商習慣の違いや言語の壁などから、海外小売業の成功が難しいとされる日本市場。今年7月に日本上陸10周年を迎えるデンマーク発の雑貨店「フライング タイガー コペンハーゲン」(Zebra Japan 東京都/松山恭子CEO)は、日本進出時の爆発的なブームと、その後の停滞期を経て、コロナ禍である現在も全国に36店舗まで拡大中(2022年5月現在)。生き残りをかけて行なった“タブー破り”の構造改革とは。
3日で全商品がほぼ完売。ブームの先にあったのは
「ダイソー」「3COINS」など日本には“ファスト雑貨”と呼ばれる質の良い低価格帯の雑貨店が豊富にある。そんな中、路面店から大型ショッピングモール、首都圏エリアだけでなく、最近では地方でも見かける機会が増えたのが、北欧雑貨を数百円から楽しめる「フライング タイガー コペンハーゲン(以下、フライングタイガー)」だ。
フライングタイガーは2012年に日本に上陸した。大阪・心斎橋のアメリカ村に日本一号店がオープンすると、噂を聞きつけた客が殺到し、3日間でほぼ全ての商品が欠品。その後2ヶ月間は、休業と営業再開を繰り返すことになったという。その後も出店すれば行列ができるという熱狂ぶりで、2015年までに24店舗まで拡大した。しかしブームは徐々に落ち着き、2015年から2017年にかけて停滞期に陥った。目が肥えた日本人は、熱しやすく冷めやすい傾向にあるからだ。
“デンマークらしさ”どこまで貫く?
フライングタイガーのビジネスモデルは、本家デンマークで作られたもの。それをそのまま日本に輸入した形だ。魅力は、人気の北欧雑貨を数百円から楽しめることで、キッチン用品、文房具、フィットネス用品から菓子類まで、数千点におよぶオリジナル商品は、デンマークの専門チームがデザインを手掛けている。商品はおしゃれなだけではなく、ユニークだ。「これはどうやって使うんだろう」と客が立ち止まって商品を手にとって、「なるほど」と頬を緩ませる姿は、フライングタイガーでは珍しくない。
イースター、新学期、ハロウィンなど毎月のキャンペーンごとに数百という単位で新商品が誕生し、それらは小ロットのため、なくなり次第終売となる。お気に入りに出会ったら、その場で購入しておくのがベター。二度と出会えないかもしれない一期一会の楽しさがある。なお、店内は一方通行(ワンウェイ)であり、何度もぐるぐると回って買い物を楽しむ店舗設計となっている。
日本のダイソーや3COINSが「モノ起点」だとしたら、フライングタイガーは「ヒト起点」だ。「創業者のレナート・ライボシツは、モノというより人と人をつなぐコミュニティを作るために、フライングタイガーを創業した」と話すのは、日本でフライングタイガーを運営するZebra Japanの松山恭子CEO。フライングタイガーのコンセプトは、人と人を近づける商品をつくり提供すること。根底にあるのは、“Hygge”(ヒュッゲ:デンマーク語)という北欧文化だ。大切な人との心地いい時間や空間を指す言葉で、世界幸福度調査の上位国であるデンマークらしい世界観がある。従業員も大切にする同社の離職率は7%(2021年度)と低く、店長の半数以上は、アルバイトからキャリアアップしていったフライングタイガーをこよなく愛するベテラン社員たちだ。
こうした企業文化は、商品や店に反映される。日本人の目に新鮮に映り、フライングタイガーの熱烈なファンは少なくない。ユニークな商品が“バズる”こともしばしばだ。
日本用にローカライズ
一方で、デンマークの文化が、日本人のライフスタイルにマッチしない点も少なからずあった。
「ヒュッゲの概念をお客さまにお伝えしたくても、日本人にはなじみが薄い。またフライングタイガーが北欧出身であることはご存知でも、デンマークとは知らない方が多い。マス広告を打たないブランドでありながら、女性の認知度は5割程度と驚異的に高いが、 “知ってもらっている”という過信が、店をつぶすことになるまいかと危機感を抱いた」と話す松山 CEOは、停滞期にあたる2017年に縁があって同社に入社した。経営企画部で手腕を振るったのちに、現在はCEOの立場で、さまざまな改革を推し進める。「ブランドを存続・成長させるためには原点回帰し、ゼロからブランドの強みを生かすよう構造改革する必要があった」(同)
ヒュッゲという言葉の代わりに、大切な人と楽しむ一時としてホームパーティーという切り口で啓蒙活動を行った時期もあったが、「パーティーは毎日開くものではないため、決して日常的ではない。そこで、主要ターゲットの見直しを行い、全方位型からファミリー層へシフトした。『お母さんが欲しいものってなんだろう』という視点で、パーティーグッズに加え、知育玩具やゲームなどファミリー向け商品の構成比を向上した」(同)
世界初のタブー破りも
2015年頃からは都心部の既存店の売上が思うように伸びていないため、規模と立地の両軸で出店モデルの見直しも行い、ファミリー層が通いやすい郊外モール型への出店を強化した。テナントで借りられるスペースは限られため、標準店の売場面積は約150坪以上のところ、100坪未満の規模に縮小しての出店だ。
また、将来の布石として、事業開発部を設置。全国で店舗のないエリアには、期間限定のポップアップストアを出店し、試験的にタッチポイントを増やして、新たな客層への販売機会を設けている。成功事例は、東京・足立区の北千住マルイストア。同店は2020年3月より約1年、ポップアップストアとして展開。好評を得たことからフロアを移動し、常設店舗化することになった。同店は、デンマーク本社がタブー視してきた50坪以下という小型店であるだけでなく、非ワンウェイ店でもある。
「都心のワーキングママは多忙。一方通行の道なりに沿ってじっくり商品を物色する時間はなく、日本人の買い物は時短であることを伝えて、本社をなんとか説得した」(同)。フライングタイガーは全世界で約900店舗を展開しているが、『店舗はワンウェイであるべき』というタブーを破ったのは世界で初めてのことだったという。
コロナで絆深まり。コミュニティ活動はオンラインで
コロナ禍によるグローバルでの販売不振もあり、2020年11月下旬に米国内の全店舗を閉鎖することとなった。日本でもまた感染拡大に伴い、2020年に約2カ月間、全店舗の営業を停止している。その間「こんな時だからこそ必要なブランド」と多くの声が寄せられたことを受け、急遽、簡易版ECを用意。営業再開後は順調に売上を戻し、コロナを機に2020年6月には、本格的にECを立ち上げたことで、店舗のない北海道エリアの客が増えるなど、意外な副産物もあったという。
また、コロナをきっかけに深まったのは、ファンとの絆だ。フライングタイガーが他のファスト雑貨と異なる点は、ファンが集うコミュニティ「部活」を結成していること。会員数は2000名まで拡大している。時にはファンが講師を務め、コロナ前は、商品を素敵にアレンジするワークショップなどを店舗のイベントスペースで行っていた。コロナ後は、こうしたイベントをオンラインで行うようになった。たとえば、「父の日」をテーマに、30分ほどインスタでライブ配信を行って手作りギフトを作るなど。同社のインスタグラムのフォロワーは20.6万人(2022年5月現在)。オンラインでイベントを行うことで、全国のファンがワークショップに参加できるようになり、ファンの絆は一層深まった。
タブーを破ってまで押し進めた構造改革
また、2021年から始めたのが、利益を生み出すべく商品をコントロールする「リバイ(再生産・再販売)」システムだ。前述したように、フライングタイガーは、毎月新商品が出るという目新しさが魅力だが、それゆえ、その時即買いしなければ二度と同じ商品に巡り会えないという側面もあった。「これまでヒット商品をメディアが取り上げてくださっても、それを見たお客さまが来店した頃には完売してしまうことも多く、お客さまをがっかりさせ、同時に機会損失につながっていた。そこで、本当に必要とされる商品のみデンマーク本社に再生産依頼をかけることで、“売り切れごめん”の業態から一歩前進した」(松山CEO)
これにより、機会損失リスクを低減するだけでなく、PR効率の向上にもつながっているという。例えば、ヒット商品の「スマートフォンプロジェクター」(1,600円・2022年5月現在)。2020年10月~2021年1月まで販売したところ、約1万本を完売した。通常ならこれで終わるところを、再生産依頼をかけ、2021年4月~2022年1月までに2万本以上を売り上げている。ちなみにヒット商品は、1,000円以上と販売価格が高いものが多く、リバイの仕組みを構築することで、薄利多売のビジネスから転換することも視野に入れているという。
本社が長年貫いてきたモデルは、「商品は、売り切りごめんの新商品か、定番商品の2種類のみ」だ。しかし、コロナ危機のように、誰も想像しなかった事態に陥った際に変容できないものはやがて淘汰される。フライングタイガーの日本舞台は、長年守られ続けた“掟”を破ってまで構造改革を行い、勢いを取り戻したのだ。