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SHEINの秘密、「多品種少量生産」を可能にする広東スマートサプライチェーン網とは?

shien大

中国発のD2C(Direct to Consumer)ファッションブランドの「SHEIN(シーイン)」。シーインのアプリでは毎日3000~5000の新アイテムが投入されており、そのどれもが驚くような低価格で販売されている。なぜ、シーインではこのようなアパレル販売が可能なのか。本稿ではベールに包まれたシーインのビジネスモデルを探ってみたい。

“メディア泣かせ” 謎多きシーイン

 「中国版ZARA!」「米国でダウンロード数Amazon超え!」「中国発越境D2Cファッションブランド」「コロナ禍の2020年売上高100億ドル!」──。

 注目度が高まる中国発のファッションブランド「シーイン」のことを語られるときは、こうしたセンセーショナルな言葉で紹介されることが多い。しかし、実際にシーインのビジネスモデルの核心部分を理解している人は意外と少ないのではないだろうか。まだシーインを「ZARA」や「H&M」などの延長線上にある、中国発のファストファッションブランドとして認識している人も多いように思う。

シーインは現在220の国と地域に1億2000万人のユーザー(2021年6月末)を抱える

 シーインの社歴は意外と古く2008年にまで遡る。検索エンジンのエンジニアであった許仰天(Xu Yangtian)氏が中国南京市で創業したウェディングドレス販売を専門とする「ZZKKO」が創業時の姿である。その後商品ラインを若い女性向けファッションに転換し、12年からは独自プラットフォームによるオンライン販売戦略に特化、15年に現在のシーインに社名変更している。シーインは現在220の国と地域に1億2000万人のユーザー(2021年6月末)を抱えており、金融機関の推定時価総額では470億米ドル(約5兆2000億円)に達するデカコーン企業となっている。

 時価総額5兆2000億円というと、三井住友フィナンシャルグループに匹敵する規模となるが、その割に知名度が低いという印象を持つ方も多いだろう。米経済雑誌のフォーブス誌も「シーインは企業価値に見合った認知度を得ていない」と表現するなど、メディア戦略をフル活用して実力よりも知名度が先行する中国企業が多い中で、シーインの露出の低さは際立っている。シーインはメディアを避けるように情報開示を控え、経営陣が表舞台に立つ機会もほとんどない。これほど“メディア泣かせ”の企業はなく、故にシーインのビジネスモデルはいまだ広く知られておらず秘密のベールに包まれているのである。

ユーザー側から見たシーインの魅力とは

シーインは現在220の国と地域に1億2000万人のユーザー(2021年6月末)を抱える

 まず、ユーザーが活用するアプリから、ユーザー側から見たシーインの魅力を確認しておきたい。アプリの「新着」情報には、毎日3000~5000程度の新作がアップロードされ、注目商品はアプリ内でインフルエンサーによって動画で紹介される。ユーザーはチャットを活用し、リアル店舗でショッピングを楽しむような感覚でエンタメのような買い物を楽しめてしまう。ポイントやクーポン付与などユーザーが毎日リピーターとしてアプリ訪問する仕組みが工夫され、気がつけばシーインで多くの時間を費やすアプリ設計となっている。

 こうしたユーザビリティもシーインの魅力の1つだが、同社のビジネスモデルの最重要キーポイントは、「いかに多品種の商品アイテムを毎日、廉価に提供しているのか」という点である。この謎を解くためには、シーインの製造プロセスについて考察していくことが重要となる。

中国の地図アプリ「高徳」で確認できた、広東省・番禺(パンユー)にあるSheinの工場

 シーインの全製造プロセスは、広東省・番禺(パンユー)という古くから中国ファッション産業の屋台骨を支え、多数の繊維工場を抱える「世界のファッション工場」で行われている。シーインは番禺において、主要繊維工場と位置付ける300~400におよぶコアサプライヤーと1000あまりの協力サプライヤーと契約し、かつてどのファッションブランドも設計し得なかった、小さなファクトリーが連動する巨大サプライチェーンを構築しているのである。

多品種少量生産を実現するサプライチェーンの秘密

 シーインのユニークな点は、サプライヤー選定の際、超大型工場を好まず中小規模の繊維工場と多数契約し、「大量生産」ではなく「多品種少量生産」を前提としたサプライチェーンを構築している点である。すべての工場は先端テクノロジーが導入され、多品種少量生産を実現するためのスマートファクトリー化が完徹されている。

 各々の工場はクルマで1時間程度の距離に効果的に配置されており、全体で融合された「ファッションサプライチェーン」が構築されているのである。シーインの製造サイクルは、受注してから製品納品まで5日、長くても1週間といわれており、最も製造サイクルが早いとされる「ZARA」の14日間と比較しても、圧倒的な効率性を実現しているそうだ。

 構想当初、参加するサプライヤーから「少量生産で本当に採算が取れるのか」という懐疑の声が強かったという。これに対しシーインは、現在は個性が重要視される時代に突入しており多品種少量生産の重要性が今後ますます高まっていくことを説き、インセンティブとして商習慣となっている支払期日90日を30日以下に短縮するなどの条件を示すことで、Win-Winのモデルを構築したのである。各工場で製造された個別製品は広東省内にある佛山(フォーシャン)の巨大物流センターで管理され、世界各国に商品配送されているという。

ファストファッションの大量廃棄問題に挑戦

 シーインのビジネスモデルを語る上で、もう一つ重要な論点を指摘しておきたい。

 ご存じのように、ファストファッション業界では近年、大量生産して売れ残った商品が大量に廃棄・焼却され環境に悪影響を与えていることが大きな社会的問題として取り上げられている。さまざまな企業がこの問題を独自の手法で解決しようとしており、たとえばSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)のもと、エコフレンドリーな取り組みを実践している企業の話を耳にすることも多くなった。

 そしてシーインも、この大量廃棄問題に対し独自の解決方法を提示する企業である。シーインが提示する解は非常にシンプルで、「ユーザーが欲しいものを欲しいだけ生産することが可能になれば余剰在庫が削減でき、廃棄の無駄がなくなればユーザーにより安い価格でよい服を提供できる」というものである。

 それを実現するためシーインは保有しているユーザーデータを多面的に活用し、ユーザーが好むファッション、デザイン、色、サイズ、数量などをより高い確率で予測し、それを生産プロセスに反映し、「必要なもの(多品種)」を「必要なだけ(少量)」製造すれば必然的に余剰在庫も生まれないという世界観を実現しようとしているのである。実はこうした発想は中国D2C業界では数年前から注目を集めており、シーインだけでなく多数の企業がこのような世界観の実現をめざしている。

ソフトバンクグループも中国発D2Cブランドに出資!

 最後に、2021年8月17日にソフトバンクグループ傘下の巨大投資ファンド、ソフトバンク・ビジョン・ファンド2が中国D2C子供服ファッションブランドであるPatPat (パットパット)に1億6000万ドル(約176億円)の投資を行ったことも紹介しておきたい。

 ソフトバンクグループ社長の孫正義氏は8月中旬の決算発表で中国の地政学的リスクの高まりを懸念し、中国企業への新規投資は控える趣旨の発言をしているが、そのわずか数日後にパットパットへの巨額投資を発表し、中国国内を騒然とさせた。先見の明のある孫正義氏が、リスクを考慮しても投資にゴーサインを出すほど魅力的な企業がパットパットだったというわけである。ちなみにパットパットは中国D2C領域でシーインと比肩するほど有名な企業である。

 紹介しきれていない部分も多いが、シーインのビジネスモデルが従来のファストファッションの延長線上に位置するものではないことがおぼろげながらご理解いただけたのではないだろうか。シーインは世界のファッション工場という地の利を生かした独自のサプライチェーンと先端テクノロジーをフル活用し、多品種少量生産による余剰在庫ゼロという究極の目標に挑戦するテクノロジー企業であり、ファッション業界の未来像を探る上で今後も要注目の企業なのである。

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