スーツ専門店大手のAOKIホールディングス(神奈川県、以下AOKI HD)にとって、複合カフェ、カラオケボックス、フィットネスジムといったエンターテインメント業態は、今や売上の約40%を占めるまでに成長、もう一つの主力事業となっている。
一つの業態を成功させるだけでも難しいのに、同社はなぜ、複数の新業態を成功に導くことができるのか?そこにはAOKI HDならではの企業文化と強みがあった。青木彰宏社長に尋ねた。
(本稿は前編・後編からなるAOKIホールディングス青木彰宏社長インタビューの後編です、前編はコチラ)
きっかけは、店舗の空きスペースの有効活用
―AOKI HDにとってエンターテインメント事業は今や、経営の第2の柱と言ってもいいほどに成長しています。2022年3月期第2四半期は既存店売上高がプラスとなるなど、業績も好調です。しかし、スーツ専門店とエンタメは一見、それほど親和性がないようにも考えられます。どうして、エンタメ部門に進出しようと考えたのでしょうか。
青木 もともとは、「店舗の空きスペースを、どのように有効活用したらいいだろうか?」と検討したことが、エンターテイメント事業を始めたきっかけでした。1990年代後半に入ると、スーツ専門店が飽和状態になって、売上が頭打ちになり、販売効率も低下していきました。とりわけ、郊外型店舗には広いスペースがあったので、不採算店の一部を改装して、別業態に転換することにしました。そこで、2003年に、AOKI幕張店(千葉市)に複合カフェ「快活CLUB」の第一号店を、実験的にオープンしました。
―なぜ、「複合カフェ」だったのでしょうか。
青木 お客さまのニーズがあると見込んだからです。郊外店には、車で外回り営業を担当されているお客さまが多いのですが、「郊外にはちょっとした休憩やくつろげるスペースが少ない」という声をいただいていたんですね。それがヒントになって、「快活CLUB」が誕生したわけです。
世界的なリゾート地であるバリのような雰囲気の空間で、一人でゆっくりしたり、気分転換できるコンセプトにしました。インターネットや映画、オンラインゲーム、コミック、ダーツといった多彩なコンテンツを備えているほか、プライバシーを保てるように「鍵付きの完全個室2時間貸し切り」「自動入退店」といった、独自サービスも導入しました。コロナ禍では、WEBカメラの無料貸し出し、WEB会議用アプリの導入(一部店舗)など、リモートワークに対応できる機能も強化しています。
―カラオケボックス業態の「コート・ダジュール」を立ち上げた背景にも、何か既存顧客から得たインサイトがあったのですか?
青木 ええ。都心にあるカラオケは、学生からの需要が高いのですが、郊外店のあるエリアにはファミリー層が多く、「家族連れで利用できるカラオケ」に対する需要がありました。AOKIの有休スペース活用、既存事業との親和性、事業コンセプトの面から、複合的に判断し「コート・ダジュール」を立ち上げました。
コンビニ型フィットネスジムは前期より倍増
―最近では、小型の24時間セルフトレーニング施設「FiT24」の展開にも、力を入れています。22年3月期には前期の約2倍、91店舗まで増やす計画です。競合するコンビニ型フィットネスジムも増えているなか、FiT24の強みは何ですか。
青木 シャンプーやタオルを完備しているといった利便性、直営方式による高品質なサービスの均質性といった特徴があります。また、快活CLUBなどとの複合店では、併用できる利便性の他、女性のお客さまにとっては、「深夜でも安心して利用できる」といった声もいただいています。
―ところで、スーツ専門店は物販ですが、エンターテイメントはサービスなので、ビジネスモデルが全く違います。エンターテイメントの店舗運営や接客、人材育成などのノウハウも、最初はなかったはずなのに、新しい事業を軌道に乗せた秘訣は、どこにあるのでしょうか。
青木 実は裏を明かせば、トライ&エラーの繰り返しでした。初めの頃は、新しい業態について知るために、他社さんのフランチャイズに加盟して、あれこれ勉強しました。
また、物販とはいえスーツ専門店で培った接客サービスのノウハウは、サービス事業でも応用できると考えています。スーツの販売ではクロージングまで30分、1時間とじっくり時間をかけて、お客さまのニーズやウォンツを把握し、最適な提案をします。ニーズ・ウォンツを把握する力が、エンターテインメントにおいても差別化された新たなサービス・コンテンツ開発や人材育成に生きていると思います。
―AOKI HDではどのようなシステムで、人材を採用・育成されているのですか。
青木 当社の特徴は、グループ会社であることです。グループシナジーを発揮して、さまざまなステージでスタッフのスキルの幅を広げることで、店舗間のサービスレベルを向上させていることが挙げられます。
5年ほど前から、時期によってスタッフを別業態に出向させる取り組みを始めています。例えば、快活CLUBは8月が繁忙期なので、その時期に手が空くAOKIのスタッフが応援に行くといった具合です。そうすることで、スタッフは物販もサービスも経験でき、物事を多角的に観察できるようになるわけです。多能工が可能な生産性の高い人材育成につながっています。
また、業態別の専門職採用も一部では実施していますが、スーツ専門店でグループの理念や接客力の基礎を学び、エンターテイメントやブライダル事業で活躍するケースが多いです。また、若手社員を抜擢し、さまざまなプロジェクトにトライさせ、経験を積ませることで、将来の経営者候補育成にも力をいれています。
既存店の顧客の声から新業態が生まれる
―今後の新規事業も、既存事業から派生する可能性が大きいのでしょうか。
青木 そう考えています。自社の強みを活かして、お客さまの生活が豊かになる新規商品・サービス・コンテンツの開発に目下、全力投球中です。ご来店するお客さまのニーズを吸い上げて、ソリューションを新業態の形にしていくというのが、当社の成功パターンです。また、郊外で展開している既存事業のように、地域ごとにお客さまにあてにされる業態開発に今後も注力していきます。
それに、各業態で顧客情報を共有することで、業態間の相互利用のシナジーも得られます。現在、約1300店舗ですが、さらに増やしていきたいですね。
―今後は、スーツ専門店の枠を越えた、物販とサービスを持つ新しい業態に進化していくかもしれないわけですね。コロナ禍でデジタルシフトが加速するなか、AOKI HDはむしろ、リアルのビジネスにチャンスを見出しているわけですね。
青木 その通りです。当社には、全国約1300店舗という資産があります。それを生かして、お客さまに“リアルの感動体験”を提供していきたいですね。
DXは、顧客データを統合解析したり、ニーズを素早くキャッチしたり、ビジネスモデルを具現化するのには役立てています。しかし、それだけでは、厳しさを増す消費環境で、競合に打ち勝つのは難しい。
当社のリアル店舗には、年間約4000万人というお客さまがご来店されます。接客から得られる、そうしたお客さまの声は、当社しか保有していない貴重な経営資源です。定量的なデジタル情報だけでなく、リアル店舗でしか得ることができない、お客さまの言葉のニュアンスからくみ取ったニーズ・ウォンツといったアナログ情報とかけ合わせれば、当社ならではのユニークなサービス、新規事業が生み出せるのではないでしょうか。