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VUCA時代の小売と消費のカタチ・前編 コロナ禍の今こそ向き合いたい、小売の「4つの役割」とは?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の問題が世界中を騒がせている。街に人が出歩かなくなり、海外からのインバウンド需要も激減し、百貨店やドラッグストアをはじめ日本の小売店やメーカーなど小売業界への影響は深刻だ。マスクの入荷が追いつかない、ネットのデマでトイレットペーパーが売り切れる、時間短縮を迫られる店舗なども出始めている。刻々状況が変わるなか、小売業界では臨機応変な対応が求められる

Photo by da-kuk

先が見えない時代、小売業はどう対応すべきか?

 今回の新型コロナウイルス感染拡大問題はまさに、VUCA(ブーカ)の時代を象徴する出来事である。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つの頭文字から取られた言葉で、現在のデジタル化やグローバル化を背景にした「先が見えない時代」を象徴するキーワードだ。

 今回のコロナショックも、最初はミクロな局所的流行から始まった。しかしグローバル化で人や物が行き交い、デジタル化で情報が瞬く間に拡散するようになったことで、世界経済に影響を与えるマクロ的事象へと広がってしまった。では今回のコロナ問題に象徴されるVUCA時代において、小売業界に関わる我々はどう対処すべきなのだろうか。

 自己紹介が遅れたが、筆者は小売業界のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進するリテイルテック・スタートアップである株式会社フェズで働いており、またマレーシアやオランダをベースにリモートワークで世界の小売業態についてリサーチを重ねている。今回はこうした視点から、コロナショックにより打撃を受けている日本の小売とメーカーの皆様を、僭越ながら少しでも勇気づけたいと思う。本稿では「VUCA時代の小売と消費」前編として、「リテイル」の語源にさかのぼり、小売業界の「本質的価値」は何かに迫りたい。翌日公開の後編では、グローバルにおける小売のあり方を見つめることで、多面的視点でこれからの「小売と消費のカタチ」について考察を進めていきたい。

オランダの小売店に貼られたコロナウイルス対策ポスター(人との距離を1.5メートル取って欲しい と呼びかけている)

小売を表す「リテイル」の言葉の語源とは?

 そもそも対処療法的にコロナショックを捉えても、本質的な解決にはつながらない。今回は小売の原点に立ち返って、議論を進めたい。そもそも皆さんは、小売と訳される「Retail(リテイル)」という言葉の語源をご存知だろうか。

 実はリテイルの由来は「切り分ける」ことだ。 もともとはretaillier(小さくする)を意味し、「詳細」を意味するdetailなどと同じ語源を持つ。物々交換の時代は、交通網も発展しておらず、物は大変貴重であった。そのため「必要な人に、必要な分だけ、切り分けて届ける」という小売は、人々にとって大切な存在だった。シンプルな「必要な人に、必要な分だけ届ける」というコンセプトは、一見あたり前に思える。しかし現在の小売業界は、遠い昔に生まれたこのコンセプトを、どれだけ実現できているだろうか。

 実際、今回のコロナショックで言えば、一部の消費者による転売目的の買い占めなどにより、本当に必要な人にマスクが行き渡らなかった。つまり届けるべき「必要な人に届けられていない」状態が発生した。またマスクを必要とする人に対しても、買い溜めした一部の人と大多数の手に入らない人の不平等感が生まれた。つまり「必要な分だけ届ける」ことが徹底できなかった。これは今回のような緊急時だけに限らない。例えば我々は、日々多くの情報と商品に囲まれており、本質的に自分にとって一番必要な商品に出会いづらくなっている状態だと言える。テレビで見た商品の影に埋もれる一方、本当に消費者が出会うべき商品に出会える理想の店頭はまだ実現できているとは言えない。そう考えると「必要な人に、必要な分だけ届ける」という言葉が持つ難しさが実感できるだろう。

今こそ向き合いたい、小売の「4つの役割」とは?

 では「必要な人に、必要な分だけ届ける」ために、小売はどうあるべきか。ここでは小売の基本的な役割に向きあってみたい。いわゆる小売(卸売含む)の役割としては、以下の4つの原理が有名だ。

①取引数極小の原理

 これは小売が取引を仲介することで、生産者と消費者が個別にやりとりするよりも取引数を減らせることを表す原理だ。例えば、10人の生産者と10人の消費者が個別に取引した場合、10×10=100の取引となってしまう。一方、小売が仲介することで生産者も消費者も1つの小売とのやりとりで済むため、結果として10+10=20の取引数で済む計算となる。

 しかし、現代はD2C(Direct to Consumer)などデジタルで生産者と消費者が直接やりとりできることで便利になると言われている。しかし本当にそうだろうか。全ての消費者と全ての生産者・メーカーがそれぞれ直接やりとりすることは、多くの無駄な取引コストが生まれるため、地球環境に与える影響などをみると、マクロな視点では無駄が多く非生産的な仕組みだとも言える。もちろん今後D2Cはますます影響力を増していくトレンドであることは間違いない。しかし小売が本来持つこの役割の重要性についても、一層際立ってくるだろう。

②不確実性プールの原理

 続いて消費者の代わりに小売店が在庫を保管(プール)する役割を表す原理を紹介したい。つまりお店がなければ、消費者一人一人が個別に在庫を持つことが必要になるため、多くの無駄が発生してしまうということだ。まさに今回のトイレットペーパーの買い溜め騒動などは、消費者それぞれが在庫を持つことで、多くの無駄が発生してしまい、世の中に機能不全を起こした事例だといえる。

③購買代理の原理

 また消費者の代わりにモノを買っておく、という役割もある。個別に購入や仕入れを消費者が行うと、買い物だけで日々の時間がなくなってしまう。小売のバイヤーがきちんと確かな商品を発注し店頭に並べてくれることで、消費者は店を訪れるだけで、いちいち「この商品は安全か?」「信頼できる物か?」と頭を悩ませる心配がなくなるのだ。この役割は現在、ID POSデータとAIなどのデジタルテクノロジーを活用することで、適切な需要予測から店頭での欠品を減らし売上をあげることなど、さらに可能性が広がってきている。

④販売代理の原理

 これは、生産者の代わりにモノを販売してくれるという役割を表す原理だ。メーカーが個別の消費者に一人一人販売しないといけない場合、工場はその販売業務に追われ、物を生産する時間がなくなってしまう。販売する機能を小売に任せることで、メーカーは「商品開発」と「生産」という強みにフォーカスでき、分業による価値の最大化ができるのだ。また消費者にとっても、小売店が他社商品と並べて客観的に陳列してくれることで、必要な商品を選びやすくなっている。これからは小売店の購買データをメーカーが活用できるような仕組みが整っていくことで、ますます世の中から求められる商品の開発や生産に繋がっていくだろう。

コロナ禍を、小売の本質を見つめ直すきっかけに

 今回、上記の4つの基本原理を取り上げた。それに加え、小売は買い物自体を楽しむと言う「エンターテイメント」としての機能、地域交流の場としての「コミュニティ」機能、地域経済を活性化させ「雇用を生み出す」機能なども担っている。

 ここまでは「必要な人に、必要な分だけ届ける」と言う小売の起源と、小売の役割を見てきた。こうした視点を踏まえ、日本の小売業界はコロナショックをどう捉えるべきだろうか。思えば、私たち人間は、将来に対して不安があっても、普段は目の前の忙しさに流され、なかなか変われない生き物だ。だからこそ今回のような重大な危機こそが、変革のドライバーになり得る。周りが思考停止に陥っている中、まずは小売の本質を見つめなおすこと。後編では、オランダやマレーシアなどグローバル視点での小売の視点を紹介し、VUCA時代の小売と消費のカタチについて、具体的に論じていきたい。

 

つつみ・ふじなり
新卒で電通に入社し、コピーライター、デジタルプランナーとして、様々な小売・メーカーの店頭プロモーションやブランディング、人工知能を活用した新規事業などを担当。その後マレーシアのELM Graduate Schoolにて、MBA(経営学修士)取得。現在は「消費、そして地域を元気にする」をミッションに小売業界のデジタル革新を担う株式会社フェズに転職し、クリエイティブ・ディレクションと広報に従事。オランダ在住のリモートワーカーとして、EU圏からアジア圏まで、海外リテイルのトレンドについてもリサーチを進めている。