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キリンビール代表取締役社長 松沢幸一
「のどごし〈生〉」「新・一番搾り」「キリン フリー」…連続ヒットの裏側にあるものとは?!

2009年は、3月にリニューアルした「新・一番搾り」、そして、4月に発売した、世界初のアルコール分 0.00%のビールテイスト飲料「キリン フリー」と、立て続けに大型ヒットを飛ばしているキリンビール。長引く消費不況のもと、ビール系飲料市場が縮小している中で、キリンビールの商品は業界平 均を上回って堅調に推移している。09年3月に社長に就任した松沢幸一氏に、ヒット商品の開発や今後の同社の方向性について聞いた。

聞き手/千田直哉 (チェーンストアエイジ)


グループ企業と積極的に人事交流

キリンビール代表取締役社長 松沢幸一(まつざわ・こういち) 1948年、群馬県生まれ。73年北海道大学農学部大学院修士課程修了。同年、キリンビール入社。技術畑を中心に歩み、キリンヨーロッパ社社長、北陸工場長、生産本部生産統轄部長、常務取締役などを経て、08年持ち株会社のキリンホールディングス代表取締役常務就任。09年3月にキリンビール社長に就任。趣味のサッカーでは40歳まで現役フォワードとして活躍した。

 

──09年秋以降、小売業の業績は芳しくない状況が続いています。08年のアメリカ発のリーマンショック以降の「100年に一度の経済不況」と言われる状態については、どう見られていますか?

 

松沢 とくに日本では、リーマンショックの影響は大きかったと思います。日本は人口が減少し、少子高齢化も進み、成熟経済の中にあって輸出中心の産業構造になっていますから、成長途上にある中国などに比べるとインパクトは大きかったのではないでしょうか。

 

──御社の業績にも顕著な影響が出ていますか?

 

松沢 当社は今のところ、おかげさまで販売数量は微減ですが、なんとか前年並みを維持していますので、全体から見れば健闘しています。ただ、今後のことを考えると、安心してはいられません。

 

 お客さまが雇用や年金など、現在、そして将来の生活に対して、いろいろな不安を抱えて、節約志向に走るのは当然です。人口減少や少子高齢化がさら に進めば、酒類の消費も減少していくと予想されます。したがって、今後の事業経営は、つねにそれを覚悟しながらやっていかなければなりません。さらに、こ れから外国からのPB(プライベートブランド)が入ってくることを想定すると、それに対するコスト競争力を持たなければ生き残れません。大胆な構造改革が 不可欠です。競争力を維持できるようなかたちで、来年から3年間の中期経営企画を策定し発表しました。

 

 その一環として、当社では国内11工場のうち、栃木工場(栃木県高根沢町)と北陸工場(石川県白山市)を10年の最盛期終了後に再編することを決 めました。2工場の約230人の雇用は確保しますが、私自身が生産部門の仕事が長かったので、この決断は本当につらいものでした。

 

 しかし、今まで102年間、多くのお客さまの皆さまにお届けしてきた商品を、今後もお届けし続けるためには、どうしても必要な決断でした。

 

──総合飲料グループとして、キリンビバレッジ(東京都/前田仁社長)との人事交流を積極的に行っています。

 

松沢 キリンビバレッジだけでなく、メルシャン(東京都/植木宏社長)からの出向者もたくさんいます。育った環境や企業風土が異なりますので、それぞれの社員は 違ったよさを持っています。各社のいい部分を共有するために、営業や市場リサーチなどの部署で積極的に人事交流をしています。

 

団結力で「のどごし〈生〉」がブレーク

──そうした人事交流は、マーケティングを強化しているということですか?

 

松沢 そうです。数年前から、マーケティング強化を推進しています。

 

 当社は以前、ビール類でトップシェアを持っていましたが、01年にトップの座を奪われました。しかし、その年、「新キリン宣言」が出て、「価格営 業」から「価値営業」に転換しました。つまり、商品そのものの価値、お取引先に対する当社の価値を追求して、「品質本意」、「お客さま本意」の原点に戻ろ うということです。

 

 そういう中で、部門間を超えて、商品・広告・販促の管理を一元化する「トータルマーケティングプラン」の手法を導入しました。

 

 マーケティングというと、すぐに広告とか商品開発を思い浮かべますが、私は営業の最前線が非常に重要だと考えています。営業担当者が小売店さまや 料飲店さまに何を伝えられるかがカギになると思うのです。広告などのマス向けの部分と、お取引先に対して営業が個別に動く部分が、店頭フォローのキリン マーチャンダイジング(東京都/家久来眞社長)まで含め、一気通貫でうまく連動すれば、大きな力を発揮します。

 

 お取引先と営業セクションの間を取り持つのが、当社の企画部にある「市場リサーチ室」です。ここで得たさまざまなデータや情報を営業が組み合わせて、お取引先と私どもがお互いにハッピーになれる提案をしたいと思っています。

 

 机上論ではなく、事実に基づいて検証して、お取引先にご納得いただける提案力をつけて、それを「価値営業」の柱にしています。さらに、市場リサー チ室の情報を商品開発や広告に生かすとともに、この月は店頭ではこの商品を強化するから、広告でもその商品をバックアップしていくという、一気通貫の流れ を今後もつくっていきたいと思っています。

 

 新ジャンルに挑戦して05年に発売した「のどごし〈生〉」のヒットは大きな転換点でした。「のどごし〈生〉」は全社一丸となって、予定より発売を 早めました。しかも、予想をはるかに上回る売れ行きにもかかわらず、一度も品切れさせませんでした。あのころから会社が変わり、社員全員がやればできると いう自信を得て、成功パターンのようなものがつかめた気がします。

 

──「のどごし〈生〉」の開発にはどんな経緯があり、ヒットのいちばんの勝因は何だったのでしょう?

 

松沢 味覚をはじめ、商品自体にかなりインパクトがあったのが大きかったと考えています。

 

 私は05年の発売当時は生産部門にいました。「のどごし〈生〉」は当初は4月20日発売になっていましたが、社内では営業を中心に、「もう少し発 売を早めたい」という期待がありました。つまり「何とか需要期のお花見に合わせて、桜が咲くころまでに出したい」ということです。

 

 そのため、4月発売に向けて年末年始も休まずに準備を進めていました。各工場とは毎日のようにテレビ会議をしていました。そして、2月になって何 とか発売を2週間早める算段がついたのです。営業に伝えたところ、すぐに4月6日の発売が決まりました。あとは、販売量が上ブレしたときのことを想定し て、どこまで生産量を増やせるか必死で調整しました。他の商品の生産を別の工場に移してでも、「のどごし〈生〉」の生産に振り向けるという覚悟で臨みまし た。そして、営業マーケティング部門もすでにお得意先に伝えて進めていた準備を全力で繰り上げました。

 

 ちょうど、あの年は寒い日が続いて、例年よりも桜の開花が遅れて、何とか桜が咲くまでに間に合わせられたのです。もちろん、品切れもさせませんで した。まさに、営業や物流も含めて、全員が一致団結して「チームキリン」になったと思いました。だから、私自身「のどごし〈生〉」には深い愛着がありま す。

 

定番強化で「一番搾り」をリニューアル

──商品については、「定番強化」、「健康志向への対応強化」、「総需要拡大」の3つを柱に掲げていますが、この中でいちばん優先順位が高いのは、「定番強化」ですか?

 

松沢 ビジネス的に考えれば、屋台骨をしっかりさせるという意味で定番強化が最優先になります。

 

──そこで、09年3月の「一番搾り」のリニューアルが出てきたということですか?

 

松沢 そうです。しかし、「一番搾り」のリニューアルについては、社内外からは「リスクが大きいのではないか」という声が多かったですね。ちょうど社長就任と 「新・一番搾り」の発売が重なりました。就任直後のマスメディアの取材では、さかんにそのことを聞かれました。しかし、リスクも考えられますが、いろいろ 検証して、そのうえで変えようということになったので、「あくまで信じてやり抜く」と言わせていただきました。

 

 結果的には、コマーシャルに出ていただいているイチロー選手のWBCでの活躍も手伝って、大きなヒットになりました。消費者からも「おいしくなったし、飲みやすい」と多くのお褒めの言葉をいただきました。

 

──ビールは、発泡酒と新ジャンルに押され気味で、市場が縮小していますが、この点はどう見ていますか?

 

松沢 お客さまの節約志向の高まりで、低価格の新ジャンルがすごい勢いで伸びて、これはもう厳然たる事実です。しかし、ビールにはビールならではの味がありま す。「ラガー」や「一番搾り」に対して愛着を持っているお客さまもたくさんいらっしゃいますので、ビールはビールとして今後もしっかり売っていくつもりで す。

 

 一方、新ジャンルの「のどごし〈生〉」は、低価格だから売れているというよりも、さっぱりした味そのものを気に入ってくださるお客さまも多いのです。だから、ジャンルを超えて自分の味として飲んでいただける価格帯を超えた商品づくりをきちんとやっていきます。

 

 そして、3つの柱のうち2番目には、「健康志向への対応強化」です。これは09年2月に発売した発泡酒の「淡麗W」がいい例で、プリン体99% カットを実現しました。ビールテイストが好きでも、健康のために手が出ないという消費者に高く支持されて、固定客が付いています。

新市場を創造した「キリン フリー」

──いちばん興味があるのが3つめの「総需要拡大」ですが、「キリン フリー」(以下、フリー)は、時代のニーズに合わせ、新市場創造を果たしました。

 

松沢 実は、手前味噌ですが、私も「フリー」はたいしたものだと思っているのです。3年ぶりにキリンホールディングスからこちらに来て、すごい商品ができている のに驚きました。「フリー」は当初の年間販売目標は63万ケースでした。しかし、その後3度も上方修正して、350万ケースになりましたが、それも越して しまいそうな勢いです。

 

 「フリー」はもともと飲酒運転根絶の目的で開発しました。すでにノンアルコールビールはあったのですが、0.1%や0.5%のアルコール分があり ました。そのため、消費者からは「本当に飲んで大丈夫なのか」とたびたび問い合わせがあり、「運転するなら飲まないでください」と答えてきました。そんな ことで、市場もなかなか広がりませんでした。

 

 

 そこで、アルコール分0.00%に挑戦しようということになったのです。納得できる味にするのにかなり苦労しましたが、ドライバーだけでなく、ア ルコールがもともと飲めない方、病気や妊産婦の方など、いろいろな方から支持されています。また、ヘビードリンカーの「休肝日」用などにも利用されていま す。こんな飲まれ方はまったく想定外で、われわれがお客さまからたくさんのことを教えていただきました。

 

 また、発売以来ずっと、多くの方から反響をいただき続けている珍しい商品です。中には「余命幾ばくもない父に飲ませて、一緒に食卓を囲めるのがう れしい」と、涙が出るようなお声もありました。しかし、あまりの好調で品切れをおこして、お取引先には大変なご迷惑をかけてしまいました。

 

 「フリー」のヒットは、多くの困難を乗り越えてきており、開発チームに力が付いたことを実感させてくれました。

 

──商品開発では、やはり消費者の声や問い合わせが起点になることが多いのですか?

 

松沢 確かに、お客さまの声はヒントになります。技術からの発想だけではなかなかいいものはできません。消費者やお取引先の声を丹念に聞いていって、その中から次にやって来るものを探していくのがいちばんいいようです。

 

──大手メーカーが小売チェーンのPBをつくる動きが出ていますが、その点はどうお考えですか?

 

松沢 広告などのコスト削減ができるし、低価格へのニーズもあるので、そういう道もあるでしょう。しかし、当社はビール類でPBをつくるつもりはありません。あ くまで、ナショナルブランドの価値を高めていきたいと考えています。私たちは、メーカーとして、お客さまのニーズから商品コンセプトをつくるという一連の 流れの中で、商品の価値を提案してきました。今後も、この一連の流れをくずさずに積極的な提案をしていくつもりです。

 

 PBをつくれば、一定数量の契約が簡単に取れて、一時的には営業も楽になります。しかし、営業の最前線の社員が一軒一軒地道にお取引先を回るからこそ、情報の触覚が鍛えられます。そのメーカーの要がなくなっては元も子もありません。

 

 基本的に当社は、すべてのお取引先とイコールパートナーとして取り組みたいと考えています。われわれとお取引先の双方がwin-winになれるよ う、当社のポリシーややり方をお取引先に提案、理解していただいて、売場づくりや販促活動を一緒にやっていきたいと思っています。