[東京 20日 ロイター] – 東京証券取引所が来年4月に実施する市場再編を巡り、最上位の「プライム」市場入りを目指す企業が対応を加速させている。より高いガバナンス(企業統治)や株式流動性が求められる中、日本的慣行ともいわれる株式の持ち合いや資金の過度な貯め込みを見直す企業も出てきている。ただ、一部の投資家からは、海外に比べ上場基準が緩すぎるとの指摘も挙がっており、海外投資家などを呼び込めるかはまだ不透明だ。
高いハードル
建機事業などを手掛ける東証1部上場の酒井重工業は、2022年3月期から26年3月期の中期経営方針に「プライム市場への上場維持」を盛り込んだ。6月には、自己保有株を除く発行済み株式総数の3%に当たる13万株、取得総額5億円を上限とする自社株買いの実施と配当性向50%とする株主還元方針を発表した。
プライム市場へ上場するには、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上などの条件をクリアすることが必要になる。流通時価総額が不足していれば、株価を上げるのが1つの手だ。酒井重工業のIR担当・吉川孝郎執行役員は「今後はあまり自己資本をためず、今までためてきたものも多少なりとも株主に還元していく」と話す。
東証は2022年4月4日に現在の東証1部、2部、東証マザーズ、ジャスダックからなる市場体制を廃止し、グローバル展開する大企業などが想定される「プライム」、中堅企業向けの「スタンダード」、成長企業の「グロース」といった3市場に再編する。
東証が9日に公表した資料によると、現在東証1部に上場している2191社のうち、プライム市場の基準を満たしていない企業数は約3割にあたる664社に上る。流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上などの条件は、時価総額の低い企業や持ち合い株の割合が多い企業にとって低いハードルではない。
ブランド価値
プライム市場への上場はブランド力や知名度などの面でメリットがあると考える企業は多く、「生き残り」を賭けた動きが活発化している。
収益不動産ソリューション事業を展開するADワークスグループの田中秀夫社長は14日の第1次中期経営計画IR説明会で、東証1部上場企業であることの信用力の価値は絶大とし、「何としてもプライム市場に上場することは必須」と語る。同社の試算によると、現時点での流通株式時価総額は50億円強。23年12月期に向け、資本効率を向上させることで、自己資本利益率(ROE)と時価総額の上昇を目指す。
自動車部品メーカーのトヨタ紡織は、上場基準である流通株式比率の充足を図るために筆頭株主のトヨタ自動車が保有するトヨタ紡織株の一部を売却した。
日本瓦斯は、22年3月期にすべての政策保有株式(持ち合い株式)を解消すると発表している。
化学品専門商社のソーダニッカは、過去最大規模の自社株買いを実施し、公表済みだった配当性向の目標数値を30%以上から40%以上に引き上げた。
市場では「もっと厳しく」との声も
ただ、一部の投資家からは、新基準は緩すぎるとの声も聞こえる。プライム市場は世界基準のガバナンスを兼ねそろえた企業に絞り込むことが狙いだが、最終的には幅広い企業が新市場に入る可能性もあるためだ。
「正直なところ、もっと厳しいハードルで限定的にすべきだった。海外の投資家からすると、これでは東証1部に毛の生えた程度にしか見られないだろう」と、ニッセイアセットマネジメントのチーフポートフォリオマネジャー・伊藤琢氏は指摘する。
各企業は、9―12月末の期間に希望する市場区分を申請する。基準を満たしていない場合も、改善策を示した報告書を開示すれば、当面はプライム市場に残ることが可能となっている。
大和総研の政策調査部・神尾篤史主任研究員は、経過措置はある程度の期間が必要との認識を示しつつ、適用期間に終わりがないようであれば「今回の市場再編の意味がなくなってしまう」と話す。
市場再編に伴い、東証1部の全銘柄を組み込んでいるTOPIX(東証株価指数)も改編が予定されているが、海外投資家の多くはMSCIを中心に運用している。
岡三証券のチーフストラテジスト・松本史雄氏は、多くの海外投資家にとって、流通株式時価総額100億円程度の企業は投資対象にならないと指摘。「MSCIを使っている海外投資家がTOPIXに切り替えることはないだろう」との見方を示している。