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アマゾン、中国のECに対抗し「超スロー便」と「超スピード便」を開始

ECの巨人、米アマゾン(Amazon.com)が中国系ECの猛追に対抗するため、新たな戦略を打ち出した。その内容が、「超スロー便」と「超スピード便」という対照的な2つの配送サービス。多様化する顧客ニーズに応えつつ、コスト効率とスピードの両面で競争力の強化を図る。「超スロー便」は、従来の配達オプションよりも大幅に時間を要する代わりに、商品価格を大幅に抑えることで、価格重視の顧客層を取り込むことをめざしたもの。一方の「超スピード便」は、最新のドローン技術を活用して超高速配達を実現することで、急ぎのニーズに応えるとともに、技術力をアピールするねらいもある。

格安だが配送は最長2週間後!

アマゾンが開始した「Amazon Haul」
アマゾンが開始した「Amazon Haul」

 アマゾンは2024年11月、米国のモバイルアプリとモバイルサイト内に価格が20ドル(約3000円)以下の商品に特化した、「アマゾン・ホール(Amazon Haul)」と呼ぶセクションを設けた。「Haul」は「大量購入、お買い得品」を指す言葉としてよく使われる。

 1.99ドルのスマホケースや4.99ドルのウエストポーチなど、扱う商品の大半は10ドル以下である。送料は3.99ドルだが、1回の購入金額が25ドル以上であれば無料になる。加えて、50ドル以上の購入で5%を、75ドル以上の購入で10%をさらに割り引く。1回当たりの注文点数を増やすねらいだ。

 同サービスと従来サービスの決定的な違いは、商品を注文してから届くまでに1〜2週間と大幅に時間がかかる点だ。アマゾンはこれまで、競合他社よりも”迅速”に商品を届けることで、EC市場でプレゼンスを高めてきた。それを実現するために、顧客に最も近い場所に在庫拠点(フルフィルメントセンター)を配置。販売業者には「フルフィルメント・バイ・アマゾン(FBA)」と呼ぶ物流サービスの利用を促している。これにより年間40億個以上の商品を注文の当日または翌日に配達している。

 これに対し、勢力を強める2つの中国系新興ECサービスは、米国の倉庫に在庫を置かず、注文が入る都度、中国から輸入して消費者に直送する。配達までの時間は延びるが、それを格安価格で補っている。アマゾンもこれに倣い、「Amazon Haul」で中国から米国の消費者に直接発送できる仕組みを構築したというわけだ。

 2つの中国系新興ECサービスとは、ネット通販「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」を展開する中国PDDホールディングスが手がける越境EC「テム(Temu)」と、アパレル越境ECを手がける「シーイン(SHEIN)」である。この2つのECサービスは米国で急速に人気を集めており、その競争力はアマゾンにとっても無視できない存在になっている。

 こうしたなか、米メディアは24年夏ごろから、アマゾンがテムやシーインのような格安商品に特化したオンライン・ストアフロントの立ち上げを計画していると報じていた。今後アマゾンは、この”超スロー便モデル”で2社に対抗していく。ただし、トランプ米大統領がこのほど署名した関税免除措置の適用除外に関する大統領令が発動されれば、これらのビジネスモデルは成り立たなくなる可能性も指摘されている。

新型ドローン「MK30」運用開始、1時間以内に配達

アマゾンの最新ドローン「MK30」
アマゾンの最新ドローン「MK30」

 こうした一方でアマゾンは、ドローンを活用した”超スピード便”の展開も着々と進めている。24年12月には従来と比べて航続距離が2倍になり、騒音も大幅に低減された新型配達ドローン「MK30」の運用を始めたと明らかにした。

 このMK30は、米西部アリゾナ州フェニックス都市圏ウエストバレー地域と米南部テキサス州カレッジステーションに導入した。アマゾンの物流施設「セイムデー・デリバリー・サイト(即日配達拠点)」近くに住む顧客が、重さ5ポンド(2.3kg)以下の対象商品を注文すると、1時間以内にドローンによる配送を受けられる。アマゾンは小雨でも配達可能だと説明している。

 これに先立つ24年10月、アマゾンは米連邦航空局(FAA)からオペレーターの目視範囲を越えて飛行する「BVLOS(Beyond Visual Line of Sight、目視外飛行)」の許可を得た。これによって航続距離が伸び、より多くの顧客にサービスを提供できるようになった。

 同社はセイムデー・デリバリー・サイトのネットワークを拡大し、配達の迅速化を図っている。この施設は主に大都市近郊にあり、1施設当たりの大きさは大型フルフィルメントセンターの数分の1程度である。アマゾンのECサイトで人気のある約10万点の商品を常時保管し、一部を数時間以内に配達している。同社はこの施設とドローン拠点を隣接させることで、1時間以内の迅速配達を可能にした。

 アマゾンは13年からドローンを使った配送システム「プライムエアー(Prime Air)」を研究・開発してきた。19年には30分以内に配達できるよう設計した自律飛行型ドローンを披露しているが、その後試験中に何度か衝突・墜落事故を起こすなど困難な状況に直面した。

 それ以降、試作機の設計・改良を重ね、障害物検知・回避システムを開発。このシステムは水平方向にある飛行物体を認識できるほか、煙突のような静止物体も検知するほか、障害物を特定すると自動で進路を変更し衝突回避する。ドローンが降下して荷物を顧客宅の裏庭に下ろす際は、周囲に人や動物、障害物がないことも確認する。

 これによりアマゾンでは、日用品や美容用品、オフィス・技術用品など5万種類を超える商品をドローンで配達できるようになった。今後も対象地域を拡大し、全米展開をめざす考えだ。20年代末までに世界中で年間5億個の荷物を超スピード便で届けるとしている。

 これまでは迅速配達を追求・実現することで事業成長を成し遂げてきたアマゾン。しかしここに来て、予想外の中国系競合に直面し、「超遅く、低価格」のサービスを追加した。インフレが長らく続く米市場で需要が多様化するなか、新たな選択肢を提供し、顧客の取り込みやつなぎ留めを図る。今回の対照的な「超スロー便」と「超スピード便」からは、同社経営陣の柔軟性と迅速性をうかがい知ることができると筆者は考える。