「SPA」といえば、一般的には製造小売業(商品の企画から、生産、販売までの機能を垂直統合した小売業)のことを指し、ファーストリテイリング(山口県)、ニトリ(北海道)、良品計画(東京都)、西松屋チェーン(兵庫県)などに代表されるような、高い競争力を持った流通業の“勝ち組的”ビジネスモデルとして知られている。
サプライチェーンにおける関係者の利害が、統合されることによって、無駄なコストを省き、コストパフォーマンスの高い商品が提供されるため、その競争力は高いのだとされる。最近、この「SPA」という名前を冠した部署を設立して、製造小売業に取り組む姿勢を鮮明にした食品スーパーがある。業界きっての有力企業、ヤオコー(埼玉県)である。
2023年3月から「SPA推進部」が始動!
2023年1月、ヤオコーは3月付の組織改編で、デリカ事業部デリカ・生鮮センター担当部を廃止して、「SPA推進部」を設置。部内に東松山と熊谷のデリカ・生鮮センター担当部が置かれる、というプレスリリースを発表した。
単なる組織改編のニュースに見えるためか、ほとんどのメディアは注目しなかったが、ヤオコーが置かれた環境を踏まえてみると、スルーできないリリースだと筆者は考える。なぜ、このタイミングでわざわざ「SPA」などという言葉を使う必要があるのか。そもそも食品スーパーにおけるSPAとは何を意味するのか、を考えると妄想が膨らんできた。
SPA化という方向性を掲げていること自体は、小売業界では珍しいことではなく、食品スーパー、ホームセンター、ドラッグストアの多くがプライベートブランド(PB)比率を上げていくという初期段階の取り組みを行っている。食品スーパーの場合は、いわゆる加工食品に関するPBを開発するというのが一般的だが、イオン(千葉県)やセブン&アイ・ホールディングス(東京都)ほどの規模がない一般的な食品スーパー企業が単独でPBをつくるとなると、量が足りないという問題が出てくる。そのためPBを共同で開発するための「同盟」組織(CGC、ニチリウ・グループ、鉄道系八社会など)を結成するという例も多い。
ヤオコーも自社でのPB開発には積極的で、その品目も増えつつあるようだが、今回のSPA推進部はデリカ・生鮮センターの統括組織であり、今回の件は「生鮮、総菜に関する製造小売業化」ということでもある。
だとすれば、このチャレンジが、これまでの食品スーパーの歴史からすれば、大きな転換点であることは業界関係者の方々はすぐにわかるだろう。つまり、ヤオコーは生鮮・総菜に関してインストア加工を基本としながらも、その加工工程の大半を担えるプロセスセンター体制の確立を宣言したということではないだろうか。
「インストア加工か、センター加工か」
現在の日本型食品スーパーは、生鮮、総菜に関しての流通加工(顧客に提供するかたちへの最終加工)を各店舗のバックヤードで実施して、商品の高い鮮度レベルを消費者にアピールすることで、競合他社に勝ち抜いた企業が主流となっている。本来のチェーンストア理論で言えば、各店舗に加工拠点を設けて加工人員を置く、などということは非効率でしかないのだが、これまで日本の消費者はセンター加工による生鮮、総菜を受け入れなかったため、インストア加工が基本となった。
このため、こうした鮮度管理を必要としないほかの業態とは異なり、食品スーパーは規模の利益が働きにくい業態とならざるを得なかった。そのため寡占化も進みにくく、圧倒的トップシェア企業も存在していない。
しかし、もしこのインストアオペレーションをセンター加工に移行したうえで、顧客の変わらない支持を得られるとしたら、実現できた企業は他社比で圧倒的に高い収益力を持つことになる。そうなれば、各地に分立割拠している食品スーパーを圧倒して、全国制覇することも理論的には可能なのである。
かつて、インストアかセンター加工か、という選択は、2000年代より前にはある程度、両派拮抗していたらしい。しかし、2000年代以降、センター加工型の企業の多くが消費者の支持を失って、インストアを採用するスーパーが多数派になったという。
これには、その時期に食品スーパーの主要顧客である主婦層がクルマに乗るようになって、行動範囲が広がった、という時代背景が大きく影響している。2000年代以降、セカンドカーとして軽自動車が普及し、主婦層が機動力を持つようになり、同じ時間で遠くまで買物に行けるようになった。それまで徒歩、あるいは自転車で行ける範囲で仕方なく我慢していた主婦層が、多くの食品スーパーを回れるようになった結果、その大半が鮮度に勝るインストア加工を是とした。このため、センター加工型食品スーパーの多くが淘汰されることになり、センター加工は日本の消費者には受入れられないという“伝説”が生まれてしまったのである。
食品スーパーがセンター加工に乗り出さねばならない事情
ではなぜ、かつて受け入れなかったセンター加工が、消費者に受け入れられるようになるのか。ざっくり言えば、日本型スーパー誕生期やセンター型の淘汰が進んだ2000年代から比べて、冷蔵輸送、保存の技術、品質管理手法、加工テクニックなどが格段に進歩しているからである。
そして、何よりも違うのは、ITインフラを当たり前に活用できる環境になったことで、センターと店舗の情報を即時共有することができるようになったことだろう。製造、加工量に関する予測精度が格段に向上(売れ残りロスの極小化)すれば、それは鮮度を保つことに直結する。物流というハードルはあるが、ITインフラによってセンターと店舗の情報が一体化することで、食品スーパーのオペレーションは、センター化に再チャレンジすることが可能になったと言える。
技術的な問題とは別に、食品スーパーには、インストア加工依存からの脱却を図らねばならない事情もある。その第一が、コスト削減の限界が来ているという点だ。インストアオペレーションは、労働集約的な仕組みであり、コストを下げるためには従業員のパート・アルバイト比率を高めて、人件費単価を落とすという選択肢しかなかった。しかし、7割近くまでパート化が進んだ食品スーパーには、これ以上コストを削減する余地がない。
第二に人口減少、高齢化の影響から、すでに人手不足となっているうえに、今後は人材確保が困難になると見込まれる。人海戦術でもあるインストアオペレーションは、早晩維持できなくなる可能性が高いのである。
こうした事情もあって、インストアオペレーションに改良を加えて、鮮度に影響を与えない範囲でのプロセスセンターとの併用という「ハイブリッド型」に移行している企業が増えている。インストア加工の“東の総本山”ともいうべき、サミット(東京都)でさえ、今や巨大なプロセスセンターを運営している。食品スーパーにとっては、センター加工比率を上げ、生産性を向上させることが生き残るための重要な戦略となっているのである。
後編では、ヤオコーがセンター供給体制を急がなければならない事情について考えてみたい。