登録制卸売店を展開するメトロ キャッシュ アンド キャリー ジャパン(東京都)。独流通大手メトロの日本法人として、2012年に創業10周年という節目を迎えた。店舗数は現在、首都圏に9店舗。飲食店を主要顧客とする同社には今、内食化の進行という逆風が吹く。同社の石田隆嗣社長に日本市場での成長戦略を聞いた。
聞き手・構成=下田健司(チェーンストアエイジ)
5つのコア・ターゲット・カスタマー・グループ
──外食産業には、内食化の進行という逆風が吹いています。営業面で影響は出ていますか。
石田 2012年、メトロの既存店ベースの売上高は対前年比プラスでした。ザラ場と言われる個人飲食店の経営環境は厳しいですから、市場全体が拡大したというより、新しいお客さまが増えたことが大きな要因です。お客さまのメトロに対する信頼は確実に高まっているという実感を持っています。
メトロが日本に進出して、10年が経ちました。この10年間、日本市場で、われわれなりにやり方を積み上げてきました。10年を機に、お客さまに付加価値を提供するというミッションをどの程度達成しているのか調べようと、大規模な市場調査を行いました。アンケート調査だけではなくて、実際に店舗に行って冷蔵庫の中身を見て、何が購入されているのかも調べさせていただきました。
プライス、プロダクト、プロモーション、プレイス、それからサービスをメトロでは「4PS」と呼んでいますが、このプロセスを通じて、お客さまにより近づいていくのがめざすところです。
お客さまの抱えている問題を解決していくことがメトロの成長につながります。われわれのやりたいことを提案しても、お客さまには響きません。お客さまが求めていることをスタート地点にして、活動し始めたのが12年でした。その結果、「メトロはうるさいけれども、一生懸命努力している」という感想もいただくようになりました。
──具体的にはどのような活動をしたのですか。
石田 一度にすべてのお客さまのニーズを深掘りすることは無理ですから、まず「居酒屋」や「中華料理店」など、お客さまを5つの「コア・ターゲット・カスタマー・グループ」に分けて、そのグループのニーズの深掘りに取り組みました。
それぞれのグループの中で、お客さまにとって重要な商材があります。たとえば、中華料理店には中華めんがありますが、独自の味を出すために各店でこだわりのめんを使われているはずという思い込みから、メトロのような店舗を構える業態が扱うのは難しいだろうと考えていました。
しかし、実際は違いました。お客さまに聞いてみると、「オーダーメイドの必要はない。少しグレードが高くて、汎用性のあるめんであればいい」。そんな意見をいただきました。そこで、メーカーさんにも入ってもらい、一緒に新しい商品をつくったところ、非常によく売れました。
今まで、そこまで入り込んだことはありませんでした。ほんの小さな例ですが、お客さまの声を聞く手段があるというのは、メトロの大きな強みです。わからないことは、それをお客さまに真摯に聞く。「メトロがビジネスパートナーとして解決策を出してくれるなら」ということで、お客さまから意見をいただくことができるのです。
ゼネラリストからマルチスペシャリストへ
──5つのカスタマー・グループのニーズは、おもに顧客の生の声から吸い上げているのですか。
石田 昨年からお客さまの購買履歴データの活用を始めました。われわれは、お客さまの購買履歴データを10年分持っています。これだけのザラ場の購買履歴データを持っているところは、ほかにないでしょう。この購買履歴データを活用して、メーカーさんと一緒に、商品開発や売れる仕組づくり、儲かる仕組づくりを考え、施策に落とし込んできました。
これまで、データは持っていたのですが、統計的なデータ分析はやり切れていませんでした。メーカーさんとの協業も、組織的にやってきたわけではありません。独メトロでも、ここまで深い取り組みはしていません。
われわれは今まで、すべてのお客さまに万遍なく満足していただこうと、「ゼネラリスト」としてやってきました。しかし、これからは「マルチスペシャリスト」としてやっていかなければいけない。そのためには、スペシャリストとして、お客さまのニーズをより深く知る必要があるという考え方に変わっています。購買履歴データの活用は、大きな武器になります。
──5つのカスタマー・グループがマーケティング活動のベースになっている。
石田 根幹です。5つのカスタマー・グループのプロジェクト・オーナーには、それぞれ当社の役員を任命しています。私自身は居酒屋さんの担当です。お客さまとどうコミュニケーションするのか、購買データを分析してどう活用するか。これを組織的にできるようにしたことが、われわれの活動を変えつつあります。これからのマーケティング施策につながっていくと思います。
──データ分析はどの部署が担っているのですか。
石田 マーケティング部です。カスタマーマーケティングの観点から、どのお客さまがいつ、何を買っているのか、どの商品が伸びているのかといったデータを分析して、次の施策に役立てるのです。売上が落ちているお客さまがいれば、原因分析をして、「フィールドフォース」というコンサルタントが出向いて、何が必要なのかを聞くこともあります。
──顧客の購買データと生の声の両方を活用している。
石田 そうです。基本はファクトベースです。1種類のデータだけでは、的確な分析ができません。思い込みではなくて、データや事実に基づいた施策を打つことが重要です。
フレンチレストランのお客さまに、豆板醤を売ろうとしても売れるわけがありません。お客さまは登録制ですから、すべてのお客さまのバスケット分析ができることがメトロの強みです。バスケットの中で核となる商品、買いに来ていただくための核となる商品がわかります。データ分析によって、お客さまに“刺さる”提案が可能になるのです。
また今後はITを活用して、特定のお客さまごと、あるいはカスタマー・グループごとに、価格設定を変えることができるようになります。ディスカウントしてもらって嬉しいかどうかは、カスタマー・グループによって違います。新しいマーケティングツールとして効果が期待できます。
──ワン・トゥ・ワンのアプローチが可能になるわけですね。
石田 店内入口でお客さまの登録メンバーカードをチェックしますので、重要なお客さまが来店すると、従業員にはイヤホンでそれが伝えられます。お客さまが近づいたときに、声をかけたり、商品を売り込んだりするといったことを体系立ててやっています。
お客さまの名前を覚えておくことも大切です。「お客さま、いらっしゃいませ」ではなくて、「石田さま、いらっしゃいませ」と言うと、印象がまったく違うものになります。
マネジャーは、重要なお客さまの顔と名前はすべて把握しています。いい商品が入ったら電話して伝えるなど、コミュニケーションも欠かせません。お客さまと関係を構築するため、ワン・トゥ・ワンのアプローチをするのが、メトロの特徴です。
メトロの開発商品で、飲食店の差別化を支援
──顧客の価格志向は強まっていますか。
石田 それはもう厳しいですね。ただ、注目されるのは最近、原価率を下げるだけでは、「安かろう、悪かろう」になりかねないので、「他店にないもの、値段の比較ができないものを扱いたい」、あるいは「安くても雰囲気がいいものを仕入れたい」という傾向が強まっていることです。
メトロは輸入商材に力を入れています。たとえば、スペインの立ち飲み酒場のバルが都内で増えています。そういうお客さまがメトロで、安くて、ほかにない商材を購入される。それで、付加価値をつけてビジネスが成功したというお客さまも出てきています。
──価格志向一辺倒ではなくなってきている。
石田 「低価格」はもはや外せません。この先、消費増税が実施され、消費者の財布の紐が堅くなるのは明らかです。価格を高くするのは無理でしょう。これから、リーズナブルな価格で、差別化できる商材の需要が高まってくると思います。差別化が重要なキーワードです。
今、ワインを強化していますが、メトロでしか売っていないワインがほとんどです。ですから、値段はまったくわからない。「メトロだけのワインなので、お客さまにメニュー提案しやすい」という声が少なくありません。
──差別化という点では、直輸入商品を増やしているのですか。
石田 じつは、今まで外資の強みをあまり出してきませんでした。ローカルに根づいてやっていくという基本は変わりませんが、同時にこれからは差別化をしていくために直輸入商品を増やしていこうと考えています。市場自体が差別化を求め始めていますから、われわれにとって追い風です。
最近、面白かったことがあります。フレンチやイタリアンのレストランに何を提案しようかと考えると、普通はワインや肉になります。デザートを提案している卸は少ない。そこで、欧州で展開しているメトロ・ブランドのフローズンタルトを入れてみました。日持ちもよくて、解凍すればすぐ食べられる商品です。これが爆発的に売れたのです。
これからは居酒屋さんでも、女子会向けにデザートを提案できると思っています。スイーツは、マイナーなカテゴリーだったのですが、今は目覚しく成長しています。これまで取り扱うのは無理だと思っていた商材でも、メトロのノウハウを加味することで、“化ける”ものも出てくるでしょう。
──日本独自のプライベートブランド(PB)はあるのですか。
石田 もちろんあります。国内は居酒屋さんが多いですから、日本の食材を開発していく必要があります。今、欧州と国内を合わせてPBは売上構成比で16%くらいです。
PBのラインアップの中に、「ファインフード」という小売店向けのPBがあります。そのまま2次販売できる商品です。最近はコンビニエンスストアでも、一部は店舗の裁量で仕入れができるようになってきています。そのオーナーさんと話したときに、「競合店はどこですか?」と聞いたら、「80m離れた同じチェーンの店舗だ」とおっしゃる。メトロのワインやファインフード、それから生鮮食品などによって差別化できるということで、実際に展開している例もあります。
出店速度を速めるため小型店の出店も検討へ
──現在、9店舗を展開していますが、今後の出店計画を教えてください。
石田 先日、独本社でも説明してきましたが、9店舗で終わるつもりはありません。10年を機に拡張スピードを速めていきたいと考えています。これまで大型店を展開してきましたが、投資リターンを改善し、出店速度を速くするために、都心部に対応した小型店舗も検討しているところです。
──出店エリアと店舗数はどう考えていますか。
石田 出店エリアはまずは首都圏です。ここでドミナント戦略を進めていきます。具体的な出店計画数は公表していません。日本の人口は1億2800万人、仏の人口は6000万人です。仏で90店舗以上展開していますから、あくまでも想定ですが、ポテンシャルとしては200店舗近くある。ただ、店舗数は、店舗のサイズによって変わってきます。サイズを小さくすれば、出店は加速するでしょう。いずれにせよ今のところは、4000万人の首都圏市場の深耕をめざしています。
──日本に進出して10年。これからの10年に向けての抱負を聞かせてください。
石田 独メトロの首脳は日本市場について、「非常に面白い。ポテンシャルもある」と見ています。お客さまからの信頼は時間をかけて育てていくものですから、足元を固めながら店舗展開をすることが大事だと考えています。これまでの10年は、決して短くはありませんでした。これからも、お客さまの信頼を得ながらやっていきたいと思います。20年来の仕入れ先を変えて、メトロと取引をしていただくお客さまもいますから、一朝一夕で信頼を得ることはできないと思っています。お客さまにどう納得していただくか。そこは泥臭くやっていくつもりです。