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「大ディスカウント時代が到来」 この意味が分からないアパレルの未来は悲観的な理由

中国の「ゼロコロナ政策」も緩和され、日本でも人流は戻りつつある。国内のアパレルでは、好調な人出を理由に「値引き抑制」を進めており、実際、新年「セール」でもセール対象品や値引き割合はかなり制限されている印象だ。それでも「コロナの巣ごもり地獄からの開放感」から、消費者は欲しい商品を定価でも買う動きをしている。だが、その反動は長続きはしないだろう。今回は、アパレルを取り巻く消費のゆくえと、いま何に対応しておくべきなのかについて解説したいと思う。

akinbostanci/istock

アパレルの値引き販売は大幅に抑制

 年明けからの「控えめなセール」が好調な理由について付け加えると、もちろん大幅値引きする場合ほど財布の紐は緩くはならないが、「我慢からの開放」によって、多少の金額差なら、欲しいのかどうかわからない商品を安いからという理由で買うより、どうしても欲しい商品を多少のお金を払っても買おうという行動意識が表れるためだ。

 また、アパレル企業は、「値引きをしなくても欲しいものは売れる」ということを一時的にではあるが学んだかに見え、実はそれが勘違いであることを理解していない。今後は「ディスカウント」が常識化してきたアパレル企業も、ますます定価販売が一般化すると勘違いするだろう。

 しかし、その反動は長くは続かない。やがてアパレル企業は大量の在庫に再び苦しむことになる。

 消費者は毎年動いているし、年も取る。自分たち(アパレル)が顧客だと思っているセグメントのお客は毎年変わり、約5年ですべて入れ替わる。そして、従来とは異なる価値観・嗜好で購買するようになるからだ。

  現在は、円安、ウクライナ戦争、新型コロナウイルスなど、不確実性がますます高まっている。その不透明な時代にあっても、正しいと思われる唯一の戦略についてご紹介したい。

一時的な消費の回復に一喜一憂し自己改革が遅れる悲劇

 岸田内閣は「異次元の少子化対策」と命名した政策を高々と掲げるも、その意味や内容を理解している人は本人含め誰もいないように見える。

  おそらく、「聖域のない」そして「投資金額に糸目をつけない」少子化対策、という意味なのだろう、とこちらがおもんぱかるしかないのである。

 いずれにせよ、何をするのかを明確にしないまま「言葉」だけを旗揚げし、世界の先進国でこの問題に取り組み、輝かしい成果を恒常的に上げたという国がない以上(フランス、スウェーデンなどの議論は一旦外させてもらう)、あまり期待できないことは明白だ。

 さて、私は、今、アパレル産業に必要なのは、経済学、とくに古典的経営学についてもっと学ぶことだと思う。

 なぜなら、アパレルは社会の鏡(かがみ) であり、社会の動きや動向を正しく理解しなければ、不調の「真犯人」を特定することができない、それほど経済とアパレル経営は密接に絡んでいるからだ。もはや売場でのデジタル化や物流の自動倉庫、過剰在庫抑制など、課題を矮小化した些末な議論をいくら繰り返しても真犯人にはたどり着かないのである。実際、この論考の読者で、「最新のデジタルソリューション」とやらを導入し、輝かしい成果をあげたという企業は何社あるのだろうか。

 今、経済学の観点から考えると、「緊縮財政か金融緩和か」「円安は本当に悪か、円安でボロもうけしている企業の話はなぜ報道されないのか?」という話が徹底議論すべき大事なトピックになっている。後者についていえば、日本の輸出額は2021年で83.1兆円あり、輸入額は84.8兆円だった。この統計をみるだけでも、円安で儲けている企業が、円安で苦しんでいる企業と同じぐらい日本には存在することが見て取れる。こうした統計をみても、メディアの報道はおかしいと思わないのだろうか。

これからアパレル企業の大ディスカウントが起きる理由

designer491/istock

 話を少子化に戻そう。私も岸田内閣がすべき一丁目一番地は、「少子高齢化対策」だと思う。私が、ビジネススクールの授業でPPM (プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)について話していた時のことだ。市場が成長しておらず、また、競合に負けている「DOG(負け)ポジションは何かという議論をしていた時、私は、思うがまま「そのポジションにあるのは、Z世代(向けのビジネス)じゃないのか」と、学生に対し私の考えを話してみた。

 市場が成長していない=少子化が進む

 競合に負けている=SHEINDHOLICなどに完璧に負けている

 とくに統計をみて、PPMの初期仮説で「Z世代」を上げるのは、なんら不思議ではないしむしろ自然ではないかと思うが、読者の方はどう想うだろうか?

 問題は生徒の方だ。おそらく、みな沈黙を守っていたが、頭の中で「我が社は次はZ世代を攻めよう」と思っているのだろう。彼らの難しい顔つきをみれば考えていることは直ぐ分かる。

しかし、PPMのフレームワークを使えば、「Z世代」は撤退セグメントだ。私は、「Z世代を攻めても、負けが待っている現実」と題して、拙著『知らなきゃいけないアパレルの話』(ダイヤモンド社)に書き綴っている。

 もしも、経営学的にはその真反対が正しいとされるなら、あなたはどう思うだろうか。問題は、自分の頭で考えない人たちが多いということである。

 さて、ターゲットとなる市場セグメントが縮小する場合、そして、EC化率を拡大して成長をねらうのであれば、勝ち筋は一択しかない。

 それは、まずは、何より先に、大量の広告や値引きクーポンなどを配り、ターゲットとなる消費者層のビッグデータを貯めることだ。

 投下する広告総量から、自社のデータベースにクレジットカードを登録してくれる顧客の数で割ったものがCPA(顧客獲得コスト)という。このCPAの効率を可能な限り高め、購買した商品を気に入った顧客にクロスセルやアップセルなどを奨めて、そのブランドの購買頻度やセット率、一点単価を高めるのである。

 

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35mmf2/istock

 いわゆるLTV (顧客生涯価値、商品粗利 x セット率 x 年間購買頻度 滞在年数 )が、このCPAを上回ることができれば、企業は利益を得られるわけだ。このようにいうと、「なにを当たり前のことを」というが、そこが、上記にあげた輸出と輸入の差額が同じなのに、円高でも円安でも大騒ぎしているメディア脳というわけなのだ

 この「初期的にクーポンやキャンペーン、ディスカウントをバラマキ、顧客を自社ブランド内に囲い込んで、LTVを上げる施策を打つ」という施策をEC企業以外のアパレル企業は理解してないように思う。

顧客を囲い込む必然性は「少子化」にある

 顧客を囲い込む必然性は、「少子化」にある。

 需要が供給を上回るときは、商品(製造拠点を含む)を押さえ、商品を安く思い通りに作れば山のように利益が落ちた。1990年のアパレル黄金期のプロパー消化率は95%といわれている。つまり、値引きという概念がなかったのだ。商品回転率、商品粗利、商品原価率など、供給側の「商品」をベースにつくられた今のKPIは、このときにできた。

 商品軸の経営を突き詰めたときに出てきた言葉がSPAだ。この言葉を日本人は「製造小売」と誤訳してしまった。そして、自ら店舗オペレーションに力を入れるも、「ものづくりはよくわからん」と、商社に丸投げし「なんちゃって製造小売」が量産されることとなる。店頭と工場が連動して動くどころか、商品投入だけは1990年の手法をそのまま使い、マーケットも顧客も見ぬままセンター倉庫に商品をぶち込んだわけだ。

 しかし、そもそも、マーケットサイズが100しかないところに、120150の商品を投入しているのだ。どれほど腕のよいマーケターであっても、供給過剰の商品を完全に売り切ることなどできるはずなどない。だから、1990年から市場が右肩下がりに減少しても、余剰在庫は山のように増え続けていったのである。

 需要が縮小し供給過多となり不可逆的にこのトレンドが進行する今、これからは顧客を囲い込むしか勝つ術がないのである。そして、KPIも商品起点の古いものではなく、リアル店舗であっても顧客起点のものにすべて変えなければならなということなのである。

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供給が需要を上回るとき、顧客囲い込みは常識

 私のところに最近、工場や紡績企業などから相談が来るのだが、彼らは驚くほどマーケットのことを知らない。

 業界専門誌を読めばわかるが、これら川中、川上の戦略やマーケット理解のズレは大きい。とくに、着飾るファッションとしての服の短命化とSDGsにより教えられる衣料品購買の買い替え需要の長期化の矛盾に気づいていない。

 そして、大学生の2人に1人が奨学金を利用し、衣料品の主たる購買者である働く女性の40%がワーキングプアという恐ろしい現実、そして、その現実が起こすマーケットでの戦い方を全く分かっていないのである。

 企業の環境イメージに投資をすることに対し、彼らが「それは、グリーンウォッシュですね」というのに対し、私が「全く違います」と答える理由がわかるだろう。

 企業が消費者をだましてイメージ戦略だけを大事にしているのではなく、消費者は環境コストを負担するだけの金銭的余裕がないのである。

 だから、需要が供給を上回り、不可逆的に少子化が進むなか、企業がやることは異次元の政策に期待する以上に、顧客を囲い込み、通販企業から顧客ベースのKPIである、客単価、顧客粗利、顧客獲得コスト、顧客生涯価値などを正しく学び、運用することである。 

 私が、この論考を書いた理由は、赤字を大量に出し顧客を囲い込む段階にある企業に対する評価である。財務諸表を分析した、私の元同僚も含む数々の専門家達が、「この企業は広告宣伝費が多すぎる」という、まったく思慮のかけらもない主張をしていたからである。

 減価償却可能な投資の場合は損益計算書に与える影響度が少ない(耐用年数分で案分などされる)ので目立たないし、こういう企業はEBITで分析するのが通常だから、問題ないのだが、いわゆる世の中の変化を科学する経済学について無知だと、このように企業戦略のいろはの「い」がわからなくなる。

 今、QRコード決済や電子マネーなども全く同じ動きをしており、多くの企業がしのぎをけずって顧客にポイント還元を行っている。この意味をまったくわかっていないと、単に「広告費が多すぎる」と総括しあやまった判断をしてしまうことになるし、そういうコンサルが圧倒的に多い。

 今、「無知」こそ企業を地獄に落とす危険な道具だ。「世の中のトレンドは」など、分かるような分からないような話をする前に、バズワードのない古典的経営学と金融や為替、株価の動向を動かす経済学の触り程度は学ばないと、気づけば、あっとういう間に顧客のいない(競合がAmazonのようにスーパーハイテクでしっかり囲い込んでいる)市場めがけ竹槍で応戦することになる。その結果は火を見るより明らか、というものだ。

 

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
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