「よくやめたねえ」と褒めてくれたのは、行きつけの接骨院の院長先生だ。
腰に違和感を抱えたままテニスの練習を始めると、案の定、痛くなり、90分のレッスンを30分ほどで切り上げ、接骨院に直行した。
治療を施しながら、先生は「よくやめたねえ」としみじみ言ってくれたのだった。
この接骨院は、テニススクールに隣接しているため、同じようなケースが少なくない。
駆け込んでくる患者の大半は、「せっかくコストと時間を費やして臨んだのだから」という理由で、最後まで受講してから、接骨院の門をたたくのだという。
「それでさらに悪化させてしまうことが案外多いんだよね」。院長先生は、そんなケースをいやというほど見てきた。
途中でやめれば、傷は浅くて済み、復帰までの時間も短くなる。
そんなことは誰もが重々承知のはずなのに、ずるずると続けてしまい、症状を悪化させ、結果として自分の首を絞めてしまう。
そういえば、とふと気づいたのは、この構図は、失敗事業からの撤退とよく似ているということだ。
「失敗した」と判断した時が、やめ時。本来は、「思い立ったが吉日」で撤退すればいい。
しかし、なかなかそれができずに事業をどんどん悪化させていくことのなんと多いことか。
腰痛と失敗事業――。
一見、まったく関係のない事柄ではあるが、人間の判断がからむところには共通点があるから面白い。