前回、成熟経済下における「顧客起点のKPI」の基本的な考え方を紹介した。この論考は、それなりの反響があり「より具体的な運用方法を教えてもらいたい」という質問が押し寄せた。私が提唱する「顧客起点のKPI」の運用、今でも産業界が疑いもせず使っている「商品起点のKPI」が産業を地獄に陥れている構造とDXが進まない原因をご説明しよう。
我々が使っているKPIは、すべて顧客無視の商品起点
まず、先週号で私が提示した「次世代のKPI」は以下のようなものだ
- CPA<LTV(客単価/年 x 離脱までの期間 x 粗利率)
- 流入顧客 > 流出顧客 (ROAS*向上とブランド力強化)
*Return On Advertising Spend、広告の費用対効果
告白すれば、私自身が近著『生き残るアパレル死ぬアパレル』(ダイヤモンド社)にて、4KPI**を挙げ、これまでアパレル企業ごとに定義も運用も異なっていた「商品起点のKPI」を統一すべきと提唱した。これは「アパレル企業の今の姿」を正しく計測する意味はあるものの、このKPIを使ってビジネスをこの先も進めていくと、デジタル化・EC化率が過速度的に高まっていくアパレル産業を窮地に追いやるといったら驚くだろうか。
**プロパー消化率、オフ率、残品率、商品企画原価率の4つ、その正しい計算方法、使用方法は本書を参照のこと
この「次世代KPI」の意味するところはシンプルだ。
まず、一人の顧客が一年間にいくらお金を落とすのか、そして、その数が何人増えたのかによって売上が決まる。もし、売上が下降してきたら、「自社ファンの顧客が離脱した」と考え、「適切な顧客獲得コスト対効果」、および「流出(離脱)防止施策のためのブランド力強化」に力を入れれば良い。顧客数が増えているのに、利益率が減っているのなら、「顧客が落としているお金が減ってきている」ことを意味する。その要因は「一点単価が低いか」「セット率が低いか」「購買頻度が低いか」のいずれかだ。「女性が年間に服を買う数は平均18枚」と環境省のHPに書かれているわけだから、そのシェアをどこに奪われ、どうすれば取り返せるのかを差別化戦略の中心軸におけばよい。
極めて合理的でシンプルなKPIと自負している。
ではなぜ、従来のアパレルKPIは産業を窮地に追いやるのだろうか。
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従来のKPIがアパレルを窮地に追いやる理由
まず、誰もがその妥当性さえ疑っていない「MD(マーチャンダイジング)業務」というものがあるが、これは、文字通り、読んで字の如く「マーチャンダイジング(商品)計画」であり、売上計画を週別、月別に落とし「商品」投入時期を決め、さらに、そこから調達計画をきめてゆくものだ。最近では、キャッシュフロー経営が重要になってきたということから財務部と連携し、必要あらば、分割納入や商社金融などの可能性も検討対象となっている。しかし、何度も指摘しているように、この段階で、MD業務に「顧客のビッグデータ」は活用されていない。あくまでも、過去のアイテム別商品動向から将来の動きを予測する。
「MD業務」は、致命的な欠陥を持っている。理由は、市場が18億枚〜20億枚しか吸収しないのに、2万社弱あるといわれる日本のアパレル事業所からは、毎年必要量の2倍の35億枚〜40億枚も投入され、昨年度の持ち越し分を合わせると、桁違いな過剰供給になるからだ。具体的には、
こうした在庫過多は、「顧客」が不要と考えているにも関わらず、自社の売上都合で在庫をため込み、物理的に不可能な「1リットルしか入らないバケツに2リットルの水を入れようとしている」から起こっていることだ。
論理的に考えれば、クイックレスポンス(QR)もAIの需要予測もこの問題は解決しないことは明らかだ。単に作りすぎているだけなのである。これは、調達段階から「顧客」(自社の商品を優先的に買ってくれる人)のパフォーマンスから、調達量を算出しないからだ。
もう少し噛み砕いて解説してみる。
例えば、売上が100億円だった場合、この意味を
- 平均単価 3,000円の商品が、約300万枚売れた
- 客単価 (商品一点単価 x セット率 x 購買頻度/年=60,000円)が、17万人買ってくれた *一点単価を3000円、セット率を2、
年間購買頻度を10枚と暫定的におく
のどちらで考えるか?
ほとんどのアパレル企業は1で判断するはずだ。私が提唱する2.「次世代KPI」で考える企業は、通販企業を除けば皆無だろう。だから、そもそもの数量から間違えてしまう。もちろん、ユニクロのように単一ブランドで売上8000億円(国内市場)まで規模の経済が働けば話は別だ。
思えば、「商品粗利」、「商品消化率」、「商品評価損」、「ABC分析」など、私たちが使っている、ほぼ全てのKPIは「商品ベース」で、ここに疑問も持っている人はいない。
これは、バブル時代から全く変わっていない、売上を上げようとすればするほど、商品投入量を「将来の売上」と考え作りすぎるわけだ。その結果、余剰在庫が残された。
今は顧客のニーズが多様化し、買い換えサイクルが長期化、二次流通市場が拡大している。そうした環境では、誰が買うのか分からない「玉」を仕込むより、「買ってくれた実績のある顧客」を追いかけ、「一点単価」「セット率」「購買頻度シェア」のいずれかを分析し、総購買層の中から異常値になっている顧客クラスターに対し、具体的な原因究明と解決案を向上する施策を、デジタル技術をつかって実行する方が理にかなっているだろう。
これがデジタルマーケティングである。
やりたくてもできなかった顧客ベースKPIとデジマ解禁のトリガ
バブル時代、衣料品の主販路は百貨店であり、その顧客データは百貨店の資産であり、テナントであるアパレル企業はどうすることもできなかった。その後、ショッピングセンター、ファッションビルが増え、アパレル企業による「直営ビジネス」が広がった。さらにEC化が進み、リアル店舗で戦うアパレル企業もEC比率を高め、カタログ通販の「顧客管理手法」をより発展させたファネル分析や、失注分析、リスティングやレスポンスレートなど高度な分析が可能となった。
さらに、テクノロジーは進化し、リアル店舗でもAI設置カメラによる顧客の動態解析により、ほとんどECと変わらない、入店、失注、コンバージョンなどのデータが細かくとれるようになった。
それにより、百貨店もハウスカードを解禁し、セール前のテナントごとの売変の実質自由化も容認。そして、とうとう最近では、顧客データのデベロッパーへの開示の道を歩むようになってきた。ようやくB2B事業を繰り返してきたアパレル企業においても、ビッグデータと調達データを結びつける「Digital MD」の素地ができあがったわけだ。
こうして、「データベースマーケティング」の素地は整ってきたわけだが、アパレル企業が相当高度なことをやっているのかというとそうでもない。上記のように、B2Bアパレルにとって「汚れたデータ」がようやく溜まったレベルだし、正確なデータが溜まっているECは売上の20%程度(一部40%というテナントもあるが)だ。しかも、リアル店舗とECでは買い物をする客筋が異なっており、このファッションビルの場合、年齢が10歳も違っていた。したがって、まことしやかにいわれる「ECでテストマーケティングをやって、リアル店舗に生かす」などというのもしっかりとした検証が必要である。
「うちの会員は50万人」発言はその中身を疑え!
「うちの顧客会員基盤は50万人だ」と、豪語しているアパレル企業がある。だが、きちんとした顧客管理を行っていない企業は、データベースにいれられた総顧客の60%程度が「Dead」(すでに他のブランドへ逃げた客)という場合も多く、そもそもその意味すら理解できていない企業もある。データベースマーケティングに不慣れなアパレルは、反応がなくなった顧客を「休眠顧客」、あるいは「停止顧客」などと都合の良いように解釈し、依然、顧客を自らのアセットと考えている。だが、「逃げた女房は帰ってこない」がごとく、一度離脱した顧客は、ほぼ戻ってこない。むしろ、新規未開拓市場から流入を増やす方がCPA効率は高い。これは、実際に自分のお買い物体験を考えてみればわかるが、好きだったブランドから何かの理由でブランドスイッチをした場合、元のブランドを買い始めることはまれだ。
また、ウエブによるCPA効率も、リアル店舗があるエリアとそうでないエリアでは全く違ってくる。「実際にものを触ってみないと買えない」というのは古い考えで、いまはそんなことはないと言う人も多い。だが実態は、当日、お買い物をするかどうかは別にして、やはりリアル店舗で商品やブランドの世界観を体験することが購買に繋がっている。脳内に世界観が蓄積され、一息付ける夜9時ごろにウエブを使って女性のお買い物がスタートするのだ。こうしたことは、実際にデータをさわり、自分で仮説をたて、四苦八苦しなければ本質が見えてこない。今までのマーケティング分析となんら変わらないものなのだ。
ボタンを押せば、AIが目から鱗のマーケティング戦略を描いてくれるというのは真っ赤な嘘。システムは (いまのところ) 所詮ツールに過ぎないのである。2045年のシンギュラリティーの話などに異常に詳しい人にも会ったが、こういう人は、「今の技術限界」と「将来の技術の可能性」を混同して話している。この手の人に共通しているのは、自分で手を動かしていないということだ。
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ファーストリテイリングがデジタル人材に
最大10億円を支払う意味とは
「データサイエンティスト」と呼ばれる、デジタルとマーケティングの両刀遣いを社内に揃えることが、デジタルマーケティングの覇者になる条件といわれている。だが現実は、システムは詳しいが分析力はサッパリという「デジタル人材」が大量に「データサイエンティスト」の名をかたり、いわゆる「マーケター」としての腕はサッパリというケースが散見される。
「データサイエンティスト」は、ウエブ以外の、リアル店舗にも設置されたデジタルデータを苦も無く操り、ゼロベースで事業上の仮説を縦横無尽に抽出し、いままで知ることができなかったような神の領域にまでもデータで検証する、顧客の動態的データから将来予測と商品の関係性を見いだす人だ。21年、1月16日日経新聞で「ファーストリテイリング」が、有能なデジタル人材に10億円を支払うと報道し、産業界は度肝を抜かれたが、逆に言えば、それだけデジタルとビジネスの両刀遣いが貴重な存在だということである。
さらに、DXには目標が大事と判を押したようにいう人が多いが、「では、その目標とは何なのか」と問えば、システム導入する事業会社本人はおろか、本来、システム導入をするベンダーとユーザの間に立つコンサルタントでさえ、その目標とやらを理解していない。つまり、ユーザ、コンサル、SIerの3パーティが、過去から今に至るまで「目標を決めよ」と、他力本願の如く禅問答のような言葉を繰り替えしているだけなのだ。
10億円支払えない企業がやるべきことと、それを阻害するもの
日本には、昔から「三人寄れば文殊の知恵」という言葉がある。ユニクロのように10億円払えない企業は、デジタルのプロ、事業のプロ、両者の意見を合理的にまとめるプロの3パーティーに分け、3名で知恵を出し合えば良いのだが、日本企業にはこれができない構造的欠陥がある。それは、新卒採用と純血主義だ。
私がコンサルティングに入る会社で、とくに業績が急降下している会社ほど、「純血主義」を守り中途採用をしていない。彼らは、必ず「うちは特別だ」という。だから、何も知らない学生を、自分の会社の先輩に仕事を教えさせ中途から入った人間には「あいつは空気が読めない」とか、「うちの文化を理解していない」など、実際は自分たちの方が特殊なことに気づいておらず、テコでも動かない組織を作り上げている。私が、パートナー(コンサルティング会社の最高職位)に昇進したとき、そのファームの過去の成長トレンドグラフをみせられ、急激に成長をした変曲点を見せられ理由を話し合ったことがある。
答えは、「その年に新卒採用を絞り込み、経験者を大量に入社させた」ということだった。そのファームは結果的に、社内のコミュニケーションは「論理」と「事実」、「数字」でなされるようになってゆく。これが、正しい「三人寄れば文殊の知恵」だ。「うちの会社ではこれが常識だ」という会社はもはや救いようがない。私たちは変わりたくない、といっているのと同じだからだ。
コンサルは対象外!年収10億円もらえる人は、こんな人だ!
報道によれば、ファーストリテイリングが「10億円」を払う対象からは、コンサルや大企業出身者は除外されるようだ。となると一般事業会社で育った人ということになるが、彼らとて純血主義で、他の文化を知らず自社の客観的な立ち位置を理解していないケースもあるはずだ。となるとファーストリテイリングが狙っているのは、米国人や中国人など、卓越した技能をもつ外国人ではないかという推論が成り立つ。台湾の奇跡の経済復活の裏には、デジタル大臣 オードリー・タン氏という素晴らしい天才の活躍があったことに異論を挟む人はいないだろう。このように、100人の凡人より1人の天才が会社や国を変える時代になった。
今、AI、クラウド、ビッグデータなどの仕組みについての基本的な理解が分からない人は清く意思決定の場から退いてもらいたい。また、いまだにデジタルデバイスを使いこなせていない、例えば、これだけメタバース(仮想空間)の将来性について、そして、仮想通貨の将来性について語られているにも関わらず、ゴーグルももっていないし買う気もない人が、どうしてアバターや仮想通貨を自社戦略に取り込むことができるのだろうか。
DXがなぜ失敗するのか– この理由は「人災」である、ということを私は強調したい。
プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
https://takukawai.com/contact/