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オール日本スーパーマーケット協会会長 田尻 一
「SM経営者、新旧世代の橋渡しがしたい」時代の変化に合わせ、一部でPC導入も検討

2015年にオール日本スーパーマーケット協会(AJS)の新会長に就任した田尻一氏。国内市場は、少子高齢化が進行し、人口は減少、さらにオーバーストア化と既存の業態区分を超えたボーダーレスな競争が激化──。食品スーパー(SM)企業を取り巻く経営環境は厳しさを増している。そのなかどのような方針、施策で会員企業をサポートするのか。現状や課題、また今後の展望などを聞いた。

聞き手=千田直哉(本誌)


差別化のカギを握る生鮮食品

たじり・はじめ●1956年生まれ。1979年日本大学芸術学部卒業。同年サミットストア(現・サミット)入社。2001年取締役就任。03年常務取締役06年専務取締役を経て07年6月代表取締役社長就任(現任)。15年オール日本スーパーマーケット協会会長就任

──2015年6月、AJSの第4代会長に就任され1年が経過しました。あらためてSM業界を取り巻く環境の認識、また新会長としての役割や対応についていかに考えているか教えてください。

田尻 SM業界には大きな変化の波が押し寄せていると感じています。日本は05年頃から少子高齢化の進行によって人口が減少し始め、食品のマーケットは徐々に縮小しています。さらに流通企業間の競争は激しさを増し、SM間だけでなく、近年はコンビニエンスストア(CVS)、ディスカウントストア、ドラッグストア(DgS)、Eコマースといった業態を超えた熾烈な戦いが繰り広げられています。

 そんななかで、AJSの会員企業においては、経営者の世代交代が進んでいます。日本におけるSM業界の黎明期からこれまで第一線でがんばってこられた創業者世代から、次の世代にバトンが手渡され、経営者の年齢層が急速に若返っているのです。私は今年、還暦を迎えましたが、新旧世代のちょうど中間にいる者として、その橋渡しをするのが自分の役割ではないかと考えています。時代に適応した「スーパーマーケットのあるべき姿」を、AJSの理念である「知恵の共同仕入れ」を通じて、徹底的に追求していきたい。

──オーバーストアと競争の激化、また異業態とのボーダーレスな競争に直面するなかで、SMは何を重視すべきでしょうか。

田尻 日本全国のSMを見て、「これは強い」と感心させられる企業や店舗の共通の特徴は、生鮮食品で差別化を図っていることです。生鮮食品は、それぞれ味や特徴が異なりますから、産地を特化できれば、自社のオリジナル商品を育成しやすいはずです。

 もちろんAJSの会員企業にとっても同じことが言えるでしょう。農産、水産、畜産の生鮮3部門で特徴を出しながら、総菜を加えた生鮮4部門を強化することが競争力に直結すると考えます。

──会長が社長を務めるサミット(東京都)でも、「新MD」という位置づけで、生鮮3部門と総菜部門の取り組みをずいぶんと強化してきました。

田尻 サミットでは、その生鮮4部門の売上高構成比向上に努め、55%をめざそうという話をしています。

 15年3月、旧東中野店をスクラップ&ビルドしてオープンした「サミットストア東中野店」(東京都中野区)が今、53%超で推移、業績も好調を維持しており、かなりの手応えを感じています。今年6月に開店する「サミットストア羽衣いちょう通り店」(東京都立川市:売場面積550坪)は、第4次MD改革具現の店舗と位置づけ、よりいっそう生鮮食品に特化した売場にしようと、準備を進めてきました。まもなく私はサミットの社長職を退きますが、ある意味では私自身の集大成の店舗になると考えています。

──生鮮食品の強化について、AJSの方針とサミットの整合性はとれていますか?

田尻 AJSは、歴史的にも生鮮3部門を重視してきましたから、ここについては従来と変わりはありません。ただ、残念なことに総菜部門については、過去にあまり力を入れてきませんでした。「おかず屋」「食事材料の提供」という意識はありましたが、「中食」「食事そのものの提供」といった概念についての対応は希薄だったかもしれません。

 しかしながら、時代時代でお客さまのニーズは変化するものです。需要のある分野は、AJSとしても新しい品揃えの方向性として積極的に情報発信、サポートをすべきだと考えています。

 

全国各地の会員企業を訪問

──現在、会員企業からAJSは何を要望されていると感じますか。

田尻 AJSに対して、会員企業がどのような考え方を持っているかについては、以前から関心がありました。しかし実際のところは、何を期待されているのかもわからなかったので、直接、聞いてみたいと思いました。そこで新たにスタートしたのは、会員企業の訪問です。AJSの役員を務める企業のトップとは定期的に顔を合わせていますが、それ以外の過去にあまり会長が訪問したことがない企業を優先させて足を運んでいます。15年9月の開始以来、月2~3社のペースで、今年4月末までに全国各地の17社を訪問しました。

──そうした企業を訪問し、トップと会談することで要望は鮮明になっていますか?

田尻 たとえば、2~3店舗を展開されているSM企業がいかにして大手企業に対抗しているのかなどといった話は、AJSの今後の方向性を考えるのにとても参考になっています。

 この4月にうかがったのは、静岡県に本部を置き、県内に6店を展開するナガヤ(沼田竹広社長)さんです。商勢圏に有力なSM企業やDgS企業が乱立するなか、独自の店づくりによって、多くの固定ファンを獲得されています。

 会員企業各社はどこも特徴を出すため、一生懸命、努力している。これまで協会が力を入れてきた、強い店づくりをお手伝いする活動は今後も継続しなければならないと、決意を新たにしています。

 一方、競争力のある価格で販売するための商品調達にどこも相当苦心していることも実感しています。そして、そういう話を聞くにつけ、PB(プライベートブランド)の「くらし良好」の意義をあらためて感じるわけです。

 

業態の枠を超えた競争が激化するなか、田尻会長はSM企業が差別化を図るには生鮮食品の強化が有効と説く(写真はサミットストア尻手駅前店の鮮魚売場)

────会員企業訪問は、どのような手順をもって進めていますか。

田尻 最初に経営トップの方と会い、机を挟んで話を聞きます。会社の成り立ち、商勢圏の状況、競争環境などについて詳しく教えてもらいます。

 次に、実際の売場を見るため、店舗を訪れるという流れです。

 ナガヤさんのときは、沼田社長はじめ、役員、部長クラス8 人が集まった部屋で競合店が徐々に増える厳しい環境、人材の採用状況、商品政策や店づくりのポイントなどについて話を聞きました。その後、実際の店を見せてもらうため、鎌田店(静岡県伊東市)と宇佐美桜田店(同)を訪れました。鎌田店は数年前、競合店対策で生鮮食品を大きく強化したところ、今も売上高が伸び続けているとのことで、素晴らしい取り組みだと感心しました。

──会員企業を訪問する際にお願いしておきたいことはありますか。

田尻 飾らない本音を聞きたいということと、ふだんのそのままの店を見せてもらいたいことです。それというのも、これまでAJSは“かたち”を重視してきたきらいがあるからです。

 ある意味、“正しい陳列”“正しい売場づくり”があり、それ以外は認めないというような風潮があったことは否定できません。もちろん、その当時はそれがよかったし、そうでなければ現在のAJSはなかったかもしれません。

 しかしながら、時代が大きく変わっているなかにあって、お客さまから支持されているモノやコトはAJSとしてなんでも愚直に学ぶ必要があります。それは、定形ではありません。

 今後は、本音をうかがい、ふだんのままの店を見せていただいたうえで具体的なサポートを考えるべきだと思います。

 

インストア加工に固執しすぎない

──AJSの活動は今後、変化していきますか。

田尻 AJSは、時代の大きな変化に対応していかなければいけません。変えるべきところは、しっかりと変えていくべきだと思います。しかし、だからと言って、何もかも変えてしまえばいいわけではありません。変えてはいけないものは守っていきたい。

 たとえば、AJSの大きな特徴は教育事業です。とくに鮮度管理、作業改善、店舗の効率運営といったSMの基礎を教える各種研修会、AJSのスタッフが会員企業を訪問し指導する「出張講座」は、従来と同様、今後も変わらず継続していきます。

 それらSMで大事な、店のマネジメントにスポットを当てた部分はしっかりと保持しながら、新たな教育にもチャレンジしたい。

 その一方で、これまでAJSはマーケティングの分野に関して深くは掘り下げてきませんでした。多くの商品が市場にあふれるなかで、お客さまはいかに店を選んでいるのか。価格、商品価値、サービスなど、お客さまの購買意欲をかきたてる要素は地域によって異なりますし、何をして差別化を図るかは企業の方針によります。

 しかし、方針を決めるに際して、ノウハウや情報を共有するような研修会は、決して充実しているとは言えません。今後は、変化する消費者ニーズに応える売場づくりを学ぶ場を増やすべきだと感じています。

 

 

──教育事業をさらに充実させていくのですね。

田尻 そうです。もうひとつ考えているのは、“商売勘”のようなものについてです。POSを端緒に小売業にITが導入され久しくなり、ビッグデータ分析などに注力すること自体は否定しません。けれども、その一方で、商人の要ともいうべき“商売勘”は等閑視されがちです。そんなことの大切さや“商売勘”についての講義などもできればいいなと思います。

──もうひとつ。これまでAJSが生鮮強化策の延長線として注力してきた「インストア加工」は、変えるべきもの、変えてはいけないもののどちらに位置付けているのですか?

田尻 現在、日本国内のとくに流通業は慢性的な人手不足に悩まされています。これまでAJSでは、鮮度、味を重視する観点から「インストア加工」を基本にしていましたが、時代の変化に対応する時期にあります。

 たとえばサミットの水産部門では従来、アジの干物をトレイにパック詰めするのも店内で行ってきました。しかし今後は鮮度や味に影響しない単純な作業はアウトソーシングにし、インストア加工は刺身などの差別化につながる分野に集中するなど、見直しを図ります。

 同様に、AJSでもプロセスセンターの導入を議論する時期に来ていると思います。またコスト増の要因となる物流も重要で共同配送も視野に入れていきます。

 

会員企業同士は活発に交流

 

──さて、AJSのユニークな点はどこにあると考えていますか?

田尻 会員企業同士の結束力が強く、皆で一緒にやろうとするところです。AJSの活動の中心は教育でありノウハウを重視しているからでしょう。

──会員企業同士の交流は活発ですか。

田尻 活発です。企業規模にかかわらず、行き来し、ビジネスの相談をする光景をよく目にします。サミットでも見学したいとの申し出があれば、快く受け入れています。どなたが訪問しても売場、バックヤードなど隠すことなくすべてをお見せします。データについても、要望されるものは原則としてオープンにしています。

 現代のように競争の激しい時代では、悩みや問題を単独で解決するのには限界があります。その意味で、同じ悩みを持つ、他の企業に相談、ノウハウを共有できるのはAJSの大きなメリットであり、魅力です。

──現在、AJSの組織運営にあたって、改善しようと考えていることは何ですか。

田尻 役員会や理事会についても、多面的に見直しを進めているところです。これまでは数字の報告をはじめ事務的な内容に時間をかけることが多く、会員のニーズや声などについて議論する時間が十分ではない側面もありました。今後はテーマを絞り込み、徹底的に議論することに力を入れようとしています。

 就任後、そういった取り組みを継続してきた結果、徐々に会議の様子も変わってきました。世代が若返ったこともあるのですが、意見が活発に出るようになりました。総じて、皆さんのコミュニケーションが密になっているのを感じます。

──最後に今後の抱負について、聞かせてください。

田尻 人口減、競争激化をはじめとし、時代は大きく変化しています。そのなか、われわれAJSは会員企業の声、要望に積極的に耳を傾け、教育や施策に生かしていきます。基本理念は「知恵の共同仕入れ」ですが、まだ共同で仕入れていない、未開拓の知恵はたくさんあると感じています。今後も、その理念に基づき、時代に適応した「スーパーマーケットのあるべき姿」を追求していきます。