メニュー

アパレル業界再編のトリガーは?A.T.カーニー福田稔氏が見通す

コロナ禍でどん底に落とされた衣料品の小売業が明るさを取り戻している。ただ回復の度合いは一様ではない。また、将来を楽観視できない環境変化も起きている。アパレル業界の最近の動きや構造変化などについて、経営コンサルティング会社、A.T. カーニー(東京都/関灘茂日本代表)の福田稔シニアパートナーに聞いた。※取材は2023年11月に実施

zhudifeng/iStock

「選ばれる理由」がないと生き残れない

──現在のアパレル業界全体のトレンドについて教えてください。
福田 アパレル業界は、コロナ禍からの戻りが見られ、前年比の伸びはプラスで推移しています。ただ、消費者から選ばれるブランドを持っているか否かによって、明暗が分かれています。2023年の秋冬は「リベンジ消費」が一巡し、苦戦しました。気温の低下が遅れたこともありますが、消費者の心理が不要不急の消費材への支出を落ち込ませ、それが顕著に表れたという印象もあります。これは日本だけではなく、アメリカや中国も同様です。中国の中間価格帯がとくに厳しいです。

 その中でもアウトドアやゴルフ系のブランド、あるいはウエルネスを前面に押し出すブランド、サステナブル(持続可能)といった社会のトレンドに沿っているブランドの業績は比較的堅調です。

──そうした苦しい状況への対応策はありますか。
福田 プライベートブランド(PB)を持たないナショナルブランド(NB)中心の小売業はとくに弱いです。ECでもどこでもNBは買えます。消費者は物を買うことに相当セレクティブ(選別的)になっています。選ばれる理由を何かつくらなければ買ってもらえません。大きな改革が必要だと思います。

──低価格アパレルへの需要はありますか。
福田 結論から言うと、大いにあります。消費の二極化が起きていて、ラグジュアリーか低価格に集中しています。低価格ゾーンは中国発の「SHEIN(シーイン)」が伸びていてレッドオーシャンですが、社会的なニーズはあります。

──超・低価格とまではいかない、「しまむら」「H&M」「ジーユー」などの低価格ゾーンはどうですか。
福田 シーインによって価格を下げる圧力は効いていると思いますが、リアル店舗をもつ強みを活かせば戦いようはあります。ただ、今挙げられたようなメジャーなブランドはまだいいですが、そうではない低価格ゾーンのD2C(消費者直売)ブランドなどは苦しいのではないでしょうか。

サステナブル開示が業界再編を誘発する

──サステナブルに対するニーズはあるのでしょうか。また、サステナブルブランドは国内でどの程度成長できるのでしょうか。
福田 業界全体の要請として、サスナビリティ(持続可能性)に関するさまざまな基準の開示や順守が今どんどんルール化されています。欧州ではすでに自社の環境負荷条項を開示するようになっています。

 国内でも経産相の諮問機関である産業構造審議会内の繊維産業小委員会で、6月に「環境配慮情報開示ガイドライン」が公表されました。上場企業であれば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)対応が必要です。

 また、消費者側も変わってきていて、多少お金が高くてもサステナブルなブランドを選ぶ人がだいぶ増えています。この動きは規制側、消費者側の両方で強まっていくでしょう。

 ただ、コンセプトとしてサステナブルがビジネスになるかどうかは別の話です。サステナビリティの順守はアパレルビジネスを手掛ける前提として守るべきことです。それを売るためのトレンドとか、もうかるかどうかで捉えるのは、間違っています。

──ルールの順守にはコストがかかるので、対応するには企業の収益力が今後より重要になるということですね。
福田 そうです。アパレルに限らず、さまざまな消費材で中堅企業の淘汰が今後起こると思います。グリーント・ランスフォーメーション(GX:クリーンエネルギー中心の社会への変革)は、コストがかかるため、企業によって明らかに差が出るでしょう。

──対応するためには最低どの程度の企業規模が必要でしょうか。
福田 難しいですが、上場企業でも最低売上高1000億円程度は必要なのではないでしょうか。非上場であれば開示コストはだいぶ減りますし、必要な対応を行えばよいので、ハードルは下がると思います。

──サステナブル情報の開示を回避するためMBO(経営陣による買収)による非上場化の可能性もありますか。
福田 検討はできますが、イグジット(投資回収)が難しいと思います。たとえば日本は同じ業態で売上規模が横並びの会社が多いので、上位23社へのロールアップ(連続的な企業買収)や集約が進んでいくでしょう。

──集約するためにどんな動きが考えられますか。
福田 商社主導による合従連衡が進んでいくかもしれません。2022年に日鉄物産の繊維事業と三井物産アイ・ファッションがMNインターファッション(東京都/吉本一心社長)に事業統合したような動きが今後も起こると思います。

 ブランド側も、たとえば他ブランドを買収するパターン、ファンドが投資するパターン、アパレルに参入したい別事業を行っている企業や総合リテールが専門店の一つとしてアパレルを買うなどさまざまなパターンがあり得ると思います。

日本企業に必要な文化への投資

──マッシュホールディングス(東京都/近藤広幸社長)が22年12月に米投資ファンドに過半数株式を売却しましたが、ファンドが資金提供するような魅力あるブランドはまだ国内に眠っているのでしょうか。
福田 眠っています。たとえばフランスのLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(以下、LVMH)が次代に職人や技術を継承していくために設立した「LVMH メティエ ダール」という受け皿会社がありますが、昨年春にクロキ(岡山県/黒木立志社長)というデニムの生産会社と提携しました。世界のジーンズのほとんどが合成インディゴという染料で染めるのですが、岡山と広島の産地は天然の藍染めができるので、世界ですごく評価されていて、ラグジュアリーブランドが直接投資しているのです。そうした日本の産地をうまく活用したブランドはvisvim(ビズヴィム)やsuzusan(スズサン)などいくつかあります。

 ブランド側は海外展開していくためのノウハウやリソース(資源)がないので、それをファンドに期待しています。ファンドが熱い視線を送っている国内のデザイナーブランドはどこも中小企業なので、それらを企業化していくことが一つの課題です。

 フランスの場合はLVMHがコングロマリット(複合企業)化して、ブランドを買収して、世界のビジネスにしていくことを国策として進めていましたが、日本ではどこが担うかが課題です。

──日系も外資も関係なくファンドが主導しています。
福田 そうですね。国内は官民ファンドのクールジャパン機構(東京都/川﨑憲一社長)がそれを推進する位置づけになってはいます。LVMH系のファンドもすごく興味を示していて、アパレルではないが、エトヴォス(大阪府/尾川ひふみ社長)という日本のクリーンコスメや眼鏡店チェーンのOWNDAYS(オンデーズ:沖縄県/海山丈司社長)に投資をした実績があります。日本の消費財ブランドに注目している海外のブランドもあります。

 私は日本のファンドか商社にその役割を担ってほしいと考えています。本来は日本の大手アパレルが手掛けるべきだと思っています。文化に投資するという視点を日本の企業は持つべきだと思います。