[東京 25日 ロイター] – 菅義偉新首相のデジタル戦略を金融市場も期待を持って見つめている。規制改革の一環として、行政のデジタル化に意欲をみせていることが、世界的な株価調整の中で、日本株が比較的底堅い動きをしている理由の1つだ。抵抗勢力に負けず原則を貫けるのか──。ポイントとしてみられているのが、適用除外と予算膨張だ。
骨抜きの懸念
日本の行政デジタル化への施策は今に始まったことではない。これまで約20年、何度となく法律が制定されてきた。行政のデジタル化に関する基本原則や個別施策を定めた「デジタル手続法」は2019年5月に国会で可決されたばかりだ。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で明らかになったように「デジタル・ガバメント」は遅々として進んでいない。うまくいっていない理由の1つとして挙げられているのが、法律に適用除外が少なからず入っていることだ。
適用除外とは、文字通り法律の適用を除外する条項。デジタル手続法では、「対面により本人確認をするべき事情がある」、「書面の原本を確認する必要がある」などの場合は、適用を除外することができると定められている。昨年7月に内閣官房IT総合戦略室が公表した資料によると、現行の行政手続きオンライン化法における適用除外手続きは約230に上る。
性質上、オンラインにそぐわない手続きもあるとはいえ、インターネットを使った面談、書類の電子化など技術が進歩しながら、「必要だから」の一声で、デジタル化が止まってしまう例は少なくないと専門家の多くは指摘する。適用除外を設けておけば、デジタル化で、行政手続きが自分の省を素通りしてしまわないようにできるためだ。
「省益を守るために適用除外がたくさん入ってしまっては、デジタル化がまた骨抜きにされてしまうおそれがある。司令塔となるデジタル庁が横断的な指導力を発揮できるかのカギにもなる」と、日本総研の主任研究員、野村敦子氏は指摘する。
肥大化した復興予算
各省庁の動きを常にモニタリング・検証していくことも、デジタル戦略の実効性を保つために欠かせない。どさくさにまぎれた予算が入れば、肥大化し、効率も悪くなる。
よく例に挙げられるのが、2011年の東日本大震災のときの復興予算だ。合計約19兆円の復興予算の一部が、沖縄の道路整備や、青少年の国際交流事業、北海道や川越の刑務所での職業訓練拡大、反捕鯨団体(シーシェパード)対策、国立競技場補修などに充てられたとして問題になった。
被災地以外での「ウミガメの保護観察」や「ご当地アイドルのイベント」などが、果たして復興につながる予算なのか、国会でも質問が出た。政府側の答弁は、予算を交付された地方行政府がそれぞれ「予算付け」を判断したというものであった。
震災復興のように、日本のデジタル化についても、その方向性に反対する声は少ないだろう。世界的に見て遅れているデジタル化の促進は、コロナ後の世界で必要な戦略だ。しかし、反対しにくい総論賛成な政策には、よく見れば関係なさそうな予算を紛れ込ませやすい。
東日本大震災の発生から来年で10年が経つ。2012年に誕生した「復興庁」は2031年まで設置される予定だ。2020年度概算予算額は1.4兆円。過去最少だが、依然として少ない額ではない。
長期政権と構造改革
こうした課題に対して、今のところ菅首相はうまく対処してるようにみえると、ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト、矢嶋康次氏は評価する。
「デジタル庁は廃止時期を明記した時限組織とされる可能性がある。時限措置であれば、省庁も受け入れやすい。そして新しい仕組みや制度は、一度導入してしまえば、恒久化はそう難しくないものだ」と矢嶋氏は指摘する。
医療関係者などから強い抵抗のあったオンライン診療は恒久化の可能性が出てきている。田村憲久厚生労働相は17日の会見で、初診患者のオンライン診療の利用を認める時限的措置の恒久化について、検討を進める考えを明らかにした。
デジタル化は、既存の業務をデジタルに置き換えることであり、仕事を減らすという一面を持つ。新しい雇用を生み出す一方で「痛み」も生じやすい。
安倍晋三前政権は、金融政策や財政政策を大胆に実施したが、第3の矢である構造改革は十分進まなかったと批判されることが多い。しかし、「構造改革による『痛み』を先送りしてきたからこそ長期政権を築くことができた」(外資系証券エコノミスト)との評価もある。
長期政権でなければ、構造改革を進めることは難しい。しかし、構造改革により反発が強まりすぎれば、長期政権は危うくなる。これまでの政権を悩ませてきたこの「二兎」を、菅新政権がいかに追うか、金融マーケットも注目している。