企業再建の仕事が増えてきた。今、おおよそ一月に一度の割合でアパレル企業の売買情報が流れてくるほどだ。その背景の一つに、直接取引を増やすことによって「アパレルの突然死」の可能性が高まっている点が新たに挙げられる。それはどういう意味なのか、解説しよう。
締め支払い習慣は日本とアジアの一部だけ
2B(企業間取引)の仕事をした人であれば、「締め、支払い」という言葉を何のためらいもなく受け入れ、例えば、LC (信用状)と聞けば「ああ、貿易の時に使うものでしょう。うちはTT (Telegraphic transferable remittanceの略で、昔の外貨送金の呼称をそのまま使っている)だから使っていませんよ」、程度の知識しか持っていない人が多い。しかし、経営が順調に見えても、ビジネスモデル改革途上で突然死が襲いかかる可能性が拡大しているのだ。
貿易に詳しくない読者のため簡単に説明しよう。LCとは、Letter of Credit (信用状)といって、銀行が売先に対し、支払い能力があるという信用と、記載されている書類が揃えば有価証券とともに銀行が支払いを肩代わりする「保証書」のようなものだ。LCそのものは有価証券ではない。これ以上の説明は避けるが、海外ではLCを国内でも使うのが一般的で、「貿易に使う」というのは間違っている。また、LCにはUsance(支払い猶予)という後述する「商社外し」による「即死」阻止の機能もある。
「締め支払い」とは、債務者が支払い業務を効率化するため特定の日を自分都合で設定、一括処理し一括支払いする債務者優先業務であり、海外では韓国などアジアの一部ぐらいでしか見たことがない。海外貿易では、債権者から届く「Invoice」という請求書に記載された期日までにバラバラに支払う債権者主導が常識だ。
企業は、黒字でも現金がなくなれば倒産するし現金があれば赤字でも存続する。しかし、この当たり前を分からず資金難に陥る企業が増えてきた。昨今のアパレル不況から、いま「商社外し」が加速、アパレル各社は数年後に海外取引の大部分を直接取引に変えようとする可能性が高い。逆に商社の方も、新素材開発をしたり、小売ビジネスに打って出るなど、様々な「アパレルの商社外し」から事業を守るため、事業実験をしているのはこのためだ。
国の成長が止まり、消費経済から循環経済となり、(推定値)50億枚以上の隠し在庫と個人間取引が行われている日本国内だ。新規商品を投入し続ける商社のトレードの存在意義は近い将来薄れてゆくのに解説は不要だろう。
オフプライスストアは悪魔の禁じ手、二次流通が広まらない事情
こうした基本的環境分析をないがしろにし、川下(小売・アパレル)は、衣料品の値入が少ない(消化すれば粗利率が大きい)という、ただそれだけの理由で、都心や駅前一等地に衣料品売場を山のように作っている。これは30年前の常識「売れ残ればアウトレットや催事で在庫を捌ければ大丈夫」という「昔のやり方」を変えられないからだ。驚くことは、そうした指摘すると「分かっているが、大きくなった組織の動きを止めることは難しい」というのである。
こうしたアパレルの没落期に、「オフプライスストア」という悪魔の禁じ手まで出てきた。
「アウトレット」というのは、ECは存在せず、立地も田舎の奥地だ。これは、「ブランド毀損させないため」の保全策である。もし、ブランドの 「アウトレットEC」が仮に存在するとして自宅で買えるようになれば、銀座のブランド店舗や百貨店は破壊的打撃を受けるだろうといえばおわかりか。アパレル業界には、過去からこうした「暗黙の了解」があった。「オフプライスストア」とアウトレットの違いが分からない人のために解説すると、オフプライスストアとは、都市部での店舗販売に加え、ECも行うハーベスト戦略(ビジネスが終焉に近づくとき、可能な限り現金を回収する戦略)であると私は見ている。
こうした分析から私は、米国で一世風靡し日本でも一時流行った「タイムセール」販売企業の成長戦略として、「アウトレット」との統合、つまり、在庫の一元化とEC(タイムセール)とリアル店舗(アウトレット)融合による競争力強化を提言したことがあるが、当時は誰からも理解してもらえなかった。しかし、最近、やたらとタイムセールに「逸品」が登場するようになってきたことにお気づきだろうか。もはや、スーパーブランドといえど、背に腹は代えられないほど、人が嗜好品を買わないからだろう。世の中も無駄なモノは買うな。長く使えと消費者をたきつけている。アパレルは全方位から集団いじめにあっているようだ。
「タイムセール」にしても、ブランドを期間限定販売する手法で、ブランド毀損しない施策として登場した。しかし、「競争社会」は、穴が空いていれば必ず誰かが埋める。「オフプライスストア」ができれば、リアル店舗の「アウトレット」とECの「タイムセール」が結びつきオムニチャネル戦略で対抗することは必然なのだ。「タイムセール」は、さらに「贅沢旅行」など、体験セールECとも統合してゆき脱衣料を進める。実際、日本のタイムセールには空欄の「トラベル」という欄ができているが、本家の米国のサイトには見当たらない。
財務戦略が弱い企業が即死するのは「CCC」が読めないから
こうした世紀末ともいえる産業下では、弱った企業の統合や企業の垂直統合による余剰コストの排除が激しい頻度で行われる。実際、商社の統合や、アパレルや工場の買収が数多く発生しているのはこうした理由からだ。
一方、バブル期に潤沢な現金資産を保有しPL経営しかやってこなかったアパレル企業は、利益率さえ上げれば大丈夫と考えビジネスモデル改革のもと、キャッシュフローを読み違え危機的状況が増えてきた。今、産業界はDXとSDGs一色だが、最も重要なのは財務と業務を結びつける、いわば財務戦略なのだ。
ものが売れない経営環境で、物販で最も大事なポイントは「キャッシュ・フロー」、いいかえれば「資金繰り」である。入金と支払いの期間差をCCC (キャッシュ・コンバージョン・サイクル)という。
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計算式は「売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数」。CCCの単位は日数で示され、その期間差が短いほど、あるいはマイナス幅が長いほど有利だ。
逆に、CCCが長いほど企業が持つ「お財布」の中身が減少し、どれだけコスト削減に成功し、PL (損益計算書)が黒字となっても運転資金(企業が営業活動をするためのお金)さえ毀損しはじめる。
商社を外して直貿を拡大するアパレルは、商社が今までやってきた素材の先行発注や工場のラインの確保などに必要なキャッシュ・アウトを計算しているのだろうか。昨今、業績悪化に陥っているアパレルの事業不振に陥るパターンが驚くほど共通点が多くなってきた。
例えば、素材を別注生産し、製品を作って販売し、セールにかけて売り切るという期間フローを考える。流通を短縮化すればするほどアパレルは商社のファイナンスを肩代わりすることになり、CCCは悪化、普通に考えれば一年以上かかる。わかりやすくいえば、2月に秋冬物の素材を押さえ、商品にして店頭にだすのが早くて8月〜9月、売り切るのは翌年の2月〜3月のセール。CCCは約1年なのだ。実際、商社は本邦ローンといって輸入時に180日のローンを組んでおり、財務部が現金滞留の手綱をしっかり掴んでいる。
アパレルビジネスで着目すべきポイントは現金の減少
日本の慣例である「締め、支払い」だと、遅くてもCCCは3ヶ月程度だから、キャッシュアウトとインの差は4倍以上悪化する。こうした話をすると、必ずでてくるのは「うちはメーカーに在庫を持たせているから悪化しない」という判で押した回答だ。無知もここまでくると恐ろしい。当たり前だが、期間金利をヘッジすれば、その金利は誰かが負担し、仕入原価に載ることになる。今、日本以上に金利が安い国はないのだから、高金利の途上国に金利負担させるなど、ファイナンスを知らないにもほどがある。本来、こうした財務戦略をしっかりたて資金調達時に直貿比率拡大と連動させた運転資金と投資資金に必要な資金調達を行うべきなのだ。
加えていわせていただければ、「効果が無い」といわれるコンサルタントでも、こうした基本が分かっていないアパレル企業があまりに多く、直貿化を進めるとき、金融と業務のプロであるコンサルタントを雇うべきではないか。力のあるコンサルであれば、数千万円のフィーが必要となるが、自分たちが悪化させているキャッシュフローや利益率低下を考えていただきたい。私の見立てでは、上手にコンサルタントを活用し、その予算も財務戦略として加えている企業とそうでない企業の株価や財務の健全性に天と地ほどの差があるように見える。
最近、急激に商社外しを加速させているアパレル、あるいは、工場を買収しているようなアパレル企業は、今までとは別次元の「想定外の資産流動性の低下」により即死する可能性があるというのは、こういう意味だ。「デジタル祭り」も落ち着いたいま、バリューチェーンやビジネスモデル変革で、最も危険なのはファイナンスの無知から来る無意味なコストダウンによる「突然死」なのだ。
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プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)