コロナウイルス感染拡大に伴う、経済の減退が止まらない。本稿ではこうした危機的状況下で、アパレル企業はどのように戦略を打つべきかを提言したい。
(今回は、河合拓のアパレル改造論2020年度版の新装第1弾原稿だったので、本来は今年度の連載の方向性と20年度の問題提起から始めたかったが、コロナショックに伴う緊急寄稿に変更した。20年度版の序論は次々週に持ち越したい)
コロナショックで 百貨店は3〜4割売上減
コロナショックによる経済減退が止まらない。2020年3月16日月曜のNYダウ平均株価は前週末比史上3000ドル安と過去最大の下落幅を記録した。米国は大型減税、財政支出などの経済対策を決め、5兆4000億円規模のコロナウイルス対策を決め株価が向上したばかりだった。日本でも、株価のテコ入れに躍起となっており、従来日本株ETFの買い入れ額をこれまでの年間6兆円から当面12兆円に増やすことを決めた。3月に入ってから9000億円以上を買い入れ、「必要とあらば財政出動を行う」と黒田日銀総裁が発言するも株価はびくともしない。
当然だ。世の中の一般投資家は政府の「貯蓄から投資へ」という口車に乗って財産を株式や投資信託に預けているため、多くの人の口座は「真っ赤」となり塩漬け状態だからだ。当然、日銀の施策で一時的に株価が上がっても「利益確定」による売りが出るから結局は元に戻る。みんな利益確定に走り、その後は底打ちまで買い入れを待つだけだ。つまり、国民の血税を使ってコロナショックの損失を穴埋めしているだけなのである。
このコロナショックは、連日のようにメディアで報道され、それらが与える経済損失はリーマンショックを超えるほどだという。私自身、4年前に生死を賭した治療を行い、ウイルスや細菌と戦った経験からいえば、細菌は薬で治療が可能だがウイルスは基本的に免疫でしか打ち勝つことができない。言い方を変えれば薬などによる根治は極めて難しい。電通や資生堂など、大企業は出勤を停止、都内に出ても人はほとんど見かけず「これが平日か?」という状況になっている。百貨店は3月前半で対前年同月比30〜40%の売上ダウンという惨憺たる状況だ。
このように国家が、そして世界が危機的状況に陥っている中、ささやかながら執筆や講演などを通して大衆に影響力を持つ一般市民として、この問題にアパレル業界はどのように取り組めるのか、経営コンサルタントとして提言をしたい。
危機的状況時は、解決可能な課題から手を打つのがセオリー
2020年3月17日の日経新聞によると、一連のコロナショックでリアル店舗は大打撃を受けているが、その一方でAmazonはなんと、グローバルで全従業員の1割にあたる10万人を新規雇用するという。
また、翌18日の記事によれば、同社は過去最高の売上を更新し、しかも、あのレナウンなど、一般アパレルのEC売上も昨対比7割の増加とのこと。いわゆる「巣ごもり消費」と呼ばれるものだが、コロナウイルスによる在宅待機、海外での外出禁止などによって、ECが一気に加速する可能性が高い。現状の日本では、オムニチャネル、ショールーミング、セールスフォースなど、EC (電子商取引)ばかりがメディアで騒がれているが、実態は、全消費の10%にも至っていない。私たちの衣料品の経済はまだまだ「リアル店舗」で成り立っている。たとえば高収益企業として知られるハニーズのEC化率は5%にも至っていない。
リアル店舗の重要性は、アパレル企業では依然として高い。同時に今回のことを契機に、EC化が急速に進むと言うわけだ。
そして、店頭を見てみると、季節は春物へと替わり、次々に魅力的な商品が並んでいる。これらは、コロナウイルス騒動がここまで深刻化する前に、プラスワン(チャイナリスクを回避するため、東南アジア、ベンガル地方などに分散生産すること)生産した商品だ。私は、いくつかのアパレルに「夏物、その次の秋冬物は大丈夫なのか」と聞いたところ、「いまのところ、なんとかなりそうです」との答えだった。しかし、直接イタリアの工場に連絡して話を聞くと、状況は全く違っていた。おそらく、秋冬物、早ければ夏物から、イタリア生産あるいは、イタリアの生地を使っている商品などは、「ノンデリ(ノンデリバリーの略、引渡し不履行のこと)」が多発するだろう。日本のアパレルがどこでそのような間違った情報を仕入れたのかわからないが、もっと冷静に一次情報を収集し、いまから対策を練るべきだ。
私も、生活必需品に加え新製品ラッシュの衣料品や食料品なども通販を利用する頻度が多くなった。売上の多くをリアル店舗に依存してきたアパレルはECの急拡大に対応できず、また、リアル店舗の激しい落ち込みというダブル・カウンターパンチで、春物の立ち上がりから10%、20%の値引き販売をして消費を喚起させている。
アパレル企業は今まで以上に「本気」になって、オンラインについて考え、効果のないデジタル投資などやめ、もっと戦略的な意思決定をすべきだ。多くのアパレルに出入りしている身から言うと、アパレル企業の明暗は「戦略」の差だ。
問題解決の世界には、「危機的状況の時には、解決可能な課題から手を打て」というものがある。大きく落ち込む売上に精神的にも迷いが出て、営業活動も「巣ごもり」状態に陥ることが多いが、いずれにせよ業績悪化は避けられないのだ。ならば、「できること」だけでもやっておこうという開き直りが大事なのである。今、アパレル企業がやるべきは、こうした、数年に一度訪れるパンデミックに備えEC割合を高めることだ。
3.11の東日本大震災を思い出して欲しい。全てのテレビ番組は中止となり、連日行われる原子力発電所の行方について追いかけていた。しかし、今の状況はどうだ。お笑い漫才師がテレビでバカ騒ぎをし、テレビドラマは何ごともなく連載をつづけ、コマーシャルも変わらずに流れている。考えてもらいたい。特効薬のないコロナウイルスだが、日本に限っていえば、現時点では人口の0.06%程度しか感染していない。ワクチンが開発されてしばらくたてば、経済はもとにもどるはずだ。冷静になって考えてもらいたい。テレビで報道されている数字と、日本、そして、世界の人口の比率を。
在宅で仕事ができないのは固定概念
コンサルファームのトップとして、私は在宅ワークを従業員に指示している。だが、用事があって昔住んでいた横浜に朝、クルマで出かけた際、恐ろしい光景をみた。それは、田園都市線の早朝出勤時の混雑ぶりで、狂気と言えるほどの満員状態だったのだ。つい最近のことである。欧米では、外出禁止令がでたというのに一体日本は何をやっているのかと憤りを感じたほどだった。お勤めをされている方からしてみれば恐怖を感じながらも、出社しなければ雇用が、昇進が、昇級といった不安に苛まれているのかもしれない。
今、日本経済はリーマンショック以来といわれるほどの最悪の状況で、とうとう日経平均は1万7000円を割った(3月18日時点)。また、あのトヨタのPBR(株価純資産倍率)が1倍を割った。株式に詳しくない読者のために解説すると、PBRが1を割るというのは、株価が下がり、時価総額(株価*発行済株式総数)が純資産(解散価値)を下回る状態のことを言う。つまり、この株価水準なら、「営業活動を止めて解散した方がよい」ということだ。
とはいえ、こうした状況は何も「世界経済の崩壊の予兆」なのではなく、いずれワクチンが開発されれば回復する一時的なものだ。私たちがやるべきことは、速やかなる復興のため可能な限り経済と人類の健康の打撃を最小化させておくことだ。そして、今すぐにでも、政府と企業は、あの早朝の田園都市線の満員電車に対して具体的な手を打つべきだ。
私が企業に問いたいのは、本当に物理的に体をオフィスビルに移動しなければ仕事はできないのかということだ。私の提言はホワイトカラーに寄っていることは承知で言わせて頂いているのだが、ホワイトカラーの仕事など、自宅のパソコンを使えば必ずできる。実際、私達のチームは、提案書は自宅のPCのPowerPointで作成しミーティングはSkypeかWebEXだ。これらのソフトウエアは無料で使えるし、PCが持ち帰れないというなら、スマホでやればよい。
「できない」というのは、会社も本人もやる気がないのである。もちろん、私は物理的に顔を合わせて語り合う会議のメリットを否定しているのではない。しかし、形式論にこだわって、自宅にいれば作業をしても「仕事は休み」で、会社に出社していれば、朝から晩まで新聞を読み、お昼は近くの喫茶店で漫画を読んでも「仕事をした」と言うことになるのだろうか。
特に、世界的にみても生産性が低い日本のホワイトカラーは、成果で仕事を計ることをしていない。本来、ホワイトカラーの仕事というのは、上司が目的と期限、そして、品質レベルを最初に定義して部下に委託させる。もともと、日本企業の「上司」の多くはマネジメントのいろはを学ばず、数字を上げられた人が上にいくという悪癖がある。数字をつくれることと部下をマネジメントする力は全く違う。
「上司」の多くは「挨拶は元気にやれ」とか、「おもいきってやれ、責任は持つから」など、具体的な戦略や目的を示さず、根性論で部下に劇をとばせば自分の仕事は終わっていると思っている人が多い。
本来上司は、毎週、その週でチームがすべきことを決め、プロセスでなく成果目標を設定し、チーム編成をおこなって、それぞれにいつまでに何をすべきかというミッションを与える。ここまでやって上司の仕事なのだ。場所など関係ない。そして、部下は納期通りに成果を出せばよい。
非常事態に景気が悪いのがなぜ悪い?
私は、このコロナショックを境に、日本の会社の「通勤地獄」がなくなり、コンサルティングファームで普通になされているPlace free (オフィスでも自宅でもどこでの仕事ができるやりかた)が一般化するきっかけになればよいと思う。そして、そもそも生産性の低いホワイトカラーの仕事の質を、時間でなく成果で計るやりかたに変えるべきだろう。もはや、我々日本人の時給を鑑みれば、時間などは仕事の付加価値とはなんら関係ないのだ。
もちろん、物理的にオフィスにある機器や特別な仕事をしている人達は上記にあてはまらない。また、もっとも打撃をうけている外食などの店頭にいらっしゃる方への影響が凄まじいものがあることは知っている。こうした方達には、人類の科学と医学がウイルスに打ち勝つまでの雇用と給与の保証を政府がすべきだ。ANAが5000人の特別休職を決定し、給与を保証したというニュースをきいて、政府は一体何をしているのか、と憤りを感じた。こういうときにこその血税ではないか。ANAのような対応ができない多くの中小企業に対して早急に、雇用の確保と損失の補填を決定すべきだ。
こうした二段構えで、「そのとき」が来るまで我々は耐え抜き、そして、これを期に仕事のやり方を大きく変え、政府も株価をあげることばかり考えるのでなく雇用の質を正規、非正規に関わらず保証をし、国民は自宅待機をして「その時」を待つ。ターンアラウンド(企業再生)には、「ジャンプする前に一度必ずしゃがむ」という格言がある。これは、企業の売上・赤字、国家のGDP下落などをおそれないということだ。むしろ、思い切って経済を失速させ、ウイルスに人類が勝利をしたあとに速やかに再建できる下地を用意すべきである。
次週、今回挙げた課題をまとめ、アパレル企業が取り組むべき4つのことを提言したい。
プロフィール
河合 拓(事業再生コンサルタント/ターンアラウンドマネージャー)