「ブランデッド・ショート」(BRANDED SHORTS)と呼ばれる動画を知っているだろうか?これは、企業がブランディングを目的に制作したショートフィルムのことである。そのブランデッド・ショートに初めて挑んだのがカインズ(埼玉県)、作品名は「小さな椅子の物語」。ブランデッド・ショートに取り組んだ狙いとフィルムに込めたカインズの思い、さらには企業のブランディングにおいてショートフィルムが果たす役割、その運用方法などについてまとめた。
ブランデッド・ショートとは
「ブランデッド・ショート」とは、企業や団体がブランディングを目的に制作したショートフィルム、いわゆるブランディング・ムービーだ。海外では早くから注目されてきたが、日本でも企業による動画制作機会が増えるなか、その重要性が認知されるようになった。
日本でスタートとしたのは2016年。「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」が国際短編映画祭としての独自の基準を設けて公式部門「Branded Shorts」を設立したのが始まりである。
2分以上の長尺CMが一般的な海外とは異なり、即効性や効率を重視するゆえ日本のテレビCMの尺は短い。さらには、テレビを視聴しない世帯、テレビCMをスキップするテレビ視聴のあり方も一般的になってきた。それを受け、テレビCMや折込広告など既存の広告媒体では“刺さらない”若年層を中心とする幅広い世代にリーチできる媒体として、動画広告が日本でも活発になっている。
では、動画広告とブランディング・ムービーの違いは何か。それは、商品特徴を際立たせ、認知から購入に至るプロセスの一端を担うのが動画広告、企業のブランディングに特化した映像がブランディング・ムービーということになる。
使い継がれる、親子3代の椅子の物語
今回、カインズが制作したブランデッド・ショートは「小さな椅子の物語」。
映像は、子ども用の椅子をDIYするために、まだ幼い娘の手を引いた父親がカインズを訪れるシーンから始まる。スタッフの協力もあって完成したのは、鮮やかな黄色のペンキで塗られた小さな椅子。娘にとってお気に入りとなったが、成長するにつれ、子ども部屋の主役から、いつしかリビングの片隅で荷物置き代わりに。娘が結婚し家を出たことをきっかけに、ついには押し入れの中にしまわれてしまう。役割を終えたかのようにみえたとき、帰省した娘が押入れからあの椅子を見つけ出して一言。
「これ、もらってもいい?」
意外そうに、けれども少しだけうれしそうな顔を見せる、初老となった娘の父親。シーンは変わって、またカインズの店頭へ。20年ほどの歳月を経て、今度は真新しい青色に塗り替えられた小さな椅子が子ども部屋に映し出される。塗り替えず残された黄色の塗装部分が大写しになり、そこには父親との大切な思い出を覚えている娘による、意外な文字が。
最後に、親子3代で店内で買い物する風景を映しながら、「誰かを想うあなたを、想う。」のテロップが出て終了。
ブランデッド・ショートは対従業員、採用にも効果的
どんな狙いや意図があって制作したのだろうか。ここからは、アジア最大級の国際短編映画祭である「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」の代表を務める、俳優・別所哲也氏とブランディングムービーを制作したカインズの広報部長・大谷剛久氏のトークセッションをまとめた。
別所哲也氏(以下、別所):「製品やサービス理念、存在価値をストーリーに変えるというブランディング・ムービーを、今回制作した経緯は何でしょう?」
大谷剛久氏(以下:大谷):「広報活動において、ファンをつくることを主眼に置いています。ファンになってもらうには、共感してもらうことが重要。映像を活用したらどうかという話を部の同僚とするなか、ブランデッド・ムービーという手法を当社でやるとしたら何ができるのかを、社内で実際にあった話を元に取り組みました」
別所:「この作品のKPI(重要業績指標)はどこに置いていますか?」
大谷:「1人でも多くの人に映像に接してもらいたいという意味ではPVです。そして、共感していただきたいというねらいを考えると、最後まで見ていただいた人の比率である、完全視聴率を目標に設定しています」
別所:「離脱率や完全視聴率などさまざまなデータがとれるようになり、KPIをどう設定するかが重要になっているなか、今回のムービーは132万回以上再生されています。達成度としてはいかがですか?」
大谷:「ここには、YouTube広告によるプッシュ型で見ていただいた視聴数も含まれています。見ていただいた後も重要で、Twitterや当社の公式YouTubeチャンネルにコメントを残して下さった数が想定より多く、非常に好意的な内容が多かったです。その意味で、定性面での評価となりますが、ある一定層の皆様から一定量の共感を頂くことができたのでは、と感じています」
別所:「いわゆるHR動画、社内向けや採用における効果も期待していますか?」
大谷:「このムービーでは、自分たちのやっているサービスの紹介よりも、私たちがお客様のことをどう捉えてどう向き合いたいか、あるいは私たちがサービスを提供することで、お客さまにどんな暮らしを過ごしていただきたいのかを描いています。その意味では、これをみて共感してくれた方が、当社で働きたいと思っていただくとか、従業員のみんなが「この会社で働いていてよかった」と思ってもらえるような、HR面での効果は非常に大きかったと思います。
同時に、『あのエピソードは、うちの店にもあるよね』といった、社内の従業員の結束力を高めるなどインナーコミュニケーションに効果を発揮したことが1つの発見でした」
別所:「作品を開発するうえで、紆余曲折や難しかった点は?」
大谷:「制作スタッフの皆さまから一番大きな示唆をいただいたのが、カインズが掲げる「kindness」を伝えるうえで、描き抜かなければならないのは(当社側の想いよりも)お客さまの想いの方だということです。私たちが大事にしたいと思っていることは、誰かのことを想って何かを成し遂げたいとお店に来て下さるお客さまの気持ちに寄り添う、ということです。だから、まずお客さまの想いをしっかり描き切ることに関して、制作の皆さまと多くのディスカッションをしました。
社内に眠っているお客さまとのエピソード、その裏にあるお客さまの思いなど、生活の中にあるストーリーを描くというところにこだわる部分を非常に大事にしました」
別所:「今回の「小さな椅子の物語」は、大量消費ではなく、まさに椅子が次へと受け継がれていく物語になっていました。ショートフィルムにおいて重要なこととして、僕は第2、第3コーナー、第4コーナーという話をするのですが、コーナー最後の方で押入れにしまわれて、どうなっちゃうのかなと思った後に、その押し入れの扉が開かれた時の新鮮な驚きがあり、最後のシーンで(心が)キュッときたのはやはりパパとみさきさん(娘の名前)でした。
本当に優しくて温かいショートフィルム、ブランデット・ムービーだったと思います」
小売業の広告宣伝は売上に直結する販促を中心としてきたが、競争環境も人材不足も激化するなかでは、企業が抱える課題は販促による売上獲得だけでは癒せなくなった。そもそもテレビも新聞も見ていない若い世代に対しては、従来のテレビCMやチラシを通じては企業の声はますます届きにくくなっている。
新たなコミュニケーション手段を通じて、お客と長期にわたって関係性を構築し、選ばれる店となることが求められているわけだ。同時に、働くモチベーションやその会社で働いてみたいという意欲につながる理由として、社会的価値を実感できる企業であることが重要な要素となってきている。
対顧客、対従業員という観点で、いっそうコーポレート・コミュニケーションが重要になるなか、ブランデッド・ショートはその解決に一役買うことが期待できそうだ。