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スマホで部屋を自由に模様替え!「家具を選ぶ楽しさ」追求したイケアのオムニチャネル戦略

世界最大の家具量販チェーン・イケア。倉庫が併設された郊外型の大型店舗のイメージが強いが、ここ数年はECサイトやアプリを活用したオムニチャネル戦略の推進、大型店舗とは異なる業態の都心型店舗やポップアップストアなど、顧客とのタッチポイントを増やしながら多様な買い物体験を提供している。最近ではリアルとバーチャルをより融合させる新たなツールも次々に投入。シームレスな利便性にとどまらない、家具を選び、買う楽しさをも演出する取り組みとは。イケア・ジャパン(千葉県/ペトラ・ファーレCEO兼CSO)アクティング・カントリー・デジタル・マネジャー(取材時)の井上知秋氏に聞いた。

都心型店舗が抱えていた課題「ルームセットが少ない」

 2006年に千葉・南船橋に1号店をオープンして以降、現在では国内に13の店舗と42の商品受取りセンターを構える(20244月現在)。過去に一度日本に進出し、1986年に撤退した経験はあるものの、再上陸以降はそのビジネスモデルが日本の市場にフィットし、北欧・スウェーデンならではのデザイン性とリーズナブルな価格を兼ね備えた家具・生活雑貨ブランドとしての地位を確立している。

 郊外の大型店舗に車で行き、店内を回りながら家具を品定めし、会計後に併設する倉庫に取りに行く――顧客自身がセルフサービスで家具を購入するイケア独自の「メカニカルセールス」は基本的には変わらないが、ここ数年では顧客との多様なタッチポイントをつくることで、新たなカスタマージャーニーを生み出すことに注力している。

 その軸となるのがオムニチャネル戦略だ。2017年にオンラインストアを、2020年には専用アプリを開設。スマートフォンで欲しい家具を見つけ、店舗に見に行く。その逆で、店舗に立ち寄って気に入った家具を、自宅で検討した後にECで注文する、といったリアルとバーチャルを行き来する新たな家具の買い方が普及しつつある。

 また、新たな業態として力を入れているのが「都心型店舗(シティショップ)」と呼ばれる都心の小規模店舗だ。2020年6月に、国内初の都心型店舗・IKEA原宿がJR原宿駅の目の前にオープン。同年11月には渋谷、翌2021年5月には新宿と相次いで展開している。1階は飲食スペースや生活雑貨、小物などを中心としたラインナップで、家具を購入する目的がなくても気軽に立ち寄れる店舗設計となっている。同時に「イケア=郊外」のイメージも払しょくし、ブランド向上にも一役買っている。

 都心の好立地で多くの集客が見込める都心型店舗。一方で井上氏は「店舗を訪れるお客さまの声から、課題が明らかになってきた」と語る。

 「都心型店舗は売場面積に限りがあるため、どうしてもお客さまから、大型店舗と比較して、ルームセットの数や実際に展示している大型家具の数が少ないという声を頂くことがあった」

ルームセットをバーチャルに再現「インテリアスタイルラボ」

インテリアスタイルラボのブース内

 そのペインポイントを解消する一手として、2023年12月に導入したのが、体験型ショッピングツール「インテリアスタイルラボ」だ。

 IKEA原宿の2階に上がると、3メートル×3メートルほどのブースが現れる。ブースの中に入ると、天井に3台のプロジェクターが吊るされており、そこから正面と左右の3面の壁にインテリアの映像がほぼ原寸大で映し出されている。イケアの大型店舗に設置されているルームセットが、180度のパノラマ映像でバーチャルに再現され、実際の家具を見ることができなくてもサイズ感や家具が置かれたイメージを視覚的に体感することができるのだ。

 ルームセットのパターンはリビング、寝室、子ども部屋など約20種類。タッチパネルを操作することで簡単に選択することができる。また、約9500種類あるイケアの商品もすべて選択し、画面に投影することができる。

 また、映し出される商品の映像はオンラインストアにもリンクしており、商品に付いているタグのQRコードをスキャンするとオンラインストアの商品ページに遷移する。気に入った商品があればスマートフォンから即購入することも可能だ。

 「インテリアスタイルラボ」の設置は、イケアの世界各国の拠点ではフランスに次いで2カ国目。国内では原宿、新宿の2店舗で試験的に導入している。「まだ試験段階なので改善点はたくさんある。お客さまの反応を見ながら順次アップデートしていきたい」と井上氏。

 この「インテリアスタイルラボ」によって、都心型店舗のショールーミングストアとしての機能がより高まることが期待される。ちなみに、ルームセットの映像コンテンツの中には、「動く猫」の映像が収められているものもある。その「猫」を探してみるのも楽しみの一つになるかもしれない。

「理想の部屋」を自由にレイアウトできる最新ツール

イケア クリアティーヴを使用した部屋のビフォー(左)アフター(右)

 「インテリアスタイルラボ」と合わせて、イケアのオムニチャネル戦略における新たなツールが、2024年2月27日にオンラインストア上にローンチされた。「IKEA Kreativ(イケア クリアティーヴ)」だ。

 端的に言うと「イケア クリアティーヴ」は、家具をはじめとするイケアの商品を、自分の部屋にバーチャル上で自由にレイアウトできるツールだ。

 自分の部屋をスマートフォンで天井や左右も含めてパノラマで撮影すると、AIが空間を認識し、グーグルの「ストリートビュー」のように3Dで部屋の画像が表示される。

 面白いのはここから。そのアプリに取り込んだ部屋の画像に映ったソファやテーブルなどの家具や雑貨を、Androidスマホの「消しゴムマジック」のようにボタン一つで消すことができるのだ。すべての家具類を消すと、部屋の中が空っぽになり、さながら賃貸マンションに引っ越した日と同じ“初期状態”に戻すことができる。

 さらに、その空っぽになった部屋に、今度はアプリからイケアの好きな家具や雑貨類を選択し、自由にレイアウトすることができる。ソファやテーブル、ラグやマグカップまでも簡単にプロットし、向きも自由に変えられる。イケアの家具での部屋の模様替えが、バーチャル空間で自由に行えるのだ。

 店頭で「いいな」と思って購入しても、実際に置いてみたらイメージと違った、という失敗は家具の購入にまつわる「あるある」。しかし、この「イケア クリアティーヴ」を使えばレイアウトをスマホ上でいろいろ試し、確認することで、購入後のギャップを最小化することができる。もちろん、画面上でイメージを確認した後に、その場でクリックして買い物を済ませることも可能だ。

家具も、服のように自由にコーディネートを楽しむ

アクティング・カントリー・デジタル・マネジャーの井上知秋氏

 「イケア クリアティーヴ」で作ったレイアウトは、アプリ上で保存したり、複製して違うバージョンを作ったりすることもできる。スウェーデン語で「creative(創造的な)」を意味する「Kreativ」の名前どおり、部屋の模様替えをクリエイティブに、自由に行うことが可能だ。仮に家具を買う目的がなくても、遊び感覚でさまざまなレイアウトづくりに没頭したくなる。

 家具を買うのは一大決心だし、一度ソファやテーブルを部屋に置くと、そのままずっと使い続けることが多い。だが、この「イケア クリアティーヴ」を使って自由にレイアウトを楽しみながら「ソファを買い替えてみようかな」という欲求が触発されそうだ。レイアウト一式の合計金額も表示されるので「合計で10万円ならボーナスで思い切って部屋の家具を入れ替えてみよう」といった家具の新しい買い物体験も生まれるかもしれない。

 OMOやオムニチャネル戦略においては「利便性」や「ストレスのない買い物体験」といった目的が優先される。それはそれで大事なことだが、イケアの「インテリアスタイルラボ」なり「イケア クリアティーヴ」には加えて「楽しさ」の要素がある。

 「広大な店内を回りながらルームセットや実際の品物に触れる「宝探し」のような買い物体験は、イケアの魅力の一つ。都心型店舗やオンラインなどのタッチポイントを増やし、新たなツールでつなげていくことで、そういった自由に選び、購入する楽しさを実現していきたい」

 イケアが「家」をテーマに実施している調査「Life at Home Report 2022」によると、「昨年と比べて自分の家についてよりポジティブに感じている」と回答した日本人は12%のみで、調査対象37カ国中35位。また、「家が自分らしさを表現している」と感じている日本人は37%(世界平均は58%)だという。数値が低い分、日本においても服のコーディネートのように、自由に自分らしさを演出するアプローチとして家具を購入するライフスタイルが広がっていくポテンシャルがありそうだ。