スーパーを愛してやまない落語家・立川志ら乃の「スーパーマーケット徒然草」。「上野広小路亭」での寄席の後に例の”スーパー打ち上げ”を「業務スーパー」で敢行した志ら乃師匠。前座を務めた後輩落語家が意外にも「業務スーパー通」であったことに軽く嫉妬しつつも、それまで少し見くびっていたところのある業務スーパーの威力を体感することに――。
前座の落語家の生命を守る「業務スーパー」
落語立川流が毎月合計12回独自開催している「一門会」の運営を、数年前から私一人で行っております。他の落語団体と違い、補助金的なものが一切ない状態での運営。もちろん私はほぼボランティア。このサイトを見ている経営者の方々がその内情を見たら「どんなブラック企業なんだ」とビックリされるかもしれませんが、結果的に私にとって人生の修行をし直す、いいきっかけになってます。
前任者から引き継ぐ際、
「私が運営を担当してお客が増えたら、立川流の中での立ち位置も随分よくなるぞ」とか、
「『立川流を超V字回復させた男』として新書を発売し、『カンブリア宮殿』とかにも出たりして」
みたいな夢と希望を胸に秘めておりましたが、自分自身の能力の低さを嫌というほど味わされるのに時間は掛かりませんでした。裏方的な細かい仕事ができない性格。40代半ばで自分の弱点と向き合う日々が続き、思わず下の人たちに「どうしてちゃんと理解して動いてくれないんだ!」と怒鳴ってしまうこともしばしば。
しかしそんなことを何回か繰り返すうちに、「私は何をどうしたいんだ?」を強く考えるようになり、現在行われている一門会を大きくするのではなく、「次の代へつなげていくシステムの構築」と「その都度状況に合わせてどうにか生き残っていくための戦略」を考える、というところに行き着きました。
詳しく書くと長くなるので端折りますが、われわれ立川流はいわゆる「寄席」のシステムが確立されておりませんので、日々手探りで「立川流の寄席」を運営しています。 そういう状況で一番大事なのが、下の人――われわれの世界では「前座」と呼ばれる人たちに一生懸命働いてもらわないといけない、ということに気がつきました。
師匠や先輩から毎日のように小言を食わされることが仕事と言ってもいい前座修行期間。それに耐えるための気持ちも大事ですが、身体も大事。基本的に貧乏生活を送っている前座さんたちは食事に事欠きます。
ある日、上野広小路亭での夜席終演後、楽屋にいた前座さんたちに
「最近さぁ、スーパー打ち上げっていうのをやっててね…」
とスーパー打ち上げについて恐る恐る切り出しました。なぜ恐る恐るかというと、夜席終演後だと私が大好きな御徒町の「吉池」が閉まっており、選択肢が「業務スーパー」一択になってしまうからです。
本当にこういう書き方で申し訳ないのですが、私の人生の中で「少し高くても、いいものを少量」というフェーズに入ってきたところなので、どうしても大特価・大容量が前面に出る「業務スーパー」をどこか見くびっていたところがあるのです。しかも実際に通ってほかのスーパーと比べたうえでの話はなく、ただの印象のみでの見下しという最低のやつです。
「でね、スーパーに行くっていっても、業務スーパーなんだけど…」
と具体名を出すと、それを聞いていた前座の立川縄四楼の表情が急に明るくなったので、
「なんでそんなに嬉しそうな顔をしたんだ」
と聞くと、
「業務スーパー、めちゃくちゃ行ってます!」と。
ここで「ハッ!」としました。業務スーパーのターゲット層として落語家の前座はドンピシャであることになぜ気が付かなかったのか。私も前座の頃、初台の不動通り商店街にあった「つるかめ」(※)というディスカウントスーパーでとにかく安い米、特売の日のみ購入する卵で命を繋いでいたではないか。
※「つるかめ」…テスコジャパンが関東エリアで展開していたディスカウントスーパー。テスコの日本撤退・イオンによる同社買収により、その後「マックスバリュ」「アコレ」「まいばすけっと」などに転換された。
なんでそんなに詳しいんだよ…縄四楼の「業務スーパー通」ぶりに嫉妬
とにかく「業務スーパーめちゃくちゃ行きたいです!」
ということになり、楽屋にいたすべての前座さんと「業務スーパー上野広小路店」へ。私自身、業務スーパーにほぼ入ったことがなかったので緊張気味でしたが、入口横で「キャラメルコーン」が58円の特売価格で売られているのを見て”スーパーモード”に突入。
「よし!みんな好きなものを好きなだけカゴに入れろ!」
と、鼻息荒く店内へ。
そして縄四楼に「お前がよく買う物教えて」と聞くと、「このジュースを買いますね」と「近藤乳業」の紙パックのジュースを指差しました。「パインが好きなんですけど、人気で在庫が切れてることが多いんですよね」と業務スーパーに通っていることを裏付けるようなコメントも添えて。
一緒に行った人がよく買っているものを買ってみるというのもスーパー打ち上げの醍醐味なのですが、現在46歳、立川流では「真打」という身分の私は紙パックのジュースなら「トロピカーナ」、しかもストレートの「ピュアプレミアム」なども飲んでいるという生意気な生活を送っているので、1本80円台のジュースは今あまり飲みたくないなと思ってしまい、その場で私はカゴに入れなかったことをここに告白します。
そんな近藤乳業のジュースをカゴに入れなかった自分の器の小ささを払拭するべく、次に縄四楼が勧めたものは絶対にカゴに入れようと、
「縄四楼的にここでのオススメは何?」と聞くと、
「冷凍のシーフードミックスですね。それと餃子…あぁニラ餃子は売り切れか…」
それまでどこか見くびっていたとはいえ、「スーパー好き」を自称している私よりも縄四楼のほうが業務スーパーに関しては詳しいという事実に嫉妬心を覚えつつ、諸々のオススメ商品をカゴに入れレジへ。同行者も自分の選んだものを自分のカバンにしまい帰路へとつきました。
シーフードミックスが縄四楼に盗られた!
しかし家に帰って購入品を写真に撮ろうとしたら…シーフードミックスがない!! 後日、私のシーフードミックスを持ち帰ったのが縄四楼であることが判明したのです。
「いつも買っているので、つい自分のカバンに入れてしまいました」
「パスタと一緒に食べる時、あれ?これはいつ買ったんだっけ?って少しだけ思いました」
と御託を並べる縄四楼。しかし私としては、人生において「冷凍のシーフードミックスを盗まれる」という貴重な経験を与えてくれた縄四楼に感謝するとともに、前座さんとの会話の糸口をつくってくれ、以前よりもはるかにコミュニケーションが取りやすくなったというスーパー打ち上げの効力を再認識するきっかけとなりました。
そんなこんなで、街中で目を引く緑の看板と「スーパー」に「業務」という言葉を加えた屋号を掲げ、激安商品をおもしろく提案し訴求するという商売人のセンスとたくましさを、業務スーパーには感じております。
あと、近藤乳業の安いジュースも近々買います。
立川志ら乃
1974年2月24日生まれ。98年3月、立川志らくへ入門。2012年12月に真打ち昇進。16年7月に「スーパーマーケットが好きである」ことを突如自覚。スーパーに関する創作落語に「グロサリー部門」「大豆なおしらせ」など。
Twitter:@tatekawashirano
ブログ:https://ameblo.jp/st-blog/