メニュー

10X矢本真丈CEOに聞いた、ネットスーパービジネスの未来

小売業界の経営者をリレー形式でインタビュー取材する本連載。第1回に登場するのは、スーパーマーケットをはじめとした小売業のEC構築支援を手がけるスタートアップ企業、10X(東京都)だ。同社が提供する小売ECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」はライフコーポレーション(大阪府)やイトーヨーカ堂(東京都)が導入していることでも知られる。10Xは2022年に入り、ドラッグストア企業とのタッグによる「ネットドラッグストア」や「コストコ」商品の買物代行サービスを次々とスタートさせるなどビジネス領域を拡大している。10Xの成長の原点や現在の取り組み、ネットスーパー業界の動向などについて矢本真丈代表取締役CEOに話を聞いた。

10Xで代表取締役CEOを務める矢本真丈氏

創業から5年、課題山積のネットスーパー業界

──矢本社長が小売業界に興味を持ったきっかけを教えてください。

矢本 会社員時代、育児休暇中に、ひと通りの家事をこなしていく中で、毎日の買物に「時間」という大きなコストを払っていることに気づきました。この問題をテクノロジーの力で解決できるのではないかと考えたのが10Xを起業した理由で、小売業に接点を持ち始めたきっかけです。

──創業から5年を経て、当初の想定とギャップを感じることはありますか。

矢本 はい。まず感じたのは、「食」の意思決定は非常に流動的だということです。たとえば夕食の買物をする場合、献立を完全に決めた状態で買物をされる方は非常に少ないです。大半がメニューはなんとなく決めてはいるものの、店舗にある商品を見て最終的につくるものを決めるということに、お客さまの声や行動データの分析を通じて気付かされました。

 また、「意思決定から買物までを一瞬で済ますことができるプロダクトやサービスがあれば、市場は自然と伸びていく」というサービス提供側の考えは甚だ勘違いであるということも実感しました。

 これも例を挙げると、たとえば一般的なECでは、注文した後に欠品が判明するということは通常ありえません。ところが、ネットスーパーでは注文後に欠品が判明し、その日の献立プランが崩壊してしまうといったことが当たり前のように発生していました。

 そのほかにも、「会員登録フォームが煩雑で、1回の買物をするだけなのに多くの情報を入力しないといけない」「自分の住んでいるエリアで利用可能なネットスーパーがわからない」など、ネットスーパーは膨大な問題に直面していました。

 小売業が抱える問題、あるいは業界で当たり前とされているものを、小売業と一緒になって変えていくという、壮大なチャレンジなしには、市場の成長や体験の変化は起きないという事に気づかされました。

10Xのミッションとは

──現在、10Xが掲げているミッションはどのようなものでしょうか。

  矢本 当社では「非連続(10x)な価値を社会に実装する」ということをミッションとしておりまして、実は「ネットスーパーをものすごく広げていこう」ということだけをめざしているわけではありません。

 ①人、あるいは企業が抱えている問題を見つけて、②その解決のために技術を組み合わせたアプローチを試み、③最終的に大きな市場に挑戦する、という3つの掛け算を行っていくことが当社のミッションです。

 当社では、スーパーマーケットやドラッグストアなどのチェーンを対象とした小売ECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」事業を展開していますが、同事業では「今、世の中にない購買体験を新たにつくって、広めていくこと」をコアとしています。ネットスーパーを中心とした消費者の買物体験を非連続に変えていくことをめざしているというわけです。

──現在のネットスーパーを取り巻く環境をどう捉えていますか

 矢本 コロナの影響もあって風向きが大きく変わり、ネットスーパーに対して腰を上げる小売業が増えました。業界が変革していく瞬間に立ち会えているとポジティブに感じています。

 一方でネットスーパーを検討するうえで無視できないのが収益性の問題です。ネットスーパーの収益化には、小売業はこれまで行ってきた既存ビジネス上の創意工夫とは異なる、まったく別の能力が必要になります。

 ネットスーパーでは1回の注文でだいたい20~25点の商品を運びますが、それらを3温度帯で明確に区別し、パッキングをして、積み荷をし、さらに最適なルートでの配達する、といった具合に、これまで小売業が経験してこなかったオペレーションを行わなければなりません。また、リアル店舗の運営とは異なり、ネットスーパーでは在庫を完全に管理・予測し、お客さまに提示していくことが肝となります。

 このように、従来とはまったく違うものを吸収し、つくり込むことができないとネットスーパーで成功するのは難しいでしょう。

ネットドラッグストアも始動!

──2022年1月にドラッグストアの薬王堂(岩手県)が、10Xのステイラーを通じてラストワンマイル配送を開始するなど、「ネットドラッグストア」の取り組みも始まっています。

矢本 ドラッグストアやそのほかの業態の企業にも、われわれのサービスに対してニーズを感じていただいていると手応えを感じています。直近では、スギ薬局(愛知県)の「スギスマホオーダー」においてOTC医薬品を含む取り扱い商品を自宅まで即日で配達する新サービスを22年9月から開始しています。

 ドラッグストアでのEC配達はまだ走り始めたばかりのサービスですが、既存のBOPIS(Buy Online Pick-up In Store:店舗受け取り)のみの展開よりも注文数が増加し、また購入される商品が変化していることも見えてきています。現在は、「ネットドラッグストア」ならではの体験価値やニーズをパートナー企業と一緒に探している状態となります。

 ドラッグストアは、規制や時流によって商売の環境が大きく変化するという業界特性があると認識しています。誰も解いたことのない問題と今まさに対峙しており、日本、あるいは先進国の中でも一歩先駆けた事例を小売業の皆さまと一緒につくっていけると、わくわくしています。

10Xの「Stailer(ステイラー)」は、スーパーマーケット大手ライフコーポレーションが導入していることでも知られる

──スーパーマーケットとの取り組みはいかがでしょうか。

矢本 10Xは都心型のネットスーパーをやっている企業とみられることが多いですが、2022年9月末には長野地盤のデリシアにステイラーを導入していただくなど、地方を本拠とするスーパーマーケット企業との取り組みも始まっています。今後も、ローカルエリアでのプラクティスやナレッジ、そしてそれらに耐えうるプロダクトをつくっていきたいと考えています。

──最後に、小売業に対して期待することについてお願いします。

矢本 小売業各社はネットスーパーやDX(デジタル・トランスフォーメーション)推進は逃れられない経営アジェンダの1つになっていると思います。

 日本は人口減少社会です。そのような状況下、小売業はインフラとして残り続けなければならない、ラストマンシップが求められています。そのときに武器になるのがネットスーパーではないかと思います。「お店」という資産を活用して、普段買いに来られないお客さまに商品を届け、自店のカバーする商圏を広げられるというのが当社の提供するネットスーパーの価値です。

 ネットスーパーに対してどのようなスタンスをとられるかは企業次第ですが、われわれはあくまでそれを後ろからご支援するパートナーという立ち位置で、ご一緒させていただきたいと考えています。