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第6回 ショッパーのインサイトを追求するための“3つの方法”とコロナ禍における 買い物客の行動変化の捉え方

小売業やメーカー企業において、自店舗の利用客の増加や自社製品の訴求方法を考える際に、お客のインサイトをどう捉えるかという課題やテーマは日常的に取り上げられる。このインサイトという言葉が使われる以前は、お客(ターゲット)のニーズや要望、願望、不満と言う表現をしていた。企業によっては、インサイトがアンケート調査などで集められた「お客の声」として捉えられることもあるが、ここでのインサイトは「お客自身もまだ気づいていない欲求や、心の中にある行動をはじめるスイッチ」として定義したい。今回は、このインサイトを見つけるための具体的な方法や進め方について取り上げる。

ショッパー心理を時系列化する

 筆者は小売業や食品、飲料、生活用品などのメーカー企業のマーケティング活動やプロモーション領域でのコンサルティングにおいてショッパー(買い物客)インサイトを追求する際に、以下の3つの方法を活用して具体的に進めている。

 まず1つ目は、ショッパーやカスタマーのジャーニーを活用する方法。買い物客や商品・サービスの利用者の行動、感情、心理を“時系列化”して、どのタイミングで行動(初動)を起こしたり、商品を購入することを決めたり、反対に購入を止めてしまうのかなどを掴むことからスタートする。そのために、ペルソナ(ショッパーやカスタマーを描いた像)を描いてその行動を文字やイラスト、写真などを使ってできるだけシンプルに表現する。ペルソナの設定の方法は下記の通り。

  1. その人は、どの様な人か。
  2. どの様なことをしたいのか。
  3. どの様なタイミングで。
  4. どの様な行動をするか。
  5. その人の未充足はどこにあるか。

 ペルソナの設定の際に注意する点は、あまり自分たち企業側にとって都合のよい、理想的な像にならない様にすることだ。③④⑤についてはジャーニーマップとして時間の経過の中で整理する。行動の経緯について「旅」をする様に紙面や画面に「行うこと」「見るモノ」などを具体的に描くことで、顧客目線で行動を追うことができる。

 この方法は、ひとりのペルソナの設定からジャーニーを描いて、その行動や意思が変化する瞬間を掘り下げることが一般的だが、複数のペルソナを設定してジャーニーマップを複数作成することがある。その場合、ペルソナ一人一人の行動を線につないで「波形」を描き、そのマップを重ねることで「重なるポイント」「重ならないで空白となるポイント」を見つける。「重なるポイント」「重ならないポイント」それぞれの箇所から、買い物客や利用者の気持ちを掘り下げて、「その行動を起こすスイッチ」を見つける作業を行う。このスイッチがインサイトになる。
スイッチは下記質問で掘り下げていく。

自身がペルソナになり、そこに矛盾を見つける

 ペルソナを設定して、ショッパーやカスタマーのジャーニーマップからインサイトを見つけようとする際に、ペルソナの人物に自分自身がなりきって、その行動を時系列化する方法がある。以下、実際の事例から見てみよう。

 この数年、「母の日」の企画で小売業やメーカー企業から提案される「ブーケサラダ」。普段、家事や仕事に忙しいお母さんは、スーパーマーケットなどで催される「母の日」プロモーションの主役でもある。スーパーマーケットの折り込みチラシでは、昔から「母の日」が近づくとカーネーションやスイーツ、豪華な御馳走メニューが訴求される。母の日のお祝いをされることに「ちょっとの期待」を持ちながらも、「母の日の食卓の準備をするのは主役である自分なのに、手間の掛かる御馳走メニューは誰のため?」そう考えるお母さんは意外に多いのではないだろうか。母の日の主役であるお母さんになりきってみると、従来当たり前とされていたメニューの提案も売場での訴求にもズレがあることが分かる。

 お母さん自身も女性であり、健康や美容を意識している。火を使わずに華やかに作ることができる「ブーケサラダ」はこうして世の中のお母さんにも受け入れられた(インスタ映えする見栄えの良さや華やかさも、作ってみようとする行動の後押しに)。

デプスインタビューで課題を掘り下げる

 2つ目は、デプスインタビューによって厄介な課題を掘り下げる方法。デプスインタビューとは定性調査の手法の1つで、対象者とモデレーターが“1対1”でインタビューする調査手法だ。

 「デプス(depth)」とは「深さ」を表し、インタビューの中で「対象者と深く関わることができる」という意味と、「対象者からの話の内容や返答が深い」という2つの意味を持つ。グループインタビューと比べると、より個人の意見を詳細に伺うことが可能だ。 対象者とインタビュアーとで多くの時間を共有し意見を交換するため、回答者からの返答も端的なものばかりではなく、その行動に至った理由や方法、きっかけなども詳しく聞くことができる。

 また、インタビュアーの質問として「何か問題や課題は?」と正面から聞いても、その答えはなかなか核心に触れ難い。そうした時に「あなたの解決したい厄介な課題は?」や「さっさと片づけたいことはなにか?」と言った様に、“厄介”や“さっさと”などあえて俗っぽく上品ではない言葉で質問をする。これは、頭や気持ちの中で考えたことに“引っ掛かり”の様なものを作ることで、言葉に飾りを付けたり話し方に気を使わせない効果を持つ。ジョブ理論の「顧客が片づけなければいけないことを探す」と同じ意味を示す。

 また、このインタビューの対象者の選び方にもポイントがある。商品やサービスの開発を目的にする場合に、インタビューの対象者を「エクストリームユーザー」として、極端なニーズや、商品やサービスの使い方をする人を選ぶケースがある。世間の常識や固定観念を打ち破ろうとする目的や狙いから、あえてそうした極端な人を対象に行うのだ。

 しかし、筆者の場合はインタビューの対象者はできるだけ普通の価値観を持ち、普通の買い物や商品やサービスを利用する人を対象にする。そうした人の気持ちの中にある「厄介と思える課題」を掘り下げて、その解決を企業の商品やサービスを介して行うことや、その商品やサービスを使いたくなる行動を起こす「心の中にあるスイッチ」を見つける様にするのだ。

 そして3つ目は、他の企業が行った展開から、その企画が捉えたインサイトを想像して、自社の商品やサービスの訴求に置き換えて試してみる方法だ。

 1つ目と2つ目のインサイトの追求の仕方は、ペルソナにしてもデプスインタビューにしても対象となる人物を捉えることから始めるが、3つ目の方法は一旦それらから離れて、他の企業が「ショッパーやコンシューマーのインサイトを捉えて効果的に展開しているもの」を対象にする。これは前回の「売場の流儀」の中でも紹介したが、様々な商業施設や小売業の売場で見られる企業のプロモーションの展開から、「誰のどの様なインサイトを捉えたのか?」「そのインサイトを自社の商品の売上やお店やサービスの利用にどの様につなげたのか?」などを考え(想像して)、それが自分たちの課題を解決するためのインサイトとして応用ができそうであれば、まずは置き換えてみることからはじめる。

インサイトのヒントが見つかるのは売場だけではない

 インサイトのヒントを見つける場所は、必ずしも商業施設や売場とは限らない。以下は小売業の売場ではなく、日清食品が「広告」として展開した内容だ。

 日清食品の柱商品であり、小売業のカップ麵の定番商品である「カップヌードル」の広告。ランチのアイテムや小腹が空いた時、夜食や受験生のメニューなど色々な生活シーンからの訴求が行われるが、カップヌードルが最高にうまいと感じる場面はいつ、どこだろうかと、コンシューマーやショッパーのインサイトを掘り下げて行くと、この広告にある「屋外、それも満天の星空のもとで冷たい空気の中で食べるカップヌードル」に行き付つくかもしれない。アウトドアの経験のない人にとっても、その場面を想像して思わず頷いてしまうような効果が期待できる広告だ。

 自社の商品が食品や飲料の場合「それを最高においしいと感じて食べたり飲んだりする場所はどこか?」そして「そう感じる人は誰か?どの様な人か?」。他の企業の展開から想像したインサイトと、それを行動(買い物や選択)に移させようとした仕組みや表現から、自社の商品やサービスの課題を解決するためのヒントとして置き換えてみる。これは普段から上質な情報(売場での展開や商品の訴求テーマ)に触れることで、自身の発想の引き出しの数を増やし、その活用や応用の確率を高めることになる。

 そして最後に、現在のコロナ禍におけるマーケティングや営業活動について。コロナ禍以前であれば、ここで挙げた売場や商品とショッパーやコンシューマーのあり方からインサイトを掘り下げて、購買や消費行動につなげて行くことを念頭において取り組んでいたが、新型コロナウイルスの影響によって消費に関する意識や買い物行動には大きな変化が生まれた。最後に記載した資料は、そうした意識や行動の変化をスーパーマーケットなどの買い物行動の様子から描いてみたもの。これからの時代、ショッパーやコンシューマーのインサイトを見つける前提に、まずこうした意識や行動の変化がショッパーやコンシューマーにはあることを頭に置きながら、「心の中にあるスイッチ」を見つけて行く必要を感じる。

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