
では、食品小売企業のサステナビリティが発展を遂げるなか、顧客である消費者のふだんの買物における意識は、どの程度高まっているのだろうか。本特集では、小売業向け調査やコンサルティング事業を展開するmitoriz(東京都)の協力を得て、サステナブルな買物行動の実態をつかむべくアンケート調査を実施した。
その結果、「サステナブルな買物」を「意識している」「どちらかというと意識している」を合わせた回答者は半数を超えた。しかし、実際に店や商品を選ぶ段階になると、「一般的な商品より多少値上がりしてもサステナブルな商品を購入するか」という質問に対しては、明確に「購入すると思う」と回答したのは5%程度にとどまった。消費者のサステナビリティに関する意識は高まっていると言われるが、買物行動に直結するほど高い意識を持っている人はいまだ少数派のようだ。
本調査では「サステナビリティ」に関心を持ったきっかけについても聞いている。すると回答では「企業の取り組みを知って」(20.8%)が、「メディアの影響」(38.5%)に次いで多かった。食品小売企業は、消費者に日常的に利用される特性を持つ。ゆえに、店舗や商品を通じた情報発信は消費者の意識喚起に有効だと考えられ、食品小売業が果たせる役割は大きいと言えそうだ。
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ここまで見てきたように、食品小売業のサステナビリティは急速に進化を遂げており、先進的な企業では、企業間連携や、積極投資も進めて、実際に業績向上につなげることに成功している企業もある。こうした“攻め”のアクションを実践できる企業と、そうでない企業では、競争力の差が生じることになりそうだ。
本特集では、国内だけでなく欧米の事例も交えて、先進的な企業がいかに事業活動とともにサステナビリティを実践しているのか、組織体制やプロセス、課題を含めて紹介している。自社のサステナビリティを前進させる一助となれば幸いだ。
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