世界中で環境問題への関心が高まる中、大量生産と在庫セールに頼る従来のアパレル業界のビジネスモデルが転換期を迎えている。三菱商事ファッション(東京都/村田 茂CEO)は2020年7月、在庫を持たない完全受注型アパレルブランド「THE ME(ザ・ミ―)」のリアル店舗を東京・神宮前にオープンした。同社が手がける初の小売事業だ。「量産を前提とした作り方をせず、一人ひとりに合わせる」をブランドコンセプトに、アパレル業界に新風を吹き込む。
最大90分、個室でマンツーマン接客
三菱商事ファッションは、OEM(委託者のブランドで製品を生産すること)・ODM(同製品をデザインから製造まですること)の商社として、アパレル業界が抱える過剰生産・過剰在庫の課題を目の当たりにしてきた。同社デジタル事業推進本部新規事業部 セールスマネジメントチームの杉村穣氏は、「THE MEを通してサステナブルを啓蒙するだけでなく、プレイヤーとしてこの課題と向き合い、アパレル業界に新たな動きをもたらしたい」と事業立ち上げの思いを語る。
THE ME 最大の特徴は、お直し以上、オーダーメイド未満の「チューニング(サイズ・シルエット補正)」。自分の体型や好みにあった服を、一着から作ることができる。
まずお客は、THE MEの公式ホームページから事前予約をして店を訪れる(予約なしでも来店は可能)。最大90分のマンツーマン接客を行うのは「ナビゲーター」と呼ばれる専門スタッフだ。
店には、メンズとウイメンズそれぞれ約80品番のサンプルが並び、ナビゲーターが客の好みをヒアリングしながら、コーディネイトを考えていく。次に3Dボディースキャナーで首まわり、胸まわり、ウエスト、ヒップなどを採寸する。その後サンプルを試着してもらい、細かいチューニングを行う。これらはすべて個室で行われるため、客は周囲を気にせず自分だけの洋服作りを楽しむことができる。
商品はビジネスシーンを想定した「オンの服」が中心だ。汎用性の高いベーシックなデザインが揃い、セットアップ約5万円〜、ワンピース約2万円〜、カットソー約9千円〜といった価格帯で提供される。この販売価格にはチューニング料も含まれているため、客は追加料金を気にせずにサイズ調整をしたり、自分好みの服を追求できる。
商品を買う・買わないの判断を、その場でしなくていいのも特徴の一つ。前提として、店にはレジがない。「衝動買いをしてタンスの肥やしにならないよう、本当に欲しい商品をオンライン決済していただく流れをとっています」(同)。こうしたスタンスは、同社と消費者双方がSDGsの目標である「つくる責任・つかう責任」を考えるきっかけになると杉村氏は見ている。なお、来店客のうち約7割が購入に至っている。
お直し以上、オーダーメイド未満
メンズの売れ筋はセットアップ、ウイメンズはプリーツスカートやワンピースで、利用者の男女比はおよそ7:3だという。年齢層は30~40代が多く、「既製品に満足できなくなった」「ボディラインが気になり始めた」といった悩みを解消すべくTHE MEを訪れている。既製品であっても丈の補正は一般的だが、ヒップラインなどのシルエット補正は型紙からの修正が必要なため、断られるケースがほとんどだ。THE MEのサービスは、「あったらいいな」の潜在ニーズに応えているのだ。
THE MEでチューニングできるのは丈や幅だけではない。アイテムによっては、タートルネックのネックの長さや、Vネック開きの深さも調整可能。
加えて、Tシャツの丈を長く補正した場合、全体のバランスを見て胸ポケットの位置を下げるなど、もとのデザインを生かした提案も行う。このあたりは一般的な「お直し」以上のサービスといえるだろう。
デジタルを駆使して短納期を実現
洋服作りに欠かせないパターン(型紙)は、通常、人の手によって作られるが、THE MEでは顧客ごとのパターンを自動生成する。同社の取引先である縫製工場はデータ化されたパターンに基づいて服を生産し、工場から直接顧客に届けるため納期はわずか2週間ほどだ。発注から納品までの工程をシステム化することでリードタイムがボトルネックになることはない。このスピード感もTHE MEの強みだ。
THE MEのプロジェクトが立ち上がったのは2018年のことだが、最も大変だったのは、一着ずつの生産を受ける工場の確保だった。多くの工場は、小ロット生産を歓迎しない。しかし最終的に国内外10以上の縫製工場が、THE MEのサステナブルな試みに賛同してくれたという。アパレル業界の未来を願ってのことだった。
ビジネスモデルの提供進める
現在、THE MEの会員登録数は800名ほど。「まだまだ工場に甘えているのが現状です」(同)。目下の課題は縫製工場への安定的な発注量を確保することだ。一人でも多くの消費者に興味を持ってもらうため、インスタグラムなどのSNSで消費者とコミュニケーションを図り来店へと促したい考えだ。そのためにも「我々のSNSの感度をあげる必要がある」と語る。
アパレル業界は、既製品は厳しい状況が続くなか、オーダーはコロナ禍でも比較的堅調に推移する。しかもオーダーメードはセールをする必要がないから、プロパー消化率は理論上100%、利益率の管理もしやすく、セールに関わる各種手間・人手も必要ない。
THE MEがファンを増やし、「量産しなくても成立する」新しいビジネスモデルであることを証明できれば、同様のビジネスは業界内で一気に増えるだろう。
すでに三菱商事ファッションはアパレル企業複数社に対して、このビジネスモデルの導入を商談中だ。どのアパレル企業も、無駄な在庫を持ちたくないし、かといって機会ロスを容認したくもない。
アパレル業界全体が新たなビジネスモデルを模索するなか、三菱商事ファッションの挑戦は1つの解となるかもしれない。