労働力不足に物流の2024年問題、環境問題、上がり続ける各種コスト……小売業の経営を揺さぶる諸問題が山積みだ。こうした問題は一社だけで解決できるものではない。これを受け、物流などにおいて「非競争領域」を設定して、競合企業と手を携えながら課題を乗り越えていこうという機運が高まっている。
リテールテックでは、小売業界の有志が企業の枠を超えて連帯を呼びかけ、事例を発表したセッションが行われ、聴講者から大きな喝采を浴びた。非競争領域の協同・協創を促し、諸問題を解決しようと動く、「チームK」とは何か?
チームKは「協同・協創」のK
チームKは、リテールテック2023内のイベント、マイクロソフト主催「スマーター・リテイリング・フォーラム 2023 ~流通業デジタルトランスフォーメーションの潮流~」で登壇した。
タイトルは「” K ” の本質 ~日本の小売業界を真剣に考えると、本質的な潮流が見えてくる~」。
チームKのメンバーは、イオンSM (スーパーマーケット)担当付チームリーダーの北村智宏氏、NTTデータソートリーダーシップマネージャーの田邉裕喜氏、グランドデザイン社長で北海道大学客員教授の小川和也氏(当日は会場におらずアバター登壇)、ソフトバンクシニアプロダクトマネージャーの神成昭宏氏、パナソニックコネクトのエグゼクティブインダストリースペシャリストの大島誠(マック大島)氏、そして日本マイクロソフトインダストリーテクノロジーストラテジスト岡田義史氏の計6人。
所属が異なる「混成チーム」が課題として掲げるのが、小売各社が互いに競争しているがゆえにこれまで放置されてきたムリとムダ。企業の垣根を超えた「協同」によってこれらをなくすのが結成のねらいだ。
イオンの北村氏は「(チームK)は日本の流通を変えたいという志を持ったメンバーが、会社の垣根を超えて通じ合ってできた。(私の所属する)イオンとは関係ない立場で話をする。本日訴えたいことは1つ、『業界を変えるためにみんなでやりませんか』というお誘い。自社だけのことを考える時代ではなくなった」と語る。
チームKによれば1990年代、米国小売業の市場規模は155兆円(1ドル=年平均為替換算)程度で、120兆円程度だった日本と大差なかったが、かたや米国は400兆円を超えた一方、日本は30年間でむしろ微減の114兆円だという。どうしてここまで差がついてしまったのか?
メンバーであるパナソニックコネクトの大島誠氏は次のように問題提起した。
「これは各社がムリな価格競争に明け暮れ、デフレ状態に陥ったのもその一因だ。また、各社コストを引き下げなければならないと言っているにも関わらず、オリコンの中を見てみると、ハンドソープ2個だけを運ぶといった、(矛盾した)ムダやムリが横行している」
そこで、「競争相手とも手を組む」という非競争領域を設け、「協調・協創」によってサステナブルで付加価値の高い流通業界の構築をめざすのがチームKの本質である。
ちなみにチームKとは「協調・協創」のKであり、それを構成するテーマである「共配」「協同」「カテマネ」「共通ポイント」「顧客参加」などのKでもある。新しい流通を協創から生み出すためのキーワードが「K」に修練されているわけだ。
2大グループキーマン登場で 商品マスター問題を解決へ
セミナーでは事例としてまず、「ロボットを導入しやすい(ロボットフレンドリー)環境」をどう実現するかについての現状と課題が話された。
働き手の高齢化と減少が進むなか、より産業を効率化しなければ収益確保もままならなくなる。ロボットフレンドリーな環境の早期実現は、誰もが課題として持っていることだろう。
ロボット活用は多くの業務で想定されている。その一例がEC、あるいは商品棚の在庫状況の確認や補充だ。ここでロボット導入に立ちはだかるのが、商品情報や画像が統一されていないという「商品マスター問題」である。これまでは各社が膨大な時間と手間をかけて、個別に商品特性や商品画像を含む商品マスターを作成してきた。各社同じやり方で同じ手間がかかるにも関わらずだ。
「共用された商品マスターがない」のがいまの日本の小売業の最大の課題の1つであり、協調することで、問題は解決され生産性は大いに上がる。本セミナーでは、課題解決のため、日本を代表する2大小売グループも賛同して、統一に向けた議論が進むことが明らかになった。
ここで、ゲストとしてイオングループのユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス副社長兼カスミ社長の山本慎一郎氏、セブン&アイホールディングスの執行役員 グループDX推進本部長、齋藤正記氏が登壇。
商品マスター情報については、イオングループ内でも、セブン&アイグループ内でもいまだ統一がなされていないのだという。
山本氏は「商品マスターは、商品画像を含む基本属性情報とマーケティング情報が含まれる。後者は競争領域として、前者を共創領域として製配販がタッグを組んで進めていくべきものだ」と説明したうえで、早期の実現のためにも「日本小売業協会など(の各種業界団体も)ぜひ参画してほしい」と訴えた。
それを受けて斎藤氏は「グループ事業会社とも連携しながら、この共創の輪を広げていくことが重要。山本さんが指摘したように、全部を変えるのはムリがあるものの「いま変える」ということを見据え、データの在り方と共有の仕方を考えるべきだ」と理解を求めた。
九州で進む共創 ライバルが手を組む衝撃の一枚
次に事例として挙げられたのが、地域での連携の取り組みである。ここではイオン九州社長の柴田祐司氏がオンライン登場。トライアルホールディングス(トライアルHD)とのタッグから始まり、22年8月に誕生した「九州物流研究会」。いまや13社が参加して、小売共同物流モデルの実現に取り組んでいる状況と成果を説明した。
環境問題、2024年問題、物流コスト高騰、九州の人口動態の変化など環境が厳しさを増すなか、物流問題を抜本的に解決するためには、個社の取り組みでは限界がある。
そこで「物流は原価については競争で決めなければならないが、その先の、店に商品が入るところまでは一緒にできる、と意見が一致し、話を進めていった」(柴田氏)。
具体的には、①仕入れ物流、②販売物流における相互配車と③拠点集約を検討領域に入れた。仕入れ物流については、メーカー物流会社との相互配車を行うもので、特段システム化が必要ないため短期間で実現可能だ。一方、拠点集約は、従来は個社専用のセンターから配送しているが、エリアの汎用センターから各店に配送する考え。そのためには車両、倉庫、在庫の共有、そしてシステム化が必要となるため、中長期的な実現施策に掲げている。
柴田氏とトライアルHD社長の亀田晃一氏が、九州内の各社トップを訪れ、参加を直接呼びかけていったという。現在、両社以外に西友、エレナ、サンリブ、西鉄ストア、トキハインダストリーなど小売業と配送業計13社が参加している(本稿では社名公表企業のみ掲載)。
「(協業が)実現しなければ意味がないので、トライアルとイオンが組んだら何ができるかにまずは取り組んだ」(柴田氏)と言い、イオン直方店へトライアルの車両が配送している「衝撃的」な写真を会場内で共有した。
2022年12月1日から共同物流を開始。取組前と比べ、走行距離は1日あたり30㎞減り、空車走行距離は48㎞も減った。これを1年続けると、まだ2店舗だけでの取り組みであるのに、東京・ニューヨーク間と同じ約1万㎞を減らせる計算になるという。また、CO2排出量は年間12.6トンも減少する。
「参画の輪を広げていきたい。九州外の企業でも研究会への参加は歓迎するし、各地で同様の動きもスタートしているので、ぜひ一緒に活動してほしい」と柴田氏は参加を促した。
最後に北村氏は「勉強会という位置づけよりも“実践の場”にしていきたい。会社の垣根を超え、ぜひチームKに皆さん参加して下さい」と会場に訴えかけ、セッションを締めくくった。
競争から共創へーー 一社では解決できない大きな問題を前にして、日本の小売業は一歩、進化の階段を上っていきそうだ。