コロナ禍で大躍進を遂げたものにテイクアウトやデリバリーがあるが、ネット通販を利用した「お取り寄せ」も注目を集めたサービスの一つだ。“家飲み”需要の高まりと合わせ、エー・ピーホールディングス(東京都/米山久社長)傘下のエー・ピーカンパニー(同)が展開する居酒屋業態「塚田農場」のメニューを、自宅で楽しむことのできるサービス「家飲み便」がひそかに人気を集めている。「家飲み便」を展開する塚田農場プラス(東京都)の森尾太一社長に話を聞いた。
前年比売上高20%台の危機を救った「家飲み便」
塚田農場プラスはもともとエー・ピーホールディングスのグループ企業として、BtoBをメインとした宅配弁当事業を行っていた企業だ。順調に売上を伸ばしていたが、そこにコロナ禍が訪れた。それまで売上の主力だったロケ弁の発注がほぼ消失、会議やイベントに伴う弁当の発注も無くなった。駅ナカで展開していた弁当販売も、外出自粛の影響を受けてほとんど売れなくなった。
売上高は対前年比で20%台という危機的状況の中、「ステイホームの風潮の中で、家飲みのニーズは増えていくだろう」(森尾社長)と考え、約3週間で急遽立ち上げたサービスが「家飲み便」だ。2020年4月末にサービスを開始、当初はウェブサイトもそれまでの宅配弁当のシステムを流用し、自社物流で注文の翌日に届けられる23区内に限った、まさに急ごしらえのサービスだった。
しかし、手応えはすぐに感じられた。当時、1回目の緊急事態宣言に伴ってグループ全店が休業となっていたこともあり、主に塚田農場ファンから「お店の味に近い」と好評を得て注文が集まったのだ。“巣ごもり”となった同年のゴールデンウィークには、オンライン飲み会の流行などもあってさらに注文数は増加した。
宅配弁当のプロだからこそ実現できた再現性
家飲み便の最大の特徴は、その「再現度の高さ」だ。塚田農場で人気のメニューを一人前ずつのセットにし、自宅で必要に応じて温め、盛り付けるだけで味や雰囲気が再現できる。もちろんこれは、ただ塚田農場の料理をパックにして届けるだけでは不可能だ。ここで生きたのが、もともとの弁当製造のノウハウだ。
たとえば、塚田農場の看板メニューともいえる「若鶏のチキン南蛮」は、店舗では揚げたてを甘酢に通してタルタルソースをかける。しかし、基本的に翌日以降に食べることが前提の「家飲み便」では、同じ作り方をしては衣がふやけてしまう。工夫として、まず衣自体を時間が経ってもふやけにくいものに変更し、甘酢に粘度をつけて絡むようにしたことで、衣の“ダレ”や“剥がれ”を防止した。
また、もう一つの看板メニュー「地鶏の炭火焼」、実は「家飲み便」の「炭火焼」では地鶏を使っていない。「地鶏の炭火焼は、調理人の技術による絶妙な火の入れ加減で出来立てを食べてこそ食材が生きる料理。しっかり火を通さなくてはならない弁当や配達には不向きで、再加熱でさらに硬くなってしまう」(森尾社長)ためで、「家飲み便」の「炭火焼」では地鶏の代わりに生産者を限定した銘柄鶏を使用することで再現性を高めている。
<訂正> 2021.8.24
本記事2ページ目下部の一部表記に、誤解を招く可能性のある不備がございましたので訂正いたします。
■「若鶏のチキン南蛮」について
該当のサービス内のチキン南蛮に使用しているのはタイ産のブロイラーです。商品の正式名称である「若鶏のチキン南蛮」において「若鶏」の表記が抜けておりましたので修正いたしました。
■「塚田農場といえば地鶏というイメージが強い」という表記について
塚田農場では一部商品に若鶏を使用していますが、全体に地鶏を使っていると感じさせるような記述になっておりました。
これを受け、現在の文章に変更しております。
■「生産者を限定した銘柄鶏を使用」について
生産者指定の銘柄鶏は「若鶏のチキン南蛮」には使用しておりません。
先の表記ではすべてに銘柄鶏を使用しているかのように読めるため、炭火焼で使用している旨を追記いたしました。
法人利用が約9割、意外なその理由とは
サービス開始当初は個人での購入がほとんどだった「家飲み便」だが、ある時期を境として大きな購入層の変化があった。1回目の緊急事態宣言が解除された20年5月末以降、“外飲み”の回復とともに注文数はやや低調となったが、2回目の緊急事態宣言に向かう年末年始には、売上が一気に伸び始めた。再び“巣ごもり”が予想される年末年始の需要や、忘年会・新年会のニーズを汲んだものかと思われたが、どうやら様子が違っていたという。
この頃の注文の内容を見てみると、それまで大半を占めていた個人購入に代わって、法人による一括注文が約9割にまで達していた。オンラインで忘年会を開催したいが、社員がそれぞれで料理を用意しなくてはならないことがハードルにもなってきており、その解決策として「家飲み便」が注目されたのだ。
法人注文では、法人から一括して注文を受け、宅配便業者がクール便でそれぞれの社員宅へ個別に配送を行う。料理を用意する手間が省けることに加えて、皆で同じものを食べ話題を共有する楽しみもあって、利用した部署からクチコミなどで社内に広まり、一気に法人のリピーターが増えたという。1月以降も法人利用の増加は止まらず、3〜4月の歓送迎会のタイミングでは、会食自粛などで消化できなかった接待交際費や福利厚生費の振り向け先として注文がさらに膨らみ、初期と比べて4〜5倍の売上となった。
全国配送、メニュー充実…進化を続ける「家飲み便」
サービスの改善にもこの1年、積極的に取り組んできた。20年夏には、自社物流を利用した23区のみの配送から、宅配便を使用した全国配送(沖縄県・離島除く)に変更。さらに、サービス開始当初の2〜3人前セットから、より利用しやすい1人前ずつのセットに変更した。これは法人注文を後押しすることにもつながった。
メニューの面では、塚田農場で提供している人気メニューの中から、自宅では再現が難しいものを中心にラインアップを充実。塚田農場以外のメニューとして、ロケ弁で人気を集めていたハンバーグと、同じく人気のロケ弁として一般にも有名な「オーベルジーヌ」のカレーとのコラボ商品を新たに販売するなどしている。
また、販売免許の申請に時間がかかっていたアルコールも、5月末より販売を開始。注文するだけで料理とお酒が一緒に届くという便利さに加えて、宮崎県のクラフトビールなどを取り扱うことでより付加価値を高めている。
スピーディーさが成功の秘訣
森尾社長は、「新型コロナワクチン接種が進めば、お取り寄せなどのサービスは縮小していくと考えている。しかし、外食や宴会は完全に元の水準には戻らないとも考えている」と話す。コロナ禍で多くの人々がオンラインの利便性やコスト削減効果を知った今、たとえば遠方から大勢で集まって会議をし、夜は宴会をするといったスタイルは減っていくと予想するためだ。また、今までは社内の飲み会に参加しづらかった子育て中の女性も、オンライン飲み会なら参加できる。これらのことから「家飲み便」は、アフターコロナでも一定の需要を維持していけるのではないかと見ている。
「コロナ禍で社会の常識が大きく変化した。そこに対応するスピーディーさが、成功の秘訣だったと考えている。これからも自分たちの事業ドメインに拘らず、幅広く事業展開をしていきたい」と森尾社長は締めくくった。