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年商4億円の焼肉店が打つ、大不況時代の対策と勝ち筋とは?

協力金や助成金、実質無利子・担保実質ゼロの「ゼロゼロ融資」など、コロナ禍中、複数の救済措置で倒産件数が低水準で推移してきた外食産業。しかし、コロナ禍4年目に入ろうとしている今、救済措置はストップし、ゼロゼロ融資の返済も2023年春から本格化している。原材料費や人件費の高騰、コロナ禍中に切った人材不足などが追い討ちをかけ、飲食店の倒産が加速するのは今からだと言われている。そうした中、大阪・淀川区の人気焼肉チェーン「匠グループ」は今後の大不況を読み、21年末の段階で布石を打っている。それが、平均客単価3000円前後のグループ最安値店。デジタル・トランスフォーメーション(DX)をフル活用したセルフサービスで人件費を極力排除した店だ。同店の戦略をはじめ、創業13年で年商4億円企業となった焼肉店の大不況時代の経営戦略を解説する。

1982年大阪生まれの古川龍史氏は大手居酒屋チェーンの業態開発に携わり、精肉店を経て2010年、BBQ用品・食材のレンタル・セッティングを行う請負事業で独立。河原が近い西中島南方エリアに着目し、ドミナント展開した

飲食、牧場、精肉加工を手がける肉の総合企業

 新大阪駅からひと駅南にある西中島南方(にしなかしまみなみかた)エリア。まだ閑散としていた13年前に土地の利便性に目を付け、駅の北側にドミナント展開してきたのが(株)匠だ。同社は2010年に開業投資額200万円のBBQ請負事業から出発した焼肉店グループである。

 FLコスト(売上に対する料理と人件費の比率)で知られるF(料理)、L(人件費)に加えて、R(家賃)を加えて固定費を総合的に管理する経営指標を採用した匠。創業当時、悪立地と言われてきた同エリアでの出店でR(家賃)を1%〜3%と、驚異的な数値に抑え、その分F(料理)に原価をかけてお値打ち感を訴求。各店20坪前後で月商1000(コロナ禍により現在は月商900万前後)を叩き出す店に育ててきた。

 2016年には大分県に共同経営の牧場を持ち、そこで育てる「おおいた和牛」を武器に。現在は焼肉店5店、精肉・小売2店、ビストロ1店を展開し、コロナ禍を機に注力してきた通販事業も好調だ。

 創業13年で年商4億円企業に育ててきた代表取締役の古川龍史氏は常に先を読んで先手を打つマルチな経営手腕で知られる人物。コロナ禍に入ってからは既存店の一つを全室個室の「個室焼肉」としてリニューアルした他、通販事業は家でのBBQや家庭用肉、一人焼肉、温めるだけの肉加工品、ギフトなど、細やかなシーンを想定した商品を拡大させた。

 

3億円の融資で攻めに出る!

  ゼロゼロ融資では3億円を借り入れて設備を拡充し、攻めに出た。主な設備投資は①ラピッドフリーザーや真空スキンパックといった最新冷凍機器、周辺機器の導入、②肉の写真撮影や動画撮影を行う撮影スタジオの新設、③新たな加工場の新設、そして④発送作業場の新設だ。

  こうして、コロナ前に月商約400万円だった通販事業を現在は月商1000万円、繁忙期には1800万円を稼ぎ出す柱の一つに成長させた。また社内のデジタル事業部主導で、ホームページの随時改良に加え、TwitterTikTokも連動させて、話題をつくるなど、常に仕掛けている。

 さらに既存店の隣にあった宴会場をラーメン店に転換。「以前は団体客を入れていたのですがコロナ禍で夜の営業が不調になったため、昼に集客できて冷凍でも売れる商材のラーメン店にしました」と、夜から昼に集客する店へとシフトさせた。

大不況時代に利用しやすい店づくり

今後を見越したセルフサービス&最安値店の「タクミートストア」(大阪市淀川区西中島4-12-12)は1階の精肉小売店が15坪、2階のイートインが10坪

 こうした中、古川氏が2112月に出店したのが1階は精肉・小売店、2階はイートインの「タクミートストア」だ。特に注目したい2階のイートインは徹底したセルフサービスを導入。カトラリーやトングといった必要なものは席に備え付けた引き出しの中からお客自身が取り、水や取り皿もセルフサービス、オーダーはタッチパネルにして会計はセルフレジにした。

回転寿司のように、お客はタッチパネルで注文する

 1階に常駐するスタッフは1Fで販売する総菜作りや仕込み、精肉のカット作業の間に、注文が通ったら2Fに料理を運ぶだけ、というオペレーションで人件費を徹底的に抑え、その分、料理をグループ最安値で提供する。

 「まだ知名度がなく、売上もそこそこですが、この店が真価を発揮するのは今から。23年の前半は、さらなる不景気や原価高騰の煽りから飲食店の閉店ラッシュが来ると予想しています。そうすると不安感が世の中に蔓延し、消費者も財布の紐を締めます。その対策として最安値の店を作りました」と古川氏は話す。

 肉の品質は、平均客単価が5000円前後の他姉妹店と同じく、自社牧場の「おおいた和牛」を提供。姉妹店よりも単品料理が少ないだけで、匠グループの看板料理「大判炙り寿司」も同店舗のみ数%安い価格に設定する。

 現在、1階の小売と2階のイートインの売上比は半々を目指しているという古川氏。202212月の繁忙期の売上は小売が330万円、イートインが270万円。20233月からはメニューを見直し、肉1切れ50g250円〜、現在4990円〜の盛り合わせを2990円〜にしてバリエーションを広げるなど、より安くなる店づくりを行う予定。イートインだけで月商400万円を目指す。

店内はすっきりシンプル。終日焼く肉を提供するイートインで、昼はローストビーフ丼やハンバーグ、牛肉カレーなどの定食も提供する

 実際に体験してみたところ、接客もいい感じにほったらかしで、特段気にならない。何よりも平均客単価が2000円〜3000円なのだから、消費者にとっては魅力的である。

 また、2階のイートインへ行くためには、1階を必ず通るわけだが、そこで並ぶ精肉、総菜、冷凍肉、冷凍総菜各種が「家族への手土産」や「明日のおかずの一品」「自分の休日用に冷凍総菜を」など、多目的な“ついで買い”を誘導する仕組みとなっている。

まだ不調の夜業態、その対策は?

 2210月の外食産業全体の売上規模は19年同月比105.5%(日本フードサービス協会資料より)と初めてコロナ前を超えた。しかし、一方で夜営業中心の業態だけで見れば前年同月比60%にとどまり、夜はお客が戻っていないことを数字が示している。飲食業の中でも比較的コロナ禍では強かったとされる焼肉業態も依然厳しい。そうした中、古川氏は先に紹介した宴会場を昼中心の業態であるラーメン店にしたり、大不況時代でも利用しやすい「タクミートストア」にしたりという布石を打った。

 一方で、既存店はどうしていくかというと「今後、席数を絞って1席におけるプレミアム感を打ち出す方向性」と古川氏は話す。というのも、コロナ禍を機に未曾有のリスクにどう対処するのか考えた結果、出て来た答えが「店をリピートしてくれるファンのお客さまに向けて営業することだった」からだ。

 広告費をかけてクーポンなどを呼び水にディスカウントして新規顧客を得るのではなく、ファンから「予約させて欲しい」と思われ、常にファンで埋まる店づくりを目指すというのだ。

 そのため、同店ではLINE公式アカウントで友達になってもらうことを「ファンクラブ会員」と呼び、来店1回につきスタンプを押して10個たまると「プレミアム会員」にランクアップ。

 「タクミートストア」と同時期にオープンし、同店のセルフサービスに対してフルサービスを売りにしたハイエンド焼肉店「黒毛和牛研究所」などは、入店に「ファンクラブ」加入が必須で、「プレミアム会員」はドリンク3杯無料にし、優先的に予約を取れるシステムだ。

 1席の価値を高めた上で、予約が取りづらくなったとしても「ならば通販を利用してみよう」と通販に誘導し、そこで通販のリピーターを増やしたり、逆に「通販が美味しかったから実際に店に行ってみよう」と、来店につなげたりするような構造を目指しているという。

 「材料や人件費の高騰、インボイス制度、終わらない戦争…来年以降は本当に未知の世界だと思っています。“食べること”は無くならないと思うので、大不況になっても食べる場所が店なのか、家なのか、キャンプ場なのか、場所が変わるだけ。需要のあるところに、高度な冷凍技術で美味しい肉や総菜を通販できるよう整えています」と古川氏。

 大不況時代でも利用できる間口を広げた「タクミートストア」。対してプレミアム感を強めた店を作り、通販事業で下支えをする企業構造で、どんな有事をも迎え撃つ構えだ。