「指導」や「育成」と信じ込み、次々に部下を潰す上司の具体的な事例と解決策を5回連続で紹介する当連載。私が信用金庫に勤務していた頃や退職後に籍を置く税理士事務所で見聞きした事例だ。特定できないように一部を加工したことは、あらかじめ断っておきたい。今回は、中小企業メーカーの社長が、若手・中堅の社員をやる気をなくさせていく様子を紹介したい。
第4回の舞台:精密機械メーカー
精密機器メーカー。創業約40年で、社員数は110人。
経験がないのに、部下をマイクロマネジメント
人口15万人ほどの地方都市。ここに、地元では名が知れた精密機器メーカーがある。現在の社長は60代前半で2代目。父が創業者で、現在は80代後半の会長。
社長はこの数年、雑誌に「次世代を担う中小企業経営者」として時折、登場する。有名な大企業と提携し、様々なイベントをしかけるなどパフォーマンスは巧みだ。創業経営者の父を意識しているのか、独自性を演出しようと躍起になっている。
1年半前、創業以来はじめて広報課をつくり、20代半ば~30代前半の2人の女性社員を配置した。2人にホームページや社内報の編集制作をさせるが、あらゆることに社長が介入してくる。思い入れが強いのか、企画からアップロードまですべての会議や打ち合わせに参加し、指示をする。「熱心」と言えば聞こえは良いが、実際は言っていることが、その都度コロコロと変わる。実は社長、この分野の仕事の経験はない。
2人が疑問を呈すると、途中で遮り、言い放つ。「お前たちでは、まだムリだな。俺がやんなきゃあ、ダメなんだな」。2人が外部の編集制作会社に発注した原稿が仕上がると、隅々まで目を通す。老眼鏡をはずし、顔を原稿に近づけ、数時間、黙ったまま書き込む。
この間、各部署から社長のもとへ届く報告への回答はどんどんと遅れる。各部署の業務は全般的に遅れているが、意に介さない。
2人は顔色をうかがい、常に判断を仰ぐ。いつしか覇気のない表情になり、仕事をのろのろとこなす。今や笑うこともなく、怒ることもない。社長は「元気がないな。どうしたんだ?」と声をかける。2人はうつむいたまま、かすかに苦笑いをする。
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こうすればよかった!解決策
賢いバカになれば、部下はついてくるし、慕ってくれる
中小企業のワンマン経営者に見られがちな事例といえるかもしれない。私は、次のような教訓を導きたい。
こうすればよかった①
役割分担と権限委譲、「適度なあきらめ」があるか…
会社での人材育成は、社長や役員、管理職の力だけではできない。この社長は、それを正しく理解していない。ひとりで部下を育てることができる、と本気で信じている。小さな会社では、社長が得てして単独行動を繰り返し、いつまでも「人材育成の仕組み」をつくれないがゆえに、部下を潰す傾向がある。
この仕組みをつくるためには、ある程度の役割分担と権限委譲、そして「適度なあきらめ」が必要になる。ところが、この社長は真逆だ。すべてにおいてひとりで権限を握る。そして、部下が何かしたときに、その結果に妥協やあきらめをしない。むしろ、現実離れした水準までがんばろうとする。実は、そんなレベルには社長自身も達していないのに、だ。それでも、本気でできると信じ込んでいる。この「独りよがりで、執拗ながんばり」が、部下を潰していることに気がつかない。
こうすればよかった②
「賢いバカ」になろう
特に小さな会社の社長や役員、管理職は部下を育成するために、ある種の演出をしないといけない。「(自分はこの仕事が)デキナイ」と連発し、部下が意見や提案を言いやすくし、仕事に真摯に向かうように誘うのだ。たとえば、「〇〇さん、俺はここができないから、教えてよ」「私はこれはできないから、〇〇さんに任せる。2日に1回は報告はしてね」…。こんな具合に、「賢いバカ」になりきり、双方の精神的な壁を低くする。これでこそ、互いに支え合える。
自分が権威を失うのではないか、などと心配はしなくともいい。「賢いバカ」の上司には、必ず、賢い部下がついてくる。上司が演じていることぐらいは、わかっているのだ。ところが、今回の社長は自ら「デキル」を連発する。これでは、部下との間の壁はますます高くなり、部下は意気消沈としていく。部下と競い合い、「俺がやんなきゃあ、だめなんだな」と勝ち誇っている限り、育成はできない。
神南文弥 (じんなん ぶんや)
1970年、神奈川県川崎市生まれ。都内の信用金庫で20年近く勤務。支店の副支店長や本部の課長などを歴任。会社員としての将来に見切りをつけ、退職後、都内の税理士事務所に職員として勤務。現在、税理士になるべく猛勉強中。信用金庫在籍中に知り得た様々な会社の人事・労務の問題点を整理し、書籍などにすることを希望している。